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09


 照葉の行動は早かった。

 あれからびっくりするほど黄丘宮に行く機会が増えている。これはもう気のせいではなく、照葉の故意だとはっきり確信できるほど。


 だけど仕事の絶対量が増えたわけでもなく、むしろバタバタと黄丘宮に頻繁に出入りできるほど時間に余裕がある。

 おそらくそれは、今まで照葉がなるべく他人と接しないようにと、書類や伝聞その他もろもろでなんとかしていた物を、黄丘宮に繋がることに関して積極的に行っているからだろう。


 ――それが姉の個人的な願望のためだなんて、そんなこと良いのだろうか。


 なんてことを考えていれば、やっぱり照葉には見破られて、またいつものように腰に突撃されてしまう。

「……お姉ちゃん、あたし、迷惑だった?」

「全然! 嬉しいの、本当よ? でもいいのかしらって」

 照葉は先ほどまでの弱気をどこへやったのやら、がばりと音がしそうなほど勢いをつけて私を見上げる。


「いいに決まってる! だって世の中、ズルい者勝ちなんだもん」

 正直者が馬鹿を見るなんて言葉は嘘じゃない。

 照葉はまっすぐな性格をしているからこそ、余計にそれを感じてきたのかもしれない。

 もし照葉がずる賢く生きていけたなら、毎日法律の本なんて膝に乗せていないだろうし。


「お姉ちゃんは器用だし、何だってできるでしょ。たぶんあたしが手伝わなくたって大丈夫だよね……。でもあたし、お姉ちゃんに協力したいの」

「照葉……」


 器用。器用かなあ?

