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1.婚約者の暴走

以下の内容で地雷臭を感じた方(特に過剰制裁ご希望のスッキリ爽快ざまぁ好きな方)は、読まれる際はご注意ください。


・主人公がチョロイン気味。

・婚約者がなろうではクズと称されやすいタイプ。

・ざまぁは一瞬で塩一つまみ程度な上、制裁度合は甘め。

(スッキリ爽快ざまぁは期待しないでください!!)

※尚、本作品はざまぁ描写よりも恋愛展開重視で作者は書いております。


以上をご了承の上、読まれる際は自己責任でお願い致します。

 通常の夜会では野心溢れた王侯貴族達が相手の反応を窺いながら、いかに自分にとって有利な会話運びをするかの攻防が繰り広げられていることが多い。

 だが本日の夜会は、主催した王家の人間の祝い事になる為、和やかな雰囲気が漂っていた。

 しかし、そんな雰囲気は今回の主役ではない一人の王族によって壊される。


「ローゼリア・マイスハント伯爵令嬢に告ぐ! 私は本日をもって君との婚約を破棄する!」


 そう声高らかに宣言したのは、ローゼリアの婚約者でもあるこの国の第三王子フィオルドだ。王妃譲りの癖のあるプラチナブロンドに王譲りの濃いエメラルド色の瞳を持つ美しい容姿をしている。

 だが、その右腕は、生まれたての小鹿のように震えている清楚で愛らしい男爵令嬢の腰に廻されていた。


 その男爵令嬢はフィオルドの宣言と共にビクリと体を強張らせ、眩いくらいのハニーブロンドの髪をふわりと揺らす。同時に慈愛に満ちたような淡いスプリンググリーンの瞳が不安からなのか揺らめいていた。


 彼女の名前は、シャーリー・エマルジョン。

 男爵令嬢でありながらも学業面では優秀で、王族向けの厳しい淑女教育に自ら志願する程、向上心のある令嬢だ。その為、身分が低いながらも王妃からは、絶大な評価を得ている。

 だがそれは現在、婚約破棄を突き付けられているローゼリアにも言える。二人は淑女教育を学ぶ令嬢達の中で接戦を繰り広げ、競い合っている間柄なのだ。


 しかしその両者の見た目の印象は、見事なまでに対照的だった。

 柔らかい雰囲気をまとう愛らしいシャーリーの美しさに対し、先ほど婚約破棄を宣言されたローゼリアは、完璧さの中にどこか冷たさを感じさせるそんな美しさだ。


 特に彼女の真っ直ぐでサラサラの青銀髪は、美しさと同時に冷たい印相を周囲に与える。そしてその冷たさをさらに増幅させていたのが、彼女の持つ澄んだ湖のような淡い水色の瞳だ。淡い色合いは、瞳に映り込む光を見事に目立たなくさせ、ローゼリアを虚ろで感情が乏しい無機質な存在という印象を相手に抱かせる。


温かみある包み込むような雰囲気をまとう愛らしい美しさのシャーリーのと違い、極限まで研ぎ澄まされ、周囲の人間が近づくことを思わずためらってしまうような絶対的な美という感じだ。


 そんな鋭い美を放つ婚約者は、優秀な兄二人と比較され、嫉妬心と劣等感を拗らせている精神面の弱いフィオルドに甘えることを許さないという印象を抱かせたのだろう。

その為、第三王子が包み込むような優しさと愛らしさを兼ね備えているシャーリーに惹かれてしまうのは無理もないと誰もが思っていた。


 そんな状況だったので、ローゼリアも近々フィオルドから婚約解消を打診されると予想していたのだが……まさか隣国留学中に国境警備対策で功績を上げ、五年ぶりに帰国した第二王子の祝賀パーティーで、勝ち誇るような笑みを浮かべて婚約破棄を行うとは、流石に予想できなかった。


 だが、今まさにそれが目の前で行われようとしている。

 突然訪れたこの状況にローゼリアは、どうすれば上手く切り抜けることができるだろうかと、冷静に思考を巡らせる。


 そんなローゼリアと第三王子フィオルドが婚約を交したのは、当時二人が六歳だった頃だった。まだ幼かった二人は、これから自分達が厳しい王族向けの教育を受けることなど知らず、無邪気に城内の庭園を駆け回っていた。

