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きまじめ先生のおまじない①

 まだまだ暑さは残っていますが、時折涼しい風も吹くようになってきました。

 何かが始まりそうな、それでいて、まだ前の季節がどっかりと腰を下ろしているような、そんな温かな海の底のような季節です。


 ◇


 夏の間中、すっかり麦わら帽子とお友達になったミミルは、これからの季節用に、新しい帽子を作ろうかどうか悩んでいました。

 紅葉色のつばの丸いものなら、いつも着ているお気に入りの赤い服に似合うかしら、それとも、チェックの鳥打帽がいいかしら、なんてことを考えながら、一日中鏡の前を行ったり来たりしていることもありました。

 ある日のこと、居ても立っても居られなくなって、おまじない屋を休みにして、街に一軒だけある帽子屋さんに行くことにしました。

 もっとも、この街は小さな街ですから、同じお店が二軒もあるなんてことは珍しいのですけどね。

 だからこの街の人は、みんなそこで帽子を作ってもらっていて、ミミルの麦わら帽子も、去年の夏にそこで作ってもらったものです。

 帽子屋をやっているのは、この道三十年のベテラン帽子職人の、ウサギのウサギムラさんという人です。

 大変に腕が確かな職人さんで、たとえ八岐大蛇やまたのおろちから依頼がきても全く心配なし。

 お揃いの八つの帽子を作ってしまえるという、評判の帽子屋さんです。

 ただし一つだけ注意が必要なのは、うっかり耳を通すための穴を開けがち、ということでした。

 ミミルが麦わら帽子を作ってもらったときも、ちょうどたまたま他のお客さんがお店に入ってこなかったら、二つの穴が開いていたところだったのです。


 ◇


 ミミルは、森できのこ摘みや栗拾いをするのも大好きですけれど、賑やかな街の中心に行くのも大好きです。

 ウキウキとした気分で、歌を歌いながら街へと続く道を歩いていきました。


 ラッタラッタ ラッタラ

 ラッタラッタ ラッタラ

 ツノが生えたよ ラッタラ

 しっぽが生えた ラッタラ

 胃袋増えた ラッタラ

 ひづめも割れた ラッタラ

 ヨダレだれだれ ラッタラ


 街の中心に近づいてきて、だんだんと人通りが多くなってきました。

 大八車に野菜を乗せて運んでいる人、巻物の束を抱えてヨロヨロしている人、他には丸いチーズを頭に何段も積み重ねて配達している人やら、色んな人がいます。

 チーズの上には鳩まで乗っていますけど、気づいていないようです。

 チーズも鳩も落とさないようにして、でこぼことした石畳みの細い道を、よっこらよっこらと器用に歩いていました。


 ◇


 ミミルは、かつら屋さんのショーウィンドウの前まで来ると、中に飾られている様々なかつらに見とれてしまいました。

「うわあ。色んなかつらがあるのね。お帽子よりも、かつらにしようかしらね」

 金、銀、赤、青、緑、紫。実に様々な色のかつらがあります。

 床に引きずるぐらいに長いものから、毛が全部逆立っている派手なもの。

 反対に、茶色の短い毛がツンツンしているだけのものもあります。

「うふふ。お猿さんみたいね。しっぽも付いてくるといいんだけど」

 じろじろとショーウィンドウを眺めていると、店の中から背の高い痩せぎすの男の人が出てきました。

 頭には、白くてくるくる巻きになった、肩までのかつらを被っています。

 銀色の細縁眼鏡をかけて、体をゆったりと覆う黒いローブを着て、胸ポケットには白い羽根ペンを差していました。

「あら?あんな人、この街にいたかしら。どこかから引っ越してきたのかな」

 顔の表情はよく見えませんでしたが、新しい人のようでした。

「そんなことより、パンよね、パン。焼きたてのおいしいパンが食べたいわ」

 寝坊助の時計台がある街の中心広場は、この近くです。

 焼きたてパンの香ばしい香りが、ここまで漂ってきています。

 でも、あれ?ミミル。帽子を作りに行くんじゃなかったの?


