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きまじめ先生のおまじない④

「さて、授業の続きといこうか」

 ピノッザ先生は、ひょいと肩をすくめて、二問目に進みました。

 食べるのは、今度はベンサル君です。

 ベンサル君は、パッと手を伸ばして白い丸パンを取りました。一口かじると、目を丸くしてパンの中身を見つめました。

「うわぁ。ぼく、こういうの見たことないな」

「さあ、質問してくれたまえ。見かけに惑わされずに、正解を導くように」

 とピノッザ先生がみんなを促しました。

 ミミルは、おや、と思って見ていました。ベンサル君が一口かじったときに、ザクッという音がしたからです。

 ということは、ははあ、あれだな、と思ってカマをかけてみることにしました。

「ねえ、ベンサルさん。あなたもしかして、今キャベツも一緒に食べたくなってないかしら」

「そうだなあ。キャベツがあってもいいかな」

 ベンサル君は、首を傾げながら答えました。

 これで正解はわかった、とミミルは思いました。

 ヤギメロンさんのお店で、食べたときにザクッという音が出るのは、揚げたてのコロッケパンに決まっています。

 こういうものは見たことがないと言ったときの、ベンサル君の不思議なものでも見るような表情や、普通とは違うパンを作ってもらっているというピノッザ先生の言葉から判断するに、おそらく普通なら、コッペパンに挟んであるコロッケが、パンの中に入っていたのでしょう。

 この後、エリーゼちゃんが違う質問をしました。

 しかしミミルは正解がわかったと思って、早く答えたくてウズウズしていたため、内容をよく聞いていませんでした。

 エリーゼちゃんの質問は、このようなものでした。

「ベンサル君、普段だったら、いつどうやって食べるものなの?」

「ぼくは、寝る前にミルクと一緒に食べるよ」

 もうわかった人もいるかもしれませんね。

 でも、ミミルはこのとき、早く正解して、真ん中に見える赤い色をしたパンに、思いっきりかぶりつくことしか考えていませんでした。

 だから周りでどんな会話がなされていても、ミミルの耳には、風の音ぐらいにしか感じられなかったのです。

「それでは、君たちの答えを言ってくれたまえ」

 真っ先にミミルが答えました。

「ふふ、もうだまされないわよ。食べたときのザクッという音は、揚げたてのコロッケにちがいないわ。ヤギメロンさんは食べたときのザクッにこだわっているから、ソースもちょびっとしかかけないんだから。食べたときのザクッだけは、パンの中にかくしてもかくしきれない揚げたての証拠なの。食べたときのザクッがほしくて、わたしはコロッケを食べるのよ。もっとも時間がたって食べたときのザクッがなくなっちゃっても、コロッケのおいしさは変わらないけどね」

 他にカモシカーナちゃんが答えました。

 エリーゼちゃんは答えが出ませんでした。寝る前に物を食べる習慣がなかったからです。

 ブタルトン君は、ヤギメロンさんのパン屋さんのコロッケに、お肉が入ってないかどうかをミミルに確認しました。

「ベンサル君、答えを言いたまえ」

「ぼくが食べたのは」

 ミミルの唇が、音を出さずに「コロッケ」と動きました。

「ぼくが食べたのは、クッキーです」

 ああ、なんて無情。ベンサル君はあり得ない言葉を発しました。

「やったね!」

 カモシカーナちゃんは、飛び上がって喜びました。

「え?なんで?なんでパンの中にクッキーを入れて焼くのよ。どうやったらそんな焼き方ができるの?」

 ミミルは愕然としました。

「揚げたてのコロッケが入っていた方が不思議であろうに」

 と、呆れたようにピノッザ先生が言いました。

「それに、だってベンサルさんはキャベツが欲しいって言ったじゃないの」

「だってクッキーが甘かったんだもん。口の中がスッキリするかと思って」

 人の食べ合わせの好みはそれぞれなのですね。

「いずれにせよ、ミミル君は不正解である。小さきものよ。そなたは自分が見たいようにこの世の中を見ているのである。食べたときのザクッという音は、そなたの中ではコロッケなのであろうが、何もコロッケだけが食べたときのザクッという音を発するわけではない。世の中にはそなたの哲学では計り知れぬこともあるのだ。そのことに気づかねば、また先程のように道に迷ってしまうぞ。誤謬という道にな」

