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04


 あの事件が照葉の引っ込み思案に拍車をかけ、照葉はついに同世代の男の子のみならず女の子とも交友を絶ってしまった。

 そんな照葉を当然家族は心配した。

 だけど物事は上手くいくものではないみたい。

 ひとつ上の双子の兄姉が恋人を連れてきたことで照葉はさらに孤独をつのらせることになった。


 ある日「恋人を紹介したい」と言う兄姉を心から祝福したのは、照葉も同じはず。

 だけど実際に連れてきた恋人を見て照葉は態度を一変させた。

 双子の兄姉が連れてきたのが双子の姉弟だったから。


 双子が別の双子と揃って恋人になって、同じ日に紹介してくるなんてすごい偶然と家族は沸き立った。

 だけど照葉は兄が彼女を、姉が彼氏をつくったのだと勘違いしていた。

 だから兄は彼を、姉は彼女を愛しているのだと聞いた時、照葉の顔が凍り付いたのを私は見てしまったの。


 それも一瞬ですぐに笑っていたけれど、どうしたって口がひきつっていた。

 そのことに他の家族も兄姉も気づいていたけれど、照葉の何がそうさせるのかがよく分からなくて恋人が帰るまで後回しにしてしまったのだ。


 その日から照葉は私以外の家族――特に双子の兄姉を避けた。

 みんなで訳を聞こうとしても照葉は口を割らなかった。

 ただ私に「家族のみんな大好き。でもどう接していいのか分からない」と以前と同じようなことを呟いた。

 その夜も、照葉は私のベッドにもぐりこんで真っ赤な顔で泣いていた。



「もしかしたら照葉にはこの国が合わないのかもしれない」

 そう言い出したのは父だった。

 照葉のことは数年の家族の悩みの一つだった。


 照葉はみんながいつの間にか身につけているような常識が通じないことや、びっくりするようなことを知らずしでかしてしまうことがある。

 だけどそれはこの国の、この地方の常識で。

 世の中には私達がびっくりするような常識がまかり通る国や浮島がたくさんあるのだ。


 もしかしたら、照葉がのびのびと暮らせる国や浮島はここではないのかもしれない。

 そんなことを私も考えるようになっていた。


 だから、聖力定期検査で照葉が水晶を光らせた時、私は胸の奥で小さな希望が宿るのを感じた。

 聖力が認められた者は原則的に塔のある浮島に住むことになる。

 塔はいろんな浮島から選ばれた職員がいて、国も人種もさまざまだ。

 こことは違う常識があるはず。


 もしかすればそこに、照葉の生きやすい常識があるかもしれない。

 そう思ったのだ。




 天聖塔のある人工浮島には塔を中心にいくつかのエリアに分かれてある。人工浮島で暮らす多くの一般人の居住区もあるし、商業区もあって意外と賑やか。

 聖力検査で選ばれるのは、その身に宿る聖力で世界中の浮島の均衡と平和を維持する役目を負う聖師で、照葉もその一人。

 だけど人工浮島には実際に天聖塔を政治的・経済的に管理する職員や聖師の生活をサポートする職員、それらの人の衣食住や娯楽を支える職員などたくさんの人が暮らしている。


 照葉が聖力検査で選ばれた時、照葉は徹底的に拒絶した。

 だけど私が照葉をサポートする聖下侍従という職に就くことを約束し、照葉を説得して現在、照葉と一緒にこの人工浮島で暮らしている。



 人工浮島にはたくさんの浮島の出身の人がいて、国や種族もバラバラ。

 育ってきた環境も慣習も違えば、常識だって違う。もちろん法律も。

 だから入島する前にびっくりするほど細かく制定された法律を叩き込まれた。

 共通語は学院で習っていたから大丈夫だったのが、せめてもの救いね。


 私も照葉も天聖塔で働くし人工浮島で暮らしていくことになったけど、国籍は故国のままだ。

 国籍を変えなくちゃいけないのかな、と思っていたのでそこはとても嬉しい。

 でも実際は『国籍を変えなくてもいい』とは違って、『国籍という概念の無い国に合わせる』が近いみたい。

 ここに来るまで知らなかったけれど、世の中には国籍という考え方の無い国もあれば、国籍もあるし住民登録もあるしそれとは別にどの家族に所属するかという戸籍という概念のある国もあるらしい。