 言われてみればだけれど、これといって何かが致命的に苦手で困ったということは無かったかもしれない。

 だからいって突出したものも得意なものもなく、照葉のような特別を得られた人間だとも思えない。

 たぶん、これといった苦労をしてこなかったのは、苦手でこだわる必要を感じられないものを避けてきたからだ。

 それで困ったことにならなかったから。


 頑張ることは大切で。

 だけど頑張りすぎると、人間はどこかでキャパがきてしまう。

 昔、照葉はキャパシティを超えてしまって、一旦他人との交流を絶った。

 そうじゃないと照葉の心は壊れてしまったのだろう。

 だけど今少しだけ落ち着いた照葉は、ちょっとずつ自分で解決法を探そうとしている。

 照葉のこういうガッツのあるところは、私には無い素敵な部分だと思う。


 私はそれなりにいいかげんで能天気なところがあるから。

 それも自分では長所でもあると思っているけれど。


「でも、そうね。お姉ちゃんも頑張ってみる。ありがとう照葉」

 そう言うと、照葉はまた腰に巻き付けた腕に力を入れてくぐもった声で「うん」と呟いた。




 とは言ったものの、無理を通そうとするのはダメだったかもしれない。

 目の前で珍しい味付けの肉料理を、爽やかにそれでいて驚くような速さで口に放っているアレイスバルクさんを見ながら思う。


「どうかしたんスか?」

「アレイスバルクさんは食べるのが速いのに、食べ方が上品だなと思って」

「ハハハ。いやもう早食いは故郷の慣れっスね。お恥ずかしいかぎり」

 アレイスバルクさんがナプキンで口を拭きつつ苦笑する。


 あれからまた少しずつアプローチしてみたものの、アレイスバルクさんには柳に風といった様子で飄々と受け流されている気がする。


「あ、これなんか初風さんの好みっぽくないっスか?」

 アレイスバルクさんがメイン料理を食べ終えて、ふとメニューを指さしている。

「初風さん、フォンダンショコラ好きでしょ? あとこれも。マスカットのタルトがありますよ。マスカット好きっスよね?」


 フォンダンショコラは故郷にいた頃から好きだけれど、この浮島の技術も高くてお気に入りのお店がたくさんできてしまったほど。

 今いるお店ではまだ食べたことがないからとても気になってしまう。


 だけどマスカット。マスカットも捨てがたい。

 故郷では見覚えのないフルーツで、私と照葉は人工浮島に入って初めてマスカットを食べた。

 照葉にはイマイチだったみたいだけれど、私はマスカットの虜になってしまったのだ。


 フォンダンショコラのことは故郷のことを話しているときに話題にでたかもしれない。

 そしてマスカットはあまりの美味しさにアレイスバルクさんに熱弁してしまった気もする。

 恥ずかしい思い出でもあるけれど、覚えてくださっていたのがどうしようもなくむずがゆい。


「ずいぶん迷ってる顔っスね」

 クククという声に顔を上げると、アレイスバルクさんが目を細めて優し気に笑っている。

「すいません。食い意地が張っちゃって」

「いいんスよ、いいんス。その顔が見られただけで役得っスから」

 アレイスバルクさんがからかうように肩をすくめる。


「どうせならそれぞれ頼んで交換しませんか?」

「いいんですか?!」

「もちろんっスよ。初風さんの真剣な顔見てたら俺も気になっちゃいました」

 アレイスバルクさんはサッと手を挙げて、店員を呼びあっという間に注文してしまう。

 さらにスイーツが来た後も、アレイスバルクさんはほんの少しだけ食べただけで、結局ほとんど私の物になってしまった。


 こんなに思いやりがあってスマートなのに、アレイスバルクさん自身が「自分はモテない」なんて豪語するにはやはり無理がある気がする。

 そう言うと、アレイスバルクさんは「まさか!」と食い気味に否定した。


「ちょ、初風さん。それ本気で言ってます?!」

 あまりに予想外だったのか、アレイスバルクさんの頬が少し赤らんでいる。

「本気です。だってアレイスバルクさん、そんな感じに見えません」

「モテるように見えるなら、そりゃカッコつけてる分があるからっスよ。たぶん」

 アレイスバルクさんは火照った頬に片手で扇ぎ始めた。


「正直な話、本当の本当にそういうの縁無いんス。故郷でだって俺は『ハズレ』側でしたからね」

 話によると、アレイスバルクさんの故郷でモテるのは、もっと毛深くて大きな男性らしい。

 私からすればアレイスバルクさんもずいぶん長身だけれど、彼の故郷でアレイスバルクさんはそれでも小柄な方だし、特別毛深いわけでもない。


「この塔じゃみんな厚着じゃないっスか。故郷ではもっと薄着で、男連中は胸毛や腕の毛を自慢げに見せびらかしてるんスよ。でも俺は胸毛なんて全然生えてこないし。やっぱ遺伝なんスかねえ」

 少しぬるくなったお茶を啜り、アレイスバルクさんはふてくされたように言う。

「あっちでは基本的に女性が男性を選ぶっていうのが普通で。――ああ、同性でくっつくやつらもいますけど、でもやっぱり分かれてるんですよね『選ぶ』側と『選ばれる』側が。匂いというか感覚というか」

「選ぶ側と選ばれる側……ですか」

「そ。選ばれる側で人気なのは、だいたい大柄で力自慢で見た目からして強いって分かるやつです。俺みたいなヒョロヒョロじゃなく」


 これには長い歴史の中で生まれた文化によるものらしい。

 異性同士の結婚しか許されていなかった時代。

 子どもを産む女性が誰の子にするかを選ぶ権利があるというのが、未だにアレイスバルクさんの故郷で根付いているんだとか。


 選ばれる男性というのは、妻子を他の男連中に奪われない『強い男』が有利。

 もちろん守り方は時を経るごとに多種多様になり、金持ちや権威者も含まれる。

 だけど最後に物を言うのは、妻子を奪い傷つけようとする武力に対抗できる者というのが一般論らしい。


 私の故郷とは全く違う価値観で、まるで物語のように聞き入ってしまった。

「はあ……異文化ってすごいですね」

「初風さんの故郷では違うんスか」

「そうですね、性別に関係なく毛深さとか身体の大小は特に魅力にはなりません」

「へえ? じゃあどんな人がモテるんスか?」


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