「ううう、フクザツ。きっと今なら、コロッケの中身にクッキーが入っていても食べれるわ」

 グギュルルルゥ、とミミルのお腹が盛大に鳴りました。


 ◇


 今度はカモシカーナちゃんが食べる番でした。

 学校って、大変なところだわ、とミミルは思いました。おいしいものを食べさせてくれるかと思いきや、これではひもじさが増すばかりです。

 カモシカーナちゃんは、表面にカリカリのパン粉が付いたパンを手に取りました。

 本当なら、これはカレーパンのはずです。でも、きっと違うのでしょう。

 ところが、カモシカーナちゃんが一口食べたときから、部屋の中がカレーの匂いでいっぱいになりました。

「カモシカーナちゃんが好きなパンなの?」

 と最初に聞いたのは、エリーゼちゃんでした。

「そうだね、好きは好きだけど」

 カモシカーナちゃんは口ごもりました。

「もっと好きな食べ方があるんだ」

 ベンサル君が言いました。

「あたしは、白いご飯と合わせる方が好みだね」

 と、カモシカーナちゃんは微笑みました。

「お肉は入ってる?」

 ブタルトン君が、ビクビクしながら聞きました。

「ウチは家族みんな野菜好きなんだ。だからお肉は入れないよ」

 ブタルトン君は安心したのか、肉まんみたいなほっこりした顔になりました。

 ミミルは、どうしたものかと思いました。

 お腹が空き過ぎて、あまりものを考えられなくなっていましたが、カモシカーナちゃんの言ったことをまとめると、カレーが一番ありそうな気がします。

 でも、見た目はカレーパンですから、カレーが入っているはずはありません。

「ミミル君は質問いいかね?」

 ピノッザ先生に聞かれましたが、うーん、と唸ることしかできませんでした。

「無いようなら、答えてもらおう。カモシカーナ君が食べたのは、何パンであるか」

 ミミル以外の人は、みんなカレーと答えました。

「うーん、わたしもカレーのような気がするけど、でも違うのよ。だって見た目がカレーパンですもの。きっとこれは、うーんと、うーんと、カレー味の、カニミソ」

 ミミルがよっぽど混乱しているのがわかりますね。

 たとえインド洋で獲れたカニでも、カニミソはカレー味にはならないように思いますが。

 あれ?インド洋のカニは、カレー味なのかな?カニなんて食べたことがないのでわかりませんが。

 まあ、それはさておきお洒落物置、カモシカーナちゃん、正解をどうぞ。

「すごい!ミミル以外、全員正解だよ。これはカレーパンよ」

 わああ、と歓声が上がりました。一人納得がいかないのはミミルです。

「そんなことって、ある?見た目がカレーパンなのに、中身もカレーパンだなんて!そんなカレーパン、カレーなる一族が認めたって、わたしは認めないわ」

「ふむ。どうやら、ヤギメロン殿が間違えたらしいな。まあ、これだけ大量のパンを無理を言って作ってもらったのだから、一つぐらいそういうこともあろうな」

「ぐうううう」

 これはミミルの口から出た音なのか、はたまたお腹から出たものなのか、区別がつきません。

 他の子供たちは、みんな正解したことに興奮して、わあわあ言っています。

 次は僕が食べる、とか、いいえわたしよ、とか、そんなことを言い合って大騒ぎです。

 待て待て待て待て、とピノッザ先生の声も聞こえてきます。ジャンケンだ、とかなんとか言っているようです。

 ミミルはなんだか、それらの音が遠くの方から聞こえてくるような気がしていました。

 周りの景色が霞んで見えてきて、自分が今どこにいて何をしているかとか、隣に誰がいるかなんてことが、どうでもよくなってきました。

 ただ目の前に、赤くて丸い形をしたものが、ぼうっと浮かんで見えました。

 ミミルは、ふらふらとそれに近づくと、手を伸ばしてつかみ取り、パクッと口に入れました。

