夢見るおばけのおまじない③
おばけに戻ろう、と思いました。
そのほうが、ずっと気が紛れると思いました。
確かおばけの衣装は、学校にいるときに脱いで、そこに置いてきたままになっているはずです。
でも、どちらへ行ったらいいのでしょうか?周りには大人の人が多過ぎて、小さなミミルでは、先まで見通せません。
方角を確かめようと、時計台を仰ぎ見ました。
月のない夜空に、ぼうっと青黒い時計台の輪郭が浮かんで見えました。
時計台の上から、ホウ、という鳴き声が聞こえたような気がしました。
でも、こんなにガヤガヤしている中で、フクロウタさんの声が聞こえるはずはありません。
ミミルは、気のせいだと思って、目を地上に戻しました。
すると、ミミルよりもさらに小さい子供が、不恰好な白いシーツを被って、おばけの真似でウロチョロしているのが目に入りました。
あらあら、あれでおばけのつもりかしら、どんなに不器用な人だって、あれよりはうまく作れるわよ、と思ったら、どうやらそのシーツは、ミミルが作ったおばけの衣装のようでした。
よく見ると、シーツはラクダのこぶのように、二つの出っ張りがポコポコ出て、別々に動いていました。
シーツの下では、四本の足がチョコマカと動いています。
あのとき学校にいた誰かが、ミミルのおばけの衣装を持ち出したに違いありません。
ベンサル君の家族が大勢きていたので、きっとサルの子供だろうと思いました。
ミミルは、そいつに近づくと、両手でシーツをちょいとつまんで、エイっと持ち上げました。
シーツの中には、ミミルが思った通り、ミミルよりもさらに小さな子供が二人入っていました。
けれど、ミミルが思っていたのと違うこともありました。
「わっ!」
と、思わずギョッとしてしまいました。
シーツの下から、鳥のような顔が現れたからです。
その顔色は緑と黒を混ぜたような色で、顔の中心には、パチクリとした大きな一つ目が付いていました。
その下のあるのは、黒と銀色を混ぜたような色の鳥のくちばしです。
小さな子供らしく、まるで雛鳥のもののように、平ぺったくて柔らかそうに見えました。
そのくちばしを、一人はポカンと開けて、一人はキュッと結んで、一つしかない目で不思議そうにミミルを見上げています。
頭には、四角形の上に三角形を重ねたような帽子をちょこんと乗っけて、顎の下で紐で結んでいます。
背中には、コウモリのに似た羽根まで付けて、本格的です。
山伏みたいな着物を着て、素足に一本歯の下駄を履いていましたが、その足も顔と同じ色をしていて、尖った爪が生えていました。
「なんだ、びっくりした。あなたたち、ちゃんとおばけの衣装を着せてもらってるじゃないの。このシーツは、わたしのものなのよ。勝手に持っていっちゃダメよ」
その子たちは、何も言わずにミミルを見上げていました。
幼過ぎて、まだ言葉がわからないのでしょうか?