 出身の国と住所があればたいていの身分が保障される我が国とは違って、子ども(やあるいは配偶者も)は家の財産という考えが根付いている国地域もあるし、結婚形態もさまざま。特定の住所を持たない国の民もいる。

 私の国では重罪にあたることでもよその国では罪に問うか考えるだけ無駄なことも。


 そんな常識が全く違う人間が同じ場所に暮らしていたら、争いが絶えないに違いない。

 そこで人工浮島では事こまやかに法を定めて、人工浮島独自のルールのもとで生きていくように徹底されているのだ。


 これは照葉にぴったりの制度だった。

 故郷では誰からいつ教えられたなんて覚えていないような常識も禁止事項も、人工浮島では懇切丁寧に法律で定められている。

 昔にもめた恋愛関係のあれこれも、種族性別に限らず相手の同意が無ければ不用意に触ってはいけないだとか、ちゃんと書いてあるのだ。


 照葉はいつも一番分厚い法律の本を亜空間ポケットに入れて持ち歩くほどの徹底ぶり。

 それでもやっぱり小さな失敗はあるけれど、故郷にいた頃より照葉はずっと過ごしやすいようで本当に良かった。

 照葉にとっては故国よりも、常識が文章になっている天聖塔の方が過ごしやすいのだろう。




 照葉について入島した後、私はすぐに照葉付きの聖下侍従となるべく研修を受けた。

 聖下侍従は担当の聖師にもよるけど、だいたいは聖師のスケジュールを調整したり身の回りのお世話を手配したりといったことが主な仕事。

 ちょっとした企業の社長秘書やアスリートのサポートをしているみたいでワクワクする仕事だ。


 ちなみに報酬は一定額以上は保障されていて、塔の管理官からもらえる。

 研修は受けたけれど親族のお世話だし、そう忙しくてたまらないどころかむしろ趣味や別業に励むことすらできる職場だから期待していなかったのだけど、なんと、故郷とそう変わらない給与が約束されている。

 しかも住居も自由だし便利な制度がたくさんあって、生きやすい住みやすいのはむしろこちらの勝ちかもしれない。

 入出島制限が厳しくて、行動に制限があることを除けばだけれどね。


 さらに照葉はあれよあれよと言う間に、故郷で言うところの大出世を成し遂げた。


 聖師の主な仕事は世界中の浮島の管理なのは変わらないのだけれど、聖力の大小と操作力で昇進したり降格したりするみたい。

 入島したばかりの聖師はみんな準聖師という見習いになって、先輩聖師や教師から仕事を学ぶ。

 その後ほとんどの人は内聖師となる。一般的に聖師と言えばこの役職をさすくらい、大多数の聖師が内聖師だ。

 私も研修を受けるまでは聖師の格を知らなかったし、以前に写真で見た制服も内聖師のものだったことに最近気づいたほど。


 聖師の中には特別すばらしい聖力を扱えるようになった人がいて、そういう人は内聖師から天聖師に出世する。

 天聖師は聖師の権力ピラミッドの頂点。

 現在、この天聖師は七人だけなので、七天聖師と呼んでいる。


 そしてこの七天聖師に、なんとなんと照葉が選ばれたのである!


 準聖師から内聖師、そして天聖師へと照葉がトントンと出世していくにつれて、たいして仕事内容も変わらないのに私の給与もあれよあれよと上がり、今では故郷で元々していた仕事の倍以上にはなってしまった。

 不相応なんじゃないかしらなんて一瞬思ったけれど、貰える物は貰っておく主義なので、ありがたく頂いておこうかなと最近は開き直っている私なのである。


 もしかして照葉って、私の真っ赤な幸運の天使なのかしら?


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