 しかし、八歳頃から本格的に教育が始まると、二人のその無邪気さは一瞬で消えてしまう。


 特にローゼリアに関しては、淑女教育で負の感情が出ない訓練を重点的にされた為、尚さら無表情が多くなり、冷たい印象を強めてしまったのだ。

 そんな変貌を遂げた婚約者に、フィオルドは厳しい王族教育で抱いた悩みや不満をこぼすことができなくなり、共に支え合っていくという関係を二人は築けなくなっていく。


 その状況が色濃く出てきたのが、二人が厳しい王族教育を受け始めてから二年が経った頃だ。この時、十歳となった二人の溝は、周囲も気づくほど深いものになっていた。

 では何故二人の間に大きな溝が生まれてしまったのか……それは二人の能力の個人差と育った環境が原因だった。


 まず能力的な面では、ローゼリアは何に対しても飲み込みの早い子供だった。

 対してフィオルドは、あまり要領のいいタイプではなく、ローゼリアが一日で覚えてしまうことを三日かけて覚えるという状況だった為、王族教育を同時に開始した二人の進捗状況に差が出てきたのだ。


 その為、王族教育が開始した直後は戦友のような存在だったローゼリアが、いつの間にかフィオルドにとって激しい劣等感を抱かせる存在へとなっていく。

 ただでさえ優秀な兄二人の存在で引け目を感じていたフィオルドは、婚約者にまで能力差を見せつけられ、完全に心を折ってしまったのだ。

 それ以降、フィオルドはローゼリアと過ごす時間を減らし始める。


 しかし、ローゼリアもそんな状態に陥っているフィオルドを気遣う余裕などなかった。

 彼女も厳しい王妃教育の前では、自分のことで精一杯な状態だったのだ。

 そんなフィオルドを気遣えなかった状況が、さらに二人の関係を悪化させていく。

 その要因の一つに二人の間に恋愛感情が一切生まれず、政略的な婚約だった部分も大きかったのだろう。


 だが、実はもう一つ二人の関係にヒビが入りはじめた大きな要因があった。

 それがあまりにも違いすぎる二人の育った環境だ。特に王族教育に取り組む二人の熱意は、かなり温度差があったことは周囲から見ても明らかだった。


 まずローゼリアだが、伯爵位でも歴史ある上位な家柄の生まれだった為、普段は娘に甘い両親でも貴族としての心構えについては、徹底して教育を行った。

 その為、何の前触れもなく開始された厳しい王族教育を彼女は、自身がこなさなければいけない義務だとすぐに認識し、熱心に取り組むことができた。


 対してフィオルドの方は、末っ子な上に幼少期から愛くるしい容姿だった為、侍女や護衛、側近達にかなり甘やかされていた時期がある。その所為なのか、悔しさをバネに励むタイプのローゼリアと違い、褒めなければ伸びないタイプだった。


 そんなフィオルドは、壁にぶつかる度に周囲から励まされながら、何とか王族教育をこなしていたが、その道のりは辛いものだった。だが自分とは違い、簡単に先に進んで行ってしまう婚約者には、プライドから救いや頼ることを求めることができなかった。

 その結果、フィオルドは王族教育を終了するまで随分と苦戦を強いられた。


 そんな時に出会ったのが、同じような境遇の男爵令嬢シャーリーだった。

 努力家であるシャーリーには姉と妹がおり、実はその二人がとても優秀な令嬢だったのだ。妹は音楽方面では天才肌だった為、社交界でも指折りのピアノの名手と言われており、姉の方は薬学方面の知識が深く、王立薬学研究所にスカウトされる程の優秀な人材だった。


 優秀な兄二人に引け目を感じながら過ごしていたフィオルドにとって、同じように才能溢れる姉と妹に挟まれているシャーリーには、親近感を抱かずにはいられなかったのだろう。


 そんな似た境遇の二人は、今から一年前に王城内の図書館で出会う。

 シャーリーが、優秀な姉と妹と比較されていることを知っていたフィオルドは、似た境遇の彼女に親近感を抱いて自ら声をかけ、優秀な兄弟を持つ苦労や不満をかなり語ったらしい。