「あ、これ。勝手に食べてはいかん」

 ピノッザ先生が止めようとしましたが、もはや飢えきったミミルの口は止まりません。

 あっという間に半分以上を喉の奥へと押し込みました。

「!#(((。◇。)))#!」

 すると、声にならない叫びをあげて、その場に倒れ込んでしまいました。

 口を押さえ、目を白黒させて、顔を真っ赤にして、足をバタバタさせました。

 口を開いても、ヒュー、ヒューという、空気が抜けるような音しか出てきません。

「エリーゼ君、水を持ってきてくれたまえ」

 ピノッザ先生に言われて、エリーゼちゃんがコップに水を持ってきてくれました。

「ミミルちゃん、大丈夫?」

 心配そうなエリーゼちゃんに水をもらって、ようやくミミルは一息つきました。

「あー、しんど。死ぬかと思ったわ」

 ぜーぜーはーはーと、まだ荒い呼吸です。

「勝手に食べてはいかんというに。赤いのを食べておったから、大方、唐辛子入りのパンにでも当たったのであろう。ヤギメロン殿は入れるのをよそうかと言っておったが、一つぐらいあってもいいかと思ったのでの。ふお、ふお、ふお」

 ピノッザ先生も、なかなかお茶目ですが、それを聞いてミミルは、何かを企んででもいるかのように、ムクっと立ち上がって、ニヤリとしました。

「うふふ。先生。わたしが食べたパンは、唐辛子パン・・・」

 ミミルはもったいぶって言葉を切りました。

「では、ありませんでした!」

 残ったパンの食べさしを、得意げに先生の前に突き出しました。

「むむ!そ、それは!」

 言葉に詰まったのは、今度はピノッザ先生の方でした。

「残念でした。皮は赤いけど、中身はあんぱんよ。わたしは、ただ、急いで食べすぎて喉にあんこが詰まっただけよ。だってヤギメロンさんってば、皮を薄くして、あんこをいっぱい入れてくれてるんですもの」

「むむ!むむむむむ!」

 先生の顔が、見る見るうちに真っ赤になりました。

 まるで大量の唐辛子を口に入れてしまったかのようです。

「あれ、どうしたの先生。お顔が真っ赤よ。お水を飲んだ方がよろしいんじゃなくって?」

 目を白黒させて、ピノッザ先生は、むーむーと唸っています。汗がダラダラと流れてきて、白いクルクルのかつらの毛先を伝って、ボトボトと床に落ちました。

「ワ、ワタクシが、ま、間違えるなどと!」

 ヨロヨロとソファにもたれかかると、細長い体をクニャクニャにして、細長い手を頭に当てて掻きむしったものですから、かつらがずれてしまいました。

 かつらの下からは、まるで野球場の芝生みたいに短く刈りそろえられた黒い髪の毛が現れました。

「あら、先生。ショートヘアがお似合いよ。その方がずっといいわ」

 先生は、ハッと我に帰ってかつらを被り直すと、フラフラとドアの方に行きました。

「き、気分が悪くなったから、今日の授業はここまでにする。そこにあるパンは、食べたければ食べてもよろしい。では、みなさん、ごき、ごきげんよう」

 ドアにもたれかかると、倒れるようにして教室を出ていってしまいました。

「ゴキゲンヨウですこと」


 ◇


「先生、どうしたのかな。急に気分が悪くなるだなんて」

 エリーゼちゃんは、心配そうにドアの向こうを眺めました。

 他の子供たちは、大喜びでパンの山に飛びつきました。

 ブタルトン君が、ひょいひょいと中身も気にせずに、次から次へと口にパンを運んでいきます。

「おいしいね、これ。お肉なんか入ってなくても、おいしいね」

 上機嫌で食べていたブタルトン君でしたが、突然、顔を真っ赤にして倒れ込みました。

「!#(((。◎◎。)))#!」

 エリーゼちゃんは、また水を持ってこなくてはいけませんでした。


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