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夢見るおばけのおまじない④

「これでよし、だわ。あなたたち、もう大丈夫よ。おうちの人に会えるわ。きっといい人たちなのよね、あなたたちのは。だって、そんなによくできたおばけの衣装を作ってくれるんですものね。それまでどうしようか?けん玉釣りでもやって遊びましょうか。それとも喉が渇いたかしら。オレンジジュースでも飲みましょうか。なんだか人に酔ったみたい」

 ミミルは、確かこの辺にオレンジジュースの屋台が出ていたはず、と思って周りを探しましたが、明かりが暗くてよく見えませんでした。

 それどころか、あんなにたくさんいたと思った人も、数が少なくなっているように思いました。

 空気も少し冷んやりしたように感じられました。

「こんなに暗かったかしらね。何か明かりになるようなものがあればいいんだけど」

 向こうから、提灯を掲げた人がやって来ました。

 よく見ると、持っているのはろくろっ首で、長い首をゆらゆらと揺らして歩いていました。

 提灯にも、大きな目と裂けた口が付いています。

 ミミルの側を通ったとき、その顔が、ケケケと笑ったような気がしました。

「あの人、すごーい。よくあんな凝ったものが作れるわね」

 のっぺら坊が、コツコツと杖をつきながら、覚束ない足取りで歩いて行きました。

 唐傘おばけが、ピョンと勢いよく跳ねていきました。傘に穴は空いていませんでした。

「それよりジュースはどこかしら。お酒の匂いがすごいわね」

 ジュースの屋台どころか、一軒の屋台も見当たりません。その代わりに、強烈にお酒の匂いがしてきました。

「ふう。なんだか酔っちゃいそう。人に酔って、お酒に酔って。こうして人は大人になるのね」

 どこからか、ピーヒャララ、という笛の音色が聞こえてきました。ドンドンと、太鼓を叩く音も鳴っています。

「おどり」

「おどり」

 と、アンとウンが飛び跳ねました。

「なあに、踊りがあるの?去年まではなかったわよね」

「こっちこっち」

「こっちこっち」

 二人は片方ずつミミルの手を引いて、音の鳴るほうへ急いで行こうとしました。

「待って待って」

 アンとウンはなかなか走るのが早くて、ミミルは大忙しで足を動かしました。

 靴の裏がザクザクと落ち葉を踏みしめます。公園の平ぺったい土の感触というよりは、まるでその下に巨大な土の塊が埋まっているような感覚でした。

 落ち葉の下の地面が凸凹していたのか、ミミルは足を取られて転びかけました。

「あっ」

 このまま転んでしまうと、片方ずつ手を引いている、アンとウンも一緒に転んでしまいます。

 それどころか、両手がふさがっているせいで、地面に顔から突っ込んでしまうでしょう。

 危ない、と思った瞬間、ミミルの体は宙に浮かんでいました。

 まるで綿毛にようにふわっと舞い上がって、ストンと地面に着地しました。

 なんと、アンとウンの二人が背中に付いたコウモリの羽根をパタパタとはためかして、少しの間でしたが空を飛んだのでした。

「あなたたち、すごいわね。それ、どういう仕掛けになっているのかしら」

「ごめん」

「ごめん」

「ゆっくりいく」

「ゆっくりいく」

 三人は、ゴツゴツとした木の根が張り出している地面を、足を取られないようにゆっくりと進んでいきました。


 ◇


 周りには、高い杉の木がたくさん生えていました。まるで山の中にいるみたいでした。

 杉の木の上から、フクロウの鳴き声が聞こえたような気がしました。

 暗闇の向こうから楽しげな音が聞こえてきます。

 ピーヒャラ、シャン、シャン、ドン、ドン、ドン。

 笛の音、鈴の音、太鼓の音。

 テンテコ、べべべべ、ジャンジャカジャン。

 小太鼓、琵琶の音、何かの楽器。

 ザクザク、ガヤガヤ、ザク、ガヤ、ザク。

 踊りを踊る人々の足の下で、落ち葉が砕ける音。騒めき。

 ガハハハ、クスクス、イッヒッヒ。

 陽気な笑い声に混じって、誰かが背中で笑っているような、不気味さ。

 杉の木林を通り抜け、少し開けた場所に出ると、提灯がいっぱい付いた背の高いやぐらを囲んで、おばけたちが踊っているのが見えました。

 踊りはてんでバラバラで、ゆったり優雅に踊っている人やら、激しく頭を振って踊り狂っている人。

 飛んだり跳ねたり、鞠のように弾んでいる人もいれば、地面をゴロゴロ転がっている人もいます。

 やぐらの上には、楽器を演奏する人たちがいました。

「うひゃー。今年のお祭りはイカレてるわね。サイコー!」

 ミミルは、自分も音に合わせて体を動かしたくなって、ウズウズしてきました。

 周りはおばけたちでいっぱいです。