 するとシャーリーも優秀な姉と妹を持つ身であった為、その苦労話に共感したのだろう。

 その結果、二人の距離は急速に縮まり、図書館で横並びで座る楽しげな二人の姿が、多々目撃されるようになった。


 だが貴族社会では底辺とも言える男爵令嬢と、王族である第三王子フィオルドが交流する姿は、他の貴族達の顔を顰めさせるものだった。

 何よりも社交界でもそれなりに名のしれた伯爵家の令嬢であるローゼリアという婚約者を持ちながら、男爵令嬢と戯れる第三王子の評価は下がり始める。


 しかもその状況はフィオルドの評判だけでなく、ローゼリアの失脚までも望む存在が現れ始める。これを機にローゼリアを第三王子の婚約者の座から引きずり下ろそうと目論む輩が密かに動きはじめたのだ。


 その代表とも言える存在が、フィオルドとシャーリーの仲睦まじい様子をわざわざローゼリアに伝えてくる令嬢達である。彼女達は二人の仲睦まじい様子を敢えてローゼリアに報告し、フィオルド達の距離が適切ではないので咎めるべきだと、お節介な忠告してきたのだ。


 もしこれでローゼリアが二人に注意喚起をしなければ、伯爵令嬢としての品位を問われてしまう。逆に二人に注意喚起すれば、ますますローゼリアとフィオルドの関係が悪化する。

 どちらを選択してもローゼリアにとっては、よい結果をもたらさない。


 そんなどちらに転がってもデメリットしかない状況下で、ローゼリアは敢えてフィオルドのその行動を黙認することを選んだ。

 すると、令嬢達は不貞を見逃すような選択をしたローゼリアに顔を顰めた。だが、ローゼリアのほうは、フィオルド達は単純に図書館で交流を楽しんでいるだけであることと、現状の婚約期間中の自分では、それを責める権利はないと言い切り、それらの令嬢達の主張を聞き流していた。


 すると令嬢達のターゲットは、ローゼリアからフィオルドに気に入られているシャーリーの方へと矛先を変えた。彼女達は、婚約者であるフィオルドに冷遇されているローゼリアに同情する体で、シャーリーを節操のない令嬢だと言い出したのだ。

 だが、ローゼリアはその言葉を全面的に否定し、彼女達を相手にしないような態度を貫く。


 そもそもシャーリーに関しては、共に王族向けの厳しい淑女教育を受けている間柄だ。その間、ローゼリアとシャーリーは競い合ってはいたが、どちらかというとお互いを高め合う良きライバルという関係だったのだ。

 故にローゼリアはシャーリーの人間性を自ら判断できる程、よく知っていた。


 対してシャーリーも自身と同じ心構えで努力を重ねるローゼリアに対し、親近感と尊敬の念を抱いてくれている様子だった。すなわち、ローゼリアとシャーリーの間には、フィオルドが原因で生まれる嫉妬心というものが、お互いに存在していなかったのだ。


 何よりもシャーリーには、フィオルドに恋心を抱く暇などなかった。

 彼女は、将来この王城で数少ない女性文官として働きたいという夢を持っていた。それは共に受けていた淑女教育の最中にローゼリアが、シャーリー本人から聞いた話だ。そんな強い意志を持ち、夢に向かって努力を惜しまないシャーリーが、第三王子への恋にうつつを抜かすとは思えない。


 だが残念な事にフィオルドは、何故か似た境遇で同じような苦労をしていたシャーリーと心が通じ合っていると勘違いしてしまったらしい。

 そして今まさに二人のその認識の違いを決定づけるように、目の前のシャーリーは身分が低い故に抵抗もできず、青い顔をしながらフィオルドに一方的に腰を抱き寄せられて震えている。


 恐らく先程の婚約破棄宣言はシャーリーの了承も得ていない状態で、フィオルドが独断で行い、そしてこの後、彼女との婚約を発表するつもりなのだろう。

 その際、フィオルドはローゼリアが不当にシャーリーに嫌がらせをしていたという罪状をツラツラと語り始めるはずだ。だが、それは優秀なシャーリーに嫉妬した一部の令嬢達が、ローゼリアの名を勝手に使って行っていた嫌がらせなので、明らかに冤罪となる。


 そんな調査もろくにせず、詰めの甘い断罪劇をはじめようとしている婚約者をローゼリアは射貫くような視線で見据える。だが同時にフィオルドがこのような行動に出てしまった原因が自分にもあったことも理解していたので、多少の責任も感じていた。


 だからこそ、この馬鹿げた茶番に巻き込まれてしまった努力家で良きライバルであるシャーリーの立場がこれ以上、悪化しないように自分は立ち回らなければならない。

 そう覚悟を決めたローゼリアは、フィオルドを真っ直ぐに見据えた。

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