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 一瞬、何を言われたのか本気で分からなかった。


「お言葉ですがレイレンガドル簾下。それは今しなければならない話なのでしょうか。今、こんな時に、こんな場所で」


 頭が真っ白になって何も言えないでいると、アレイスバルクさんが間に入ってきてくださった。

 顔を見上げると、いつも爽やかに微笑んでいるなだらかな眉が吊り上がっている。

 きっと怒っていらっしゃる。

 アレイスバルクさんが怒るところなんて、初めて見た。


 怒る。そう、怒るべきところだ。

 だってレイレンガドル簾下とはさっき会ったばかりで、私は照葉の謝罪の手紙を私に来たのだ。

 その手紙をぞんざいに扱われて、そしてレイレンガドル簾下の三人目の伴侶になれと言われたのだ。


 「なってください」ではなく、「加えてやろう」なのだ。


 これってもしかして、照葉の失態を飲み込む代わりに私を差し出せと、そういう意味にも聞こえないかしら。

 いいやそんなことってある? この時代に!

 千年以上も昔なら有り得たかもしれないけれど、そんな人権を無視した求婚なんて今の時代有り得ないはず。

 ――いくら、元々の非がこちらにあろうとも。謝罪の仕方として有り得ない。



「貴様は部外者ではないか。下がっていたまえ」

「困ります!」

 アレイスバルクさんを邪見に扱うレイレンガドル簾下の言葉に食い込むように、必死に叫んだ。


「なに?」

「そのようなことを急に持ち掛けられましても困ります!」

「何故だ? 吾輩に口説かれて喜ばぬ娘は愚かだと思うがね」

 あまりの自信過剰っぷりに閉口する。

 青氷宮に入る前の「レイレンガドル簾下もなかなか尊大で傲慢で高飛車なところはありますけど、話は通じる人っスから」という、アレイスバルクさんの言葉がひどく遠く感じられた。


「レイレンガドル簾下は……私に伴侶になれとおっしゃいますが、それは照葉の――赤山天聖簾下の一件を考慮せよということですか? それはあんまりなことではありませんか」

「赤山の……?」


 レイレンガドル簾下は、凍てつくような銀色の髪をさらりと流しながら首をかしげる。

「何故そこに赤山のが関わる? 今は初風と吾輩の話であろう?」

 何を言っているのか心底分からない、といったふうに。


「たった今、初風を見初め吾輩の伴侶に相応しいと判断したのだ。吾輩が伴侶を奴隷だの囚人だのと同じように扱うと思ったなら、はなはだ不快であるな」

 もったいぶったような言い回しで、レイレンガドル簾下は悩まし気に溜息をつく。


「しかし誤解を招くようなタイミングであったのも事実。であるならば、時を改めるのも一考よな」




 それから私とアレイスバルクさんは青氷宮を無事脱出した。

 ただ退室しただけなのだけれど、気分としては『脱出』だった。

 レイレンガドル簾下は「後日あらためて」なんておっしゃっていたけれど、できることならもうしばらくはお会いしたくない方だわ。

 でも一応ではあるけれど、照葉の手紙を受け取ってもらえたことだけは幸いだったのかもしれない。


 一度お世話になった黄丘宮に顔を出して、そうして赤山宮までアレイスバルクさんが送ってくださった。

 赤山宮の扉が遠く目に入ると、ホームに戻ってきたって感じがして心の底からホッとできる。


「初風さんは……」

 途中でアレイスバルクさんが何かを言いかけて、そうして「いいえ、なんでもないっス」と空笑いしてみせる。

「どうかされましたか?」

「いやいや、本当に何でもないことで。それより! 今日はお疲れでしょうから、ゆっくり休んでくださいね!」

 扉の前でそう言い残したアレイスバルクさんは、さっと走って去ってしまった。



「お姉ちゃん! おかえりなさい!」

 扉を開けて一目散に駆け寄って来てくれたのは、照葉だった。

 青氷宮に行った私を心配して、帰りを今か今かと扉の前で待っていてくれたみたい。


 照葉の手紙は渡せたけれど、目の前で読んでもらえたわけではないし、もしかしたらそのまま……という可能性も無いこともない。

 青氷宮であったことを一通り伝えると、照葉は顔を真っ赤にさせて怒り狂った。


「何それ何それ! むかつく! 何それ!!」

 ドシンドシンと地団駄を踏んで照葉は叫んだ。


 照葉が怒ったのは手紙をぞんざいに扱われたことではない。

 その後の、レイレンガドル簾下の突然の求婚のことだ。


「勝手に名前を呼んで、自分の名前も呼ばせた挙句! 『加えてやろう』って何!? 『加えてやろう』ってなんなのー!?」

 照葉は私をぎゅうぎゅうと抱きしめた。

「セクハラだよお姉ちゃん! セクハラでパワハラでモラハラだよ! 地獄の三コンボだよ最悪! 気持ち悪い気持ち悪い! 聞いてるだけで気持ち悪い! もうあたし許されなくったっていい! そんなヤツにお姉ちゃんとられるなんて絶対やだあ!」

「ないない。絶対にないから」

 ぐずりかける照葉の髪をゆっくり梳く。


 思い返しても、レイレンガドル簾下のあの言いっぷりはないな。

 あの時は動揺してしまったけれど、もしかしてレイレンガドル簾下の故郷ではああいうふうによく知らない人に突然妙な求婚をするのが『普通』なのかしら。

 それならもうお手上げだわ。


 とはいえここは人工浮島で多種多様な文化が入り乱れる塔の中。

 レイレンガドル簾下の故郷がどうあれ、ここではここの常識に従わないといけない。

 だから、レイレンガドル簾下がどれだけ上の立場の人間であろうと、私がきちんと断りさえすれば結婚を強制されることは有り得ない。



「黄丘宮にも行ったんだよね? 黄丘天聖はなんて?」

「ギドルシュウェルト簾下?」


 仲介の感謝と報告のために寄った黄丘宮。

 おそらくだけれど、ギドルシュウェルト簾下には私のアレイスバルクさんへの気持ちが少し見透かされているような気がする。

 そうでないとギドルシュウェルト簾下の一番の側近であるアレイスバルクさんが今回ついて来てくださるなんて、そんな私に都合の良い人選なんてないもの。


 そうわざわざ気を遣ってくださったのに、という気がしなくもない。

 申し訳なく思いながら青氷宮でのことを報告した時の、「なるほどなあ、青氷も珍しいことをしたものだ」と顎を撫でつけていたギドルシュウェルト簾下が思い出される。


「ええ、とてもびっくりされていたわ。