 ひょうたん小僧こぞうに、エリマキおばけ、まんじゅう坊主ぼうずに、イタチ入道にゅうどう

 イカおじょうに、ライオン小町こまち、かまくらかぶとに、豆腐三百とうふさんびゃく

 どれもみんな本物みたいです。

 ミミルは、アンとウンと同じように、一つ目でくちばしの付いた人を見つけました。

 山伏みたいな着物を着て一本足の下駄を履いています。

「あら?あの人って、あなたたちのおうちの人じゃないの?」

 アンやウンと違って、目がギョロリとしていて、くちばしが硬く尖っていました。

 背中のコウモリの羽根も、大きくて立派です。

 その様子はまるで、アンとウンをそのまま大人にしたようでした。

 その人はアンとウンに気付くと、側に寄ってきました。

「なかま」

「なかま」

 と、アンとウンが言いました。

「おやおや。これはこれは、アンにウンではないか。君たちの姿がしばらく見えなかったものだから、これは迷子にでもなったのではないかと、大層心配など、つゆほどもしていなかったのだよ」

 その人が喋ると、くちばしがカチャカチャと鳴って、お酒の匂いがプンプンしました。

 ミミルは、おかしなことを言う人だな、と思いましたが、顔色も赤く火照っているようだし、きっとこの人はお酒を飲み過ぎたのだと思いました。

「アンにウンよ。おまえたちは、いったい今までどこへ行っていたのだね?」

「おまつり」

「おまつり」

 アンとウンが答えると、その人は、ホッホッホと、変わった笑い方をしました。

「君たちもなかなか面白いことを言うようになったね。ぼくは君たちがお祭りにいないことを全然心配してなかったから、お酒も喉を通らないほど、つい飲み過ぎてしまったというのに」

 その人は、ミミルがいることに気付きました。

「おや!おやおやおやおや!アンにウンよ。こちらにおはすお方は、どなたと心得ているのかな?」

 驚いたように言って、一つ目でミミルを上から下まで何度も見回しました。

 ミミルは、ま、レディに失礼だわ、この人、と思いました。

「みみる」

「みるみる」

 と、アンとウンが言いました。

「み、みみるみるみるさんと仰せられるのですね」

「ミミルよ。それよりあなたはどなたでいらっしゃるの?」

 不満気にミミルが言うと、その人は慌てたように気をつけをして、着物の前を合わせ直しました。

「こ、これはこれは。ぼくとしたことが、レディに先に名乗らせてしまうとは、とんだ失礼つかまつり重三郎じゅうざぶろうです。申し遅れました。ぼくはメイムと申します。アンとウンの仲間です。いやあ、ミミルさんとおっしゃるのですか。おすがたかたちによくお似合いの、かわいらしいお名前でいらっしゃる。もしかして、その名前は天におはします美の女神様が名付けられたのでございましょうか?」

 ミミルは、この人は調子のいい人だな、と思いました。

「いやはや、そんなことはありますまい。草のいおりは仮の住まいです。きっと美の女神様のことをミミルさんというのでしょう。するとミミルさんは、天の天帝様の奥方様であらせられるのかな」

 よくもまあ、歯の浮くようなセリフが出ること出ること。でもミミルは、まんざらでもありませんでした。

「いやあね。わたしが結婚しているわけないじゃない」

「ど、独身、とな。こんな麗しき乙女が、まだ誰のものにもならずに一人でおられるとは!これは、なんたる奇跡。まさに天の配剤、大宇宙の慈しみ。奇遇ではありますが、このぼくも当年とって二百五十歳。今が旬の結婚適齢期でございます。どうかここはひとつ、このメイムめと踊っては頂けぬでしょうか」

 メイムさんは恭しくお辞儀をしました。

 ちょっと変わった人のようですが、一応ジェントルマンではあるようです。

 ジェントルマンの誘いであれば、それを受けるのがレディというものです。

「うふふ。メイムさんって面白い人ね。わたしは踊りが得意ではないけれど、それでもいいかしら?」

 とミミルが言うと、メイムさんは、ワッハッハと豪快に笑いました。

「あら、何かおかしくって?」

 踊りが下手なのを馬鹿にされたのかと思って、ミミルは少しムッとして言いました。

 するとメイムさんは、お腹を抱えて余計にゲラゲラ笑いました。

「うわっはっは。これはこれは。ミミルさんはご冗談がお上手さんと見える。踊りが得意でないだなんて、この世にそんなジョークがあるとは思いもよらず、焼き芋蒸らす、であります」

 どこがどう面白いのか、全くわからなくて、きょとんとしているミミルの手を、メイムさんはさっと引いて、踊りの輪の中に連れて行ってしまいました。

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