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02


 照葉が検査で選ばれてから、うちの家族は大騒ぎだった。

 めでたいことだから喜びももちろんあったけれど、果たして照葉は塔でちゃんとやっていけるかしらって。


 とうの照葉は水晶が光った瞬間から大泣きでずっと私にしがみついて離れなかったし、「イヤイヤイヤ!」「お家から出たくない!」「助けてお姉ちゃん!」とそんなことばかり叫んでいた。

 うちの誰もが幼児返りした照葉を一人で塔に行かせては駄目だと思った。


 照葉がこう嫌がるのも無理はないのかもしれない。

 塔の仕事がというよりも、照葉自身の問題で。

 その頃には照葉もなんだか自分が周りと『ちょっと違う』ことに気づいていて、そして誰よりもそれを気にしていた。

 何をするにも自信が無くて、これで合っているのか間違っているのか、おかしくはないかって気にして親しい友人も作らないようになってしまっていたから。


 それも仕方ないのかもしれない。

 もっと幼い頃は照葉にも友達はいたし、もっと周りとコミュニケーションをとろうとしていた。

 だけど数々のトラブルで周りもなんとなく照葉から距離をとるようになってしまったのだ。



 これはずっと昔の頃のことだけれど、歳の近い私と照葉は共通の友人が数人いた。


 ある日、照葉が友人グループの内の二人に向かって「二人は付き合ってるんでしょ?」と冷やかした。

 もしそれが本当でも二人が報告してくれるまではそっとしておくのがマナーだと今では思う。

 それでも当時の私と友人はそれなら祝福しないと、と二人を見つめた。

 照葉に冷やかされた二人は顔を見合わせて、そうして怪訝そうに「何のこと?」と聞き返したのだ。


 照葉によると、二人はその数日前に二人きりで街に出かけていたらしい。

 ちょうど私達家族も街に出かけていて、二人に気づいたのは照葉だけだったようだ。


「デートしてたんでしょ?」

 そう言ってニヤニヤする照葉に、男の子はムッとして「デートじゃない」と言い返した。

 それを照れ隠しだと思ったのか、照葉は「恥ずかしがらなくてもいいのに」となおも言い連ねた。

 それを冷静に不思議がっていたのが、恋人扱いされた女の子の方だ。


「二人で出かけたらデートになっちゃうの?」


 そう、照葉に尋ねた。

 加えて「でも照葉ちゃんだって友だちと二人で遊ぶこともあるでしょう? 私も彼もお友達なんだからおかしくないよ」と諭すように。


 傍で聞くだけだった私たちは「なんだ、照葉の早とちりかぁ」と笑いあっていた。

 その場はそのまま流されていたけど、帰ってもなお照葉は納得がいかないままだった。


 照葉は拗ねたような真っ赤な顔で「でも男の子と女の子が二人でいるのは違うもん」とベッドの中で私にしがみついて呟いた。

 情緒が不安定になるようなことがあると、夜に私のベッドにもぐりこむのは照葉の昔からの習性だ。


「なんで男の子と女の子が二人でいたらデートになっちゃうの?」

 私はそれが不思議で不思議でたまらなかった。

「だって、だって……」

 照葉はずっと言葉を探していた。


「例えばね、お姉ちゃんに彼氏ができて、もし彼氏が女の子と二人で遊んでたら嫌でしょ」

「彼氏?」

「うん。例えばね」

 どうして恋人といえば彼氏なのかしら?

 それも分からなかったけれど、照葉は王子様と美人でいじめられっ子な女の子の恋愛物語が好きなことを思い出した。

 照葉の理想の恋人は王子様なのかもしれない。


「遊ぶだけならいいんじゃない?」

「ええ?! 浮気なのに!」

「遊んで、浮気もするの? それなら嫌」

「遊ぶのが浮気なの!」

 照葉は信じられないと言わんばかりに私をぎゅうぎゅうと抱きしめる。


「でも恋人と友だちは違うじゃない。そうしたら、私たち、恋人ができたら友だちが一人もいなくなっちゃうよ?」

「お姉ちゃんは恋人に女の子の友だちがいてもいいの?」

 またどうして女の子の友だちがダメなのかしら。

 もしかして照葉の頭の辞書に『友だちは仲の良い男の子』と書いてあるのかしら。なんて本気で悩んだこともあったけれど、やっぱり違うわよね。


「恋人だって夫婦だって、その人が特別だから友だちとは違うもの」


 思い返せばだけれど、照葉が冷やかした二人もまるで恋人の距離や態度ではなく、ただただ友だちだった。

 照葉はどうして恋人に友だちがいることが許せないのだろう。

 どうしてとりわけ男の子と女の子が二人でいたら『恋』になってしまうのだろう。

 私たちの両親は母と父で、男女だから照葉は夫婦や恋人が男女のものだと思ったのかな。



 両親にももちろん友だちは男女ともにたくさんいる。

 趣味だって豊富だし、家族揃って遊ぶこともあれば、父母ばらばらでそれぞれの友だちと遊ぶことだってある。

 前に母は友だちとスキーに行ったし、父は友だちとゴルフへ行った。


「泊りがけのアレ?! うそ、お父さんもお母さんも不倫だ!」

 照葉は叫んだ。

「え? 不倫なんかじゃないよ、だって、友だちよ?」

 両親を見ればすぐに分かる。

 夫婦や恋人と友だちは全然違う。普段の距離や態度が違うのだ。


「だって、だって……男の人と女の人が泊りがけで一緒なんて、絶対におかしい」

 照葉は納得がいかないどころか混乱さえしていた。

 だから私は「仮にもし不倫だとしたら」と言い聞かせた。


「もしお父さんやお母さんが友だちと夫婦でしか許されないことをしたなら、今二人は一緒にいないわ。伴侶に不誠実なことをしたなら更生施設に送られているはずでしょう?」

 当時は詳しい内容こそ理解できていなかったけれど、不貞が大きな犯罪であること自体は子どもでも知っていることだ。

 もしもそんな犯罪が起こったなら、犯罪者は再犯防止のために更生施設に送られる。

 更生施設で己の行いがどれだけ他者を傷つけ、社会生活に不適切な行いだったかを悔い改める。

 二度と同じ過ちを繰り返さないと保証されるまでは、犯罪の内容にかかわらず一般社会には戻れない。


「手を繋いだりキスをしたりって特別な人としかできないでしょう? 友だちには絶対しないもの」

 納得してもらえたのかどうか分からないまま、その夜照葉は私にしがみついたまま眠った。


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