「あなたたちの衣装、よくできてるわね。シーツなんか被る必要ないわよ」
ミミルは、改めて見ると、自分の白いシーツに穴を開けただけの衣装はみっともなくて恥ずかしいと思いました。
これを着てエリーゼちゃんたちと一緒に遊びに行かなくて良かったと思いました。
「あなたたち、お姉さんの言うことがわかるかしら?もしかして、ベンサルさんのご家族の方?」
二人は、しばらく顔を見合わせると、その場でピョンピョンと交互に飛び跳ねました。
意外にジャンプ力があって、ミミルの顔の高さまで飛び上がります。
「ベンサル、しらない」
「ベンサル、だれ」
言葉を言い終わると、すぐに一人はくちばしをポカンと開け、一人はキュッと閉じました。
「わ、大丈夫よ。飛び跳ねなくても、ちゃんと聞こえるから。そう、あなたたちはベンサルさんのご家族の方じゃないのね。じゃあ、どこの子かしら?あ、人に名前を聞くときには自分から名乗らなきゃだわね。わたしはミミルよ。知ってるかしら。街のはずれのおまじない屋のミミルよ」
二人は、また顔を見合わせました。
「おなじまい?」
「ししまい?」
「おまじないよ。そっか。あなたたちはまだ小さいから、おまじないを知らないのね。いいわよ。お姉さんが教えてあげる。おまじないってね、すっごく素敵なものなのよ。これをするとね、いつだっていいこと起きそうな気がしてくるの。でもその前に、あなたたちがどこの誰だか、教えてくれるかしら?」
「ぼくはアン」
と、くちばしをポカンと開けたほうが言いました。
「ぼくはウン」
と、くちばしをキュッと結んだほうが言いました。
「アンとウンね。あなたたち双子かしら。おうちはどこなの?」
アンとウンの二人は、また顔を見合わせました。
「にしのほう」
「やまのなか」
「ふうん。じゃあ、西の山に住んでるのね。あんなところに誰かいたかしら?おうちの人は一緒なの?」
「おうちのひと?」
「おうちのひと?」
「おうちの人と一緒に来たんでしょ。お父さんかお母さんか誰かと」
アンとウンは、二人で顔を見合わせて首を傾げました。
「おとうさん、なに?」
「おかあさん、なに?」
ミミルは、これは聞いてはいけないことだったかと思いました。
「あなたたち、お父さんやお母さんを知らないのね。まあいいわ。そういう子だって、いるものね。でも、一緒に暮らしている人はいるんでしょ」
「いない」
「いない」
二人は首を振りました。
ミミルは少し考えた後で、この子たちは、今この場におうちの人がいないという意味で言っているのだと思いました。
いくらなんでも、こんな小さな子供だけで暮らしているはずはありません。
きっとこの子たちは、誰かおうちの人と一緒に来たけど、はぐれてしまったのだろうと思いました。
「わかったわ。あなたたち迷子なのね。いいわよ、お姉さんも一緒に探してあげる」
迷子になったときの寂しさは、ミミルも身に染みてよく知っていますから。
「さがす?」
「さがす?」
と、二人はまた顔を見合わせました。
「そりゃあ、探すのよ。だってあなたたち、まだ赤ちゃんみたいに小さいじゃないの。迷子になったのにも気付かずに遊んでいたぐらいなんですもの。わたしは一人でも生きていけるけど、あなたたちにはまだ無理だわ」
「うり?」
「きゅうり?」
「無理よ、無理。できないってことよ。でも、あなたたちラッキーだわ。わたしに出会えたんですものね。こういうときにはどうしたらいいか、このお姉さんが教えてあげるわ。こういうときにはね、おまじないをするのよ」
「みせじまい?」
「おしまい?」
「おまじないよ。辛いときとか、苦しいときとか、心がモヤモヤしてどうしようもないときにはね、おまじないするのよ。子供たちだけでは、どうにもならないことだって、あるでしょ。そういうときには、おまじないをすれば、きっといいこと起きるから」
この言葉は、誰が誰に言っているのでしょう。アンとウンは、いたって無邪気な様子です。
「おまじないの呪文を教えてあげる。ミミルミルミル」
「みみる」
「みるみる」
「ミミルミル」
「みみる」
「みる」
「オマジナイ」
「おまじない」
「おまじない」
「そう、ちゃんと言えたじゃないの」
「おもしろーい」
「おもしろーい」
アンとウンは、キャッキャと飛び跳ねました。
「待って待って。そんなに跳ねないの。これで終わりじゃないわよ。ここからが本番なの。ミミルの最新作、迷子になったときのおまじない、とくとご覧あれ」
ミミルミルミル ミミルミル
マイゴノトキノ オマジナイ
イキハヨイヨイ イイキブン
スントコスコスコ イツノマニ
キスギタミスギタ ドウシヨウ
シンチョウキンチョウ シンコッチョウ
オチツキモチツキ キナコツキ
オチャトイッショニ タベテカラ
モツレタイトヲ ホグスニハ
カンタンオツユニ ツケルダケ
グツグツニコメバ デテクルサ
マイゴノモトノ コネコチャン
ダシガラヌケガラ イイシゴト
スッキリスイスイ モトドオリ
ミミルミルミル ミミルミル
コマッタトキノ オマジナイ
おまじないが終わった瞬間、ほんの一瞬ですが、ミミルはめまいを感じたような気がしました。
それは、大勢の人波に酔ったせいだと思いました。