03
それから照葉は男の子と関わるのをやめた。
急に距離をとられた共通の友人は「オレ何か照葉にしたかな?」と私に聞いてきてくれたけど、私にもよく分からないまま。
それとなく照葉に聞いては見たけれど、「どう接していいか分からなくなった」というのが真意らしい。
まるで初めて赤ちゃんのいる卵を見て「なんて言ったらいいか分からない」と言った時のように。
照葉には照葉の考えるところがあるのだろうと、しばらくそっとしておくことにした。
まさか別の問題が降りかかってくるとは知らず。
例の一件から少しして、照葉とよく遊んでいた女の子の一人が彼女の恋人と一緒に「初風だけに大事な話がある」とこっそり私に言ってきた。
「照葉ちゃんのことなんだけどね……」
言いにくそうに小さな声で切り出した彼女は、何度も言葉を詰まらせながらも恋人の彼に肩を抱かれ、勇気づけられながら話してくれた。
照葉から性被害を受けている。
彼女はそう言った。
そうしておそらく、照葉には悪気が無いし、嫌がっているのも本気にしていないのだと。
きっと彼女には酷だっただろうけど、具体的に照葉がどんなことをしたのかを聞いた。
特に彼女と二人で遊びに行く時、照葉が急に手を繋いだり腕を絡めたりしてきた。
ときには腕を絡めるにとどまらず、抱きついてもくるのだとか。
酷い時には脇をくすぐってくることも。
彼女も「イヤ」「やめて」などと言ったけれど、それを冗談だと受け取っているのか悪ノリしてもっとしてくるらしい。
そんなの恋人の距離だ。
大きな出来事があって――例えばスポーツ大会で勝っただとか試験で好成績が出たとかで、感極まって軽いハグをすることは友だちでもありうる。
だけど彼女の訴えるそれは、友だちでは絶対にありえないシチュエーションだ。
サッと血の気が引いて、思わず私は「本当に?」と言ってしまった。
彼女を傷つけた。
ただでさえ友だちだと思っていた相手から、恋人にしか許していない距離を詰められて恐ろしかっただろうに、私は妹のしたことと信じられずに聞き返してしまったのだ。
たまらず彼女の恋人が涙ぐんで言葉をつぐむ彼女を抱き寄せ、「嘘だって?」と私を睨みつけた。
すかさず謝ると、彼も「確かに、家族がそんなことをしたなんてすぐには信じられないかもしれないけど」と譲歩してくれる。
彼女の見解では、おそらく照葉にはそれが恋人の距離だということが分かっていないということらしい。
だから彼女も元々友だちであるし、いきなり警察に連絡をするとか大事にはしたくない。
できれば家族で照葉を指導して、再犯を防止してほしいということだった。
頭が真っ白のなまま帰宅し、混乱する私を心配した両親に彼女の話をした。
それを聞いた両親も驚きで言葉を失っていた。
その日の夜、私と両親と照葉でゆっくり話をすることにした。
彼女の言い分も信じているけれど、照葉がどう考えてどう行動したのかを知りたかった。
案の定、照葉は彼女にしたことが軽いとはいえ性犯罪だとは思っていなかったようだ。
両親は懇々と照葉に説明して、照葉の行動がいかに彼女を傷つけ怯えさせたかを訴えたけれど、照葉には納得のいかないものだったらしい。
照葉は彼女を恋人にしたいとか、彼女と性的なことをしたくてしたわけではない。
ただ仲の良い友だちとして接した結果なのだと、照葉は言った。
そんなの友だちじゃない。
そう言う両親に照葉は、「男の人と泊まりがけで遊んでるお母さんも、女の人と泊まりがけで遊んでるお父さんも、そっちの方が友だちじゃない! 不潔!」と顔を赤くして叫んだ。
やっぱり、例の一件は照葉の中で大きなわだかまりとなっていたのね。
「お父さんもお母さんも、同じお友達と一緒の部屋に泊まったわけじゃないのよ? みんな個室。泊まるって言っても、緊急事態でもなくちゃ一緒の部屋に泊まるのは家族だけよ」
そう言う両親に照葉も納得しつつあったのか、不満顔の中にも瞳が少しだけ揺れていた。
「照葉がしたことは友だちにしちゃいけないことだったんだよ」
そう私が言うと、照葉は泣きそうな顔で「一番の仲良しなのに?」と呟いた。
「私だって友だちにそんなことされたら、びっくりするし……すごく怖いと思う」
「……お姉ちゃんも?」
見上げてくる照葉の顔はまるで嘘だと言ってほしいと書いてあるようだった。
「照葉だって友だちにされたら嫌でしょう?」と言おうにも、それを照葉が嫌がっていないのだから難しい。
だから被害に遭った彼女は嫌だと思ったし、私も嫌だと伝えるしかなかった。
例に出すのは申し訳ないけれど、照葉も知っている私の友だちを挙げた。
「もし京や卯木にそんなことされたら『なんでそんなことをしてくるんだろう』ってすごく悩むと思う。友だちなのに」
「卯木は男の子じゃん!」
「そうだよ」
「もし卯木がお姉ちゃんにそんなことしたら浮気じゃん」
「そうだよ?」
卯木は私と仲の良い友だちの一人で、恋人もいる。
だからもし照葉がしたようなことを私にもしてきたら、それは申し開きのないほどの浮気だ。
照葉には恋人がいなかったから浮気ではないけれど、つき進めると重大な性犯罪に発展する可能性さえあるし、率直に言って相手を不快にさせる不誠実な行為だ。
照葉が愕然とした顔で「京ちゃんがしてきても浮気なの?」とたずねる。
「そうだよ……?」
もう一人の仲良しである京も恋人がいる。
私と京と卯木は共通の趣味があってよく遊んでいるお友達だ。
照葉が呆然としながらも「……わかった。謝りたい」と頷いたのを見て、両親も少しだけホッとしたようだった。
本当に照葉は納得したのかしら。
疑っているというより、照葉が何か重大な決断を一人でしてしまったようで、怖かった。照葉が孤独に苛まれていくようで。
今でも照葉にどう伝えれば良かったのか、答えは出ていない。
その事件は彼女が大事にしたくないと彼女の家族に伏せて恋人と二人で私に相談してくれていた。
もし彼女が家族にまず連絡していたら、照葉は警察の取り調べを受けていたことだろう。
とはいえ彼女はもちろん、彼女の家族や恋人の彼にも謝りたい。
だけど謝って心が晴れるのは加害者の方ばかりで、被害者の心の傷が癒えるわけでもない。
もしかしたら彼女は照葉の顔を見るのもつらいかもしれない。
そう思い、まずは照葉と両親がそれぞれ手紙を書いて、私を経由して彼女に渡すこととなった。
結果、やはり彼女は照葉を恨んでいるわけでもなく、許したいと思っているけれど、今すぐ顔を見るのはつらいということで照葉は謝意を受け取ってもらえたものの、彼女とは疎遠になった。