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「ご、ごめんなさいっ! まさかそう思われていただなんて」

 必死に謝ると、アレイスバルクさんは「いやいや、俺が故郷の色から抜けきってなかったのも悪いスから」と力なく笑う。



「初風さんはどうなんスか。俺からすれば初風さんは全然俺に気が無い感じでしたけど」

「えっ……」

「良く言って『よく昼を一緒にする先輩』とかその程度かと思ってたんスけど、違いました?」


 実のところ、私も私なりにアピールしていた。それこそ『故郷流』で。

 だけどそれは全然伝わっていなかったらしい。


「目を。目をつかってアピールしていました」

「目?」

 小首をかしげるアレイスバルクさんに、こくりと頷く。


 私の故郷では、一般的に恋人関係でもなければ不用意に身体に触れないし、「好き」だとか「愛してる」なんて言葉も告げない。

 そんなことをすれば気持ちの押しつけになってしまうし、果てにはセクハラだと訴えられる。


 ではどうやって気持ちを伝えるのか。

 それが『目』だ。


 意中の人と目を合わせて、そうして目を見てもらって受け止めてもらう。

 もし目をそらされたり相手の目で拒否されたと感じたりしたなら、それはフラれたということだ。


「目……目だけでそんなに分かるもんスか?」

「うちでは『目は口ほどに物を言う』という古い言葉もあるほどですから。むしろ、口に出してでないと伝えられないなんてナンセンスというか……気持ちが足りていないって思われます」

 アレイスバルクさんは「難しい文化っスね」と、頭を悩ませた。


 おそらくだけれど、これは気持ちを伝える側への配慮もあるのだと私は思う。

 言葉にして言葉で拒否すると、気持ちを伝えた側の面子をつぶすことになってしまう。

 だからそれとなく目で断って、距離をはかるのだ。


 もし言葉で伝えるしかないならそれは自分の目に気持ちを乗せる技量がないと喧伝しているものだし、言葉で拒否するのも相手に「あなたは目で人の気持ちをはかろうともしない思いやりのない人だ」と突きつけるようなもの。

 そういう文化が私の故郷ではある。

 ――これが私の故郷の特殊なところだと知ったのは、ついさっきだけれど。



「え、待ってください。じゃあさっき初風さんに言わせたの、かなりマズくないスか!? いや俺は嬉しかったんスけど!」

「あ……まあ……そうですね。私の故郷でいえばよくはないです。はしたない人間ってことに」

「なりませんよ!」

 アレイスバルクさんは叫んで、私の両手をぎゅっと握った。


「すいません。初風さんにとっては、すごく恥ずかしいことだったんスね。それなのに全然気づかなくて」

「いいえ、いいんです。故郷の普通にとらわれていたのは私もだから」


 かなり遅くはなったけれど、この人工浮島に来て自分の故郷のやり方が決して一般的な感覚なわけじゃないっていうことを私は知りつつあった。

 知識として頭にはあったけれど、身をもって理解したのが今だった。


 きっとアレイスバルクさんの中にもそういう『普通』を故郷に求める感覚は残っていて、私たちはこれからずっとそれをすり合わせながら歩んでいかなければいけない。

 たぶんそれは、世界が広がるような、ワクワクするものなのだと思う。



「初風さんは前に、髪に触れるのは恋人の距離だって言ってましたね」

 アレイスバルクさんと目が合う。

「今、俺が手を握っているのは、許されることっスか?」

「想いが通じ合っている人となら」

 返事をするように私も両手で握り返す。


「想いが通じ合って、手を握って。……初風さんの故郷だったら、次はどうします?」


 私の故郷では目を使って気持ちを伝える。

 そうアレイスバルクさんに言った時は「難しい」なんて呟いていたのに、いま見つめる先のアレイスバルクさんの瞳にはきちんと想いが込められているのが分かる。

 分かって、胸の奥から熱がわいてくるような不思議な感覚がした。


 何も言葉では返さないまま、私はアレイスバルクさんの瞳をのぞきこむ。

 きっと、アレイスバルクさんにも「その次」が何なのか伝わったのだろう。

 少しずつ額を合わせるようにしてアレイスバルクさんの顔が近づいてきたから。


 その後、「ええい! いつまでイチャイチャしておるのだ!」とギドルシュウェルト簾下に扉を開けられるまで、アレイスバルクさんと私の口づけは続いていた。

 あたりはもうどっぷりと日が落ちてしまっていることにも気づかないまま。




 あれから数日が経った。


 もちろんすぐにレイレンガドル簾下には、改めてアレイスバルクさんと一緒にお断りの返事を入れた。

 レイレンガドル簾下は相変わらずで、「愚かな選択をするものだ。吾輩の方がはるかに上等であるというのに」と心底気の毒そうにされた。

 価値観や文化の違いというものをここまで恐ろしく真剣に考えられたのはレイレンガドル簾下のおかげかもしれない。


 アレイスバルクさんとの仲はもちろん順調。

 翌日からもお昼を一緒にするのは当たり前で、小さな触れ合いもある。

 黄丘宮でのことは反省して、職場に相応しい触れ合いにとどめてもいる。



 ただ一つ気がかりがあるとすれば、照葉のことだ。


 照葉はあの日からちゃんとアレイスバルクさんの顔と名前を覚えたみたいで、「お姉ちゃんの彼氏さん」と呼んでよく話題に出してくるようになった。

 その様子は一見いつも通りのようで、どこか空元気のような気もする。


 今日もお昼に近づくなり、「お姉ちゃん! お昼デートの時間なんだから急がないと!」とてきぱき仕事を切り上げて急かしてくる始末。


 やっぱり気がかりだわ。

 どこがと言われると説明しにくいけれど、目の力が無いというか、どことなく浮かないような雰囲気がある。


「照葉……最近どうかしたの?」

 お昼から戻って一番に見た照葉の顔は、やっぱり今までと違う気がする。

 気になっていつかの照葉のように聞いてみたら、照葉はさっと眉を下げた。


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