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「正直なところ、俺はレイレンガドル簾下よりかなり劣る男です。体格も経済力も影響力だって敵わない」
「私は、アレイスバルクさんがレイレンガドル簾下より劣るなんて思えません」
アレイスバルクさんは一度よそを見て、そうして何かを葛藤するようにもう一度私に視線を戻した。
「仮にそうだとして。初風さんは無理をしてないっスか」
「無理?」
「レイレンガドル簾下に口説かれて、もしそれが初風さんにとって嫌なことだとして。俺への好意を……恋愛のそれだと結論を急いでいるんじゃないスか?」
「それは違います!」
私はキッとアレイスバルクさんを強く見つめた。
「私の気持ちはさっきお伝えした通りです。今回のことがなくたって、いつかは私、あなたにそう言ったんだと思います。ただ踏ん切りがつかなかった、それだけです」
「それなら何故……なんで今まで躱してこられたんです?」
「かわす?」
「躱していたじゃないスか。俺のことを」
アレイスバルクさんは少し不貞腐れたような、幼げな声色で口をとがらせた。
「躱すなんて、私そんな覚えありません。むしろ躱されたのは私の方じゃありませんか?」
「いやいや俺の方っスよ。いつだって初風さん、奢らせてくれないし、心も許してはくれなかったじゃないスか」
「え?」
「え?」
途方に暮れたように見つめ合う私達にしびれをきらしたようで、ギドルシュウェルト簾下に「なんだお前たちは付き合いきれん!」と二人で別室に閉じ込められてしまった。
「そこで気の済むまで話し合うがよかろう!」
遠くで照葉の「お姉ちゃんにいかがわしいことしたら許さないんだからー!」などと叫ぶ声がし、だんだんと途切れ途切れになっていった。
アレイスバルクさんと顔を見合わせる。
「……俺たち、きちんと話をすり合わせる必要があるみたいスね」
私もこくんと頷いた。
結果から言うと、なんと、私とアレイスバルクさんは両想いだったらしい。
それも随分前から!
だけどお互いの『意中の人に対するアプローチ』がまるで違っていたせいで、こんなにも分かりづらくなってしまっていた。
アレイスバルクさんの故郷ではほとんどの場合、女性が『選ぶ』立場にある。
そして選ばれる男性というのは、妻子を他の男連中に奪われない『強い男』が有利。
ここまでは以前にお聞きした通りなのだけれど、もっと詳しく聞くと驚くようなことばかりだった。
選ぶ側の女性は夫を複数持つことが許されている。
それも長い年数、自分や子どもを守ってもらう必要があるから。
武力で選ばれた男性もいれば、経済力で選ばれた男性もいる。
どの男性も同じ女性から生まれた子どもなら、分け隔てなく守るのだ――他の独身男性から。
今でこそ犯罪だけれど、まだこの世に戦争が存在していたほど大昔には、独身男性が無理に夫と子を殺して妻を奪う、なんてことも起こり得たらしい。
現在ではもちろん一妻一夫の家庭もあるけれど、一妻多夫の家庭の方が割合的には多いのだとか。
その代わりという表現が適しているかはさておき、実はアレイスバルクさんの近くにあるレイレンガドル簾下の故郷では逆に一夫多妻の文化がオーソドックスらしい。
といってもやはりモテるのは『強い男』で、とりわけレイレンガドル簾下のような権力的にも大きな翼を持っているような視覚的にも分かりやすい男性が有利。
なるほど、やっとあの求婚の時のレイレンガドル簾下の態度が少し理解できた気がする。
私の故郷とはまるでアプローチが違っていて、あれでは不躾でモテない人間のお手本のようなものだった。
それはさておき。
アレイスバルクさんが自分を卑下しがちなのは、そういう故郷の文化が大きい。
アレイスバルクさんはギドルシュウェルト簾下やレイレンガドル簾下たちに比べると、確かに体格は小さい方に見える。
長い毛に覆われた大きな耳でもないし、大きな翼もなく、毛深くもない。
そして聖下侍従だ。
私としては聖下侍従もなかなかの収入だと思うのだけれど、アレイスバルクさんに言わせれば自分の見た目を補うほどの収入ではないのだという。
この感覚が私にはまったく理解できない。
だって、アレイスバルクさんの褐色の肌も、小麦色の髪も、緑の瞳もとても魅力的なのだもの。
とはいえ、アレイスバルクさんの故郷の感覚でいうならば、アレイスバルクさんは底辺の中の底辺……なんだとか。
本当に信じられないけれど。
「いやマジで相手になんかされませんからね、俺は。それこそ人数稼ぎで『加えてもらう』レベルっスよ」
あまりに人気の無い男性でも、独身を厭う人はどこかの家庭に『加えてもらう』ことが有り得るらしい。
その多くがすでに夫となっている幾人かに推薦してもらって、格下の夫として迎えられる。
そこでは夫の序列が厳格で、全て格上の夫が優遇される。
妻に相手してもらえるかどうかさえ確かではない。ただの収入源だったり、用心棒だったり、そんな扱いだ。
それでも配偶者として国の制度の保障が受け取れるとか――いろいろとあるらしい。
「なんだか……男性にとても不利な制度ですね」
「それが理にかなっていた時代もあったんでしょうけど。どちらにせよ、俺はそういうのが嫌で抜けて来たっていうのもあったんスよ」
アレイスバルクさんは気まずげに頭をかいた。
「でもやっぱり抜けきってなかったんスね。初風さんに気に入ってもらおうと思ってしたこと、全部空回りしてたんスから」
アレイスバルクさんの故郷では、武力か経済力が主に魅力になる。
武力なんて力自慢をする機会なんてこの人工浮島には無いし、アレイスバルクさんもそこはあまり自信が無かったのだという。
残ったのは経済力。
こういう時、女性を食事に誘ってご馳走するとか、贈り物をするというのがアピールの常套手段になる。
そこまで聞いて私は思わず頭を抱えてしまった。
今までの私たちを思い返してみると、思い当る節がたくさんたくさん出てくるのだ。
アレイスバルクさんに初めて食事に誘われた時、当然のように奢ろうとするアレイスバルクさんを止めて折半を提案したのは私だ。
そのあと何度も一緒に食事をしたけれど、アレイスバルクさんはいつでもご馳走しようとしてくださっていた。
それに少し街を歩いていて、何か買おうとしてくださったこともある。
もちろん断ってしまった。
それはひとえにアレイスバルクさんをお財布代わりにする人間だと思われたくなくて、私がアレイスバルクさんとのお食事がそれっきりになるのが嫌だったからで……。
でもアレイスバルクさんの感覚で言うなら、経済力のアピールをお断りしているわけだから……。
『躱し』てる。私、ばっちりアレイスバルクさんからの好意を躱してしまっているわ!