 ◇


 中心広場には、真ん中に時計台があって、その前には噴水があります。

 カルガモの親子が仲良くそこで水遊びをしていました。

 お目当てのヤギのマークのニコニコパン屋は、広場に面した南側の通りで店を開いています。

 オレンジのレンガ壁のお洒落な建物で、大きな窓には、幸せのヤギさんマークと言われる、ニコニコ顔のヤギの顔が付いていました。

「こんにちは、ヤギメロンさん。今日もとってもいい香りね」

 お店の扉を開けると、ミミルはピョコンと中に踊り込みました。

 早く焼きたてパンの香りに全身を浸したかったのです。

「おや、ミミル。今、ちょうどパンが焼けたところだから、お前さんが来るんじゃないかと思っていたんだよ」

 幸せのヤギさんマークにそっくりな、ここのご主人、白ヤギのヤギメロンさんが出迎えてくれました。

 優しそうな白いヒゲを蓄えた、焼きたてパンのようにほかほかとした雰囲気の人です。

 頭に被った白い帽子に開いた穴から、二本の角がひゅうっと伸びていました。

「えっへへ。だって、通りを歩いていると匂ってくるんだもん。あの匂いを嗅いじゃったら、誰だってパンが食べたくなるわよ」

 ミミルはいつもそうなのです。焼きたてパンの香りを嗅いでしまうと、他のものは目に入らなくなってしまうのですよ。

「わたし今、グリンピースを辛子マヨネーズで和えたものが入っているパンが食べたいわ。マヨネーズがくにゅっとして、グリンピースが口の中にコロコロって転がってくる感触がたまらないのよね。ピリッとした辛子を、シンプルなパンがまとめてくれるのだわ。あんなパンを作れるのは、ヤギメロンさんだけですもの」

 ヤギメロンさんは、嬉しそうな照れ臭そうな顔をしましたが、すぐに残念そうな表情に変わりました。

「ああ、ミミル。グリンピースは今、入ってきてないんだよ」

「ええーっ、がっかり。グリンピース大好きなのに」

 ミミルは、あの、緑の丸っこい形が大好きなのです。

「その代わりと言っちゃあなんだけど、新しいパンを考えたんだ。そっちを食べてみないかな」

「ええ!?なに、なに?」

 新しいパンと言われたら、ミミルの不機嫌も吹っ飛んでしまいました。

「これなんだけどね」

 釜の中から、ヤギメロンさんはまだ熱々のプレートを出しました。

 その上には、かわいい丸パンがゴロゴロと乗っかっています。

「なにかしら、これ。普通の丸パンみたいだけど」

「新しい看板商品にしようと思ってるんだ。名付けて、『食べてびっくりドキドキパン』だよ。どれか一つ、好きなものを選んで食べてごらん」

 ミミルは手前にあった丸パンを手に取って、パクッと口に入れました。

「あ、紅ショウガ入ってる」

 普通の丸パンだと思っていたのに、全体に紅ショウガが散らしてあったから、びっくりです。

 ミミルは、なんだか得した気分になりました。

「シャキシャキとした紅ショウガの爽やかさと、ほんのり甘みを持ったパンのしっとりさとの組み合わせが面白いわね。他のはどうかしら」

 ミミルの目が、縁に切り込みが入ったパンの上に止まりました。

 それを見て、ははあん、あれだなと思いました。

「うふふ。ヤギメロンさん。わたし、わかっちゃったわ。これクリームパンでしょ」

 ミミルは、騙されないわよ、といった目でヤギメロンさんを見上げました。

 ニコニコパン屋のクリームパンは、普通はグローブのような形をしていて、指の間に当たる部分に切り込みが入っているのです。

「あはは。ミミルには隠せないか。その通りだよ。それはクリームパンだ。中に何が入っているか、ぼくまでわからなくなっちゃうと困るからね。それぞれに目印を付けているんだよ。他にも、わかるかい?」

「そうねえ」

 と言って、ミミルは顎に人差し指を当てて、じろじろとパンを眺めてみました。

 よく見ると、それぞれに微妙な違いがあることに気付きました。

 言われてみれば、今食べたばかりの紅ショウガ入りのパンには、ほんのりと赤い色が付いています。

「あちらの上が濃いキツネ色になっているのは、きっと卵を塗って焼いているためだわ。黒ごまが乗ってないけど、あんぱんじゃないかしら。こっちは少しだけカリカリのパン粉が付いているわね。油で揚げてないけど、きっと中身はカレーパンね。このパセリの葉っぱが散らしてあるものは、グラタンパンかな」

 さすがはミミル、ご名答。おまじない屋にいる時間よりも、パン屋さんにいる時間の方が長いなんて言われることもあるくらいの、パン好きです。全部大正解でした。

「いや、参ったな。ミミルは何でもお見通しだね。正解したご褒美に、もう一つ食べてもいいよ」

「ほんと?嬉しい!わたし、紅ショウガが好きになっちゃったわ。もう一つ食べよっと」

 ミミルは、ヒョイと手を伸ばして、赤い色のパンを手に取りました。

「あ、それは」

 ヤギメロンさんが何かを言いかけましたが、それよりも早く、ミミルはパクッとそれを口に入れました。

「!#(((¥◇¥)))#!」

 声にならない叫びを上げて、ミミルはその場に倒れてしまいました。

「ああ、そっちは唐辛子パンなんだ」

 ヤギメロンさんは、困ったように白いヒゲを撫でました。


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