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 照葉は顔を真っ赤にしたまましかめっ面を深めて、「本当にそれだけ?」ともう一度尋ねた。

「なんなの! なんなのなんなの! 青氷は最悪だけど、黄丘天聖も意味わかんない! お姉ちゃんがあんなに言い寄られたのに、それだけ!?」


 照葉は私の両手をぎゅっと握りしめて「黄丘宮へ行こう!」と叫んだ。

「え、どうして?」

「あたし、ガツンと言ってやんないと気が済まない! 元々はあたしのせいだけど、黄丘天聖も酷い!」


 酷い、なんてことあったかしら。

 ギドルシュウェルト簾下にはいつもお世話になっている気がするのだけれど。

 そう、たまにアレイスバルクさんと一緒にいるところを目撃されて、ニヤニヤした顔を隠さずに見守られているくらいには。


 照葉は驚くほど強い力で私の腕を引っ張った。だけど力加減なのか、ちっとも痛くはない。

「待って、照葉。黄丘宮には今回とてもお世話になったのに……」

「そこじゃなーい!」

 ぐるんっと照葉は振り返って叫ぶ。


「お姉ちゃん! あたしはお姉ちゃんが世界で一番大好きで大切なの。幸せになってもらわないと困るの! だから黄丘天聖の不甲斐なさがとってもとっても腹立つの!」

 照葉の感情が爆発しているのか、びょんびょんとその場で跳びあがりながら言い募る。


「黄丘宮に行って、ケリをつけるのよ、お姉ちゃん!」

 また照葉に引っ張られて赤山宮の扉を抜ける。

 他の赤山宮の侍従には目配せをして、とりあえず照葉に続こう。

 照葉がどうしたいのか分からないけれど、レイレンガドル簾下に正式にお断りを入れるにしても黄丘宮の力をお借りすることになるだろうし。


 勇んでいるのが目に見えて分かる照葉の背中を見ながら、そういえば故郷では照葉ほどこんなに怒りの感情をあらわにする人って珍しいとよく言われたのを思い出す。


 照葉はいつも感情がはっきりしている。

 それは故郷ではあまり褒められたことじゃなかった。

 喜びすぎておかしなことをしでかす人は迷惑がられたし、大勢の人の前で悲しみに暮れて涙を流すのは恥ずかしいこと。

 怒りを表すのは周りを委縮させる幼稚な証拠だと、そう教えられた。


 だからこそ、穏やかに、思慮深く感情をある程度セーブできる人がモテていた。


 だけどどうしてかしら。

 私は照葉がこうして感情を全身で表しているのが好きだった。時々、羨ましささえ感じるほどに。

 そういうふうに表現できる照葉はやっぱり特別に見えるからかしら。

 故郷では恥とされていたような振る舞いも、この塔では関係ない。

 むしろ私の故郷のように穏やかな面ばかり見せる文化が珍しいと言われるほど。


 やっぱり、照葉はこの人工浮島の方が性に合っているのかしら。

 そんなことを考えていた。




 数十分ぶりの黄丘宮の前に着く。

 黄丘宮の聖下侍従たちが先鋒を行く照葉を見て誰かしらと首をかしげ、後ろに続く私を見つけて忘れ物かしらなんてまた不思議そうにしているのが見える。

 曖昧に会釈で答える間にも、照葉はずんずんと進んでいき、あっという間にギドルシュウェルト簾下に取次ぎをしてしまった。


 ギドルシュウェルト簾下もありがたい七天聖師の一人だけれど、例外的にとても交流がお好きな方だし、用事も一応あるのだから邪見にはされないだろう。おそらく。


 通された部屋は非公式用の応接室で、簾は無い。

 その代わり、奥にギドルシュウェルト簾下が立っていらっしゃって、そばにアレイスバルクさんも控えていらっしゃるのが分かった。


 アレイスバルクさんと目が合い、少し困ったように微笑まれる。

 やっぱり今はご迷惑だったかしら。なんだか急に不安になってきた。

 照葉がギドルシュウェルト簾下に会いに行くと息巻いている時は、失礼ながら「まあギドルシュウェルト簾下だから大丈夫でしょう」なんて思っていたくせに、アレイスバルクさんの顔を見たらこうだ。

 私はやっぱり現金な人間みたい。



「失礼します! お話があって来ました!」

 照葉は鼻息を荒くした真っ赤な顔で、ギドルシュウェルト簾下を見上げる。

 ギドルシュウェルト簾下はまるで子犬がキャンキャンと騒いでいるのをいなすように、「なんだなんだ、随分と興奮しているではないか」とガハハと笑う。


「黄丘天聖はとても酷いです! 今回はご迷惑をお掛けしたのと、ご協力してくださりありがとうございました。それとは別の話でとても酷い!」

「て、照葉!」

 照葉は地団駄を踏みながら叫ぶ。


「あたしが! 何のために! お姉ちゃんの名前を呼んでもいいか聞いてくださいってお願いしたか! 分かりませんか!!」

 そういえばそういうこともあったなと思い出す。

 あの時、アレイスバルクさんとランチをし終えた後でギドルシュウェルト簾下に出くわしたのだった。


 そういえば、どうして照葉は今更そんなことをギドルシュウェルト簾下に言ったのかしら。


「それなのに! それなのにぃ~~!」

 鼻をすんすん鳴らして泣きそうな怒り顔で訴える照葉に、私はもちろんギドルシュウェルト簾下もアレイスバルクさんも圧倒されて何も言葉が出ない。


「それなのに何なんですか! 青氷の人にお姉ちゃんがセクハラされても言い寄られても、なんでドライなんですかーッ!」

「ど、ドライ……?」

 思わず聞き返すと、「ドライ! ドライすぎる!」とすかさず照葉が叫ぶ。


「あたしだって小説や漫画で学んでるんで、この点の『普通』が何たるか知ってるんです! 黄丘天聖はヒーローとしての甲斐性をどこへやっちゃったんですか! ヒロインがいけ好かない当て馬にセクハラされて、いつでも相談してって……そこはビシッと決める最大のチャンスポイントなんじゃないんですか! 現実は物語よりも奇想天外な出来事なんて起こらないことが多いのに。ヒロインがほいほい誘拐されたり殺されかけたりなんて危機、現代じゃ有り得ないんです。お姉ちゃんがそんな目に遭うのも絶対ヤですけど! だからこそ、ここぞって時が来たら、現実じゃチャンスなんてそうそう巡ってこないんだから、決めないといけないんです! 一度のチャンスで!」


 ハアハアと肩で息をしながら言い切った照葉。

 ところで、ヒーローとヒロインって……何?


 久しぶりに照葉の言っていることを理解するのに時間がかかっている内に、ギドルシュウェルト簾下がははーんなるほどと言わんばかりに手を打った。

「赤山の。それはおそらくうちの侍従の仕事だな」

「侍従?」

「ほれ、そこに居る」


 ギドルシュウェルト簾下の指さす方向に、照葉が視線を向ける。

 そこにはアレイスバルクさんが神妙な顔で立っていて。


 そこでやっと私は、照葉の話に頭が追いついてきた。

 つまり照葉は、私がギドルシュウェルト簾下をそういう意味でお慕いしていると勘違いしている。

 しかも互いに『いい感じに脈あり』で。

 だからレイレンガドル簾下に言い寄られた後の、ギドルシュウェルト簾下の対応に腹を立てている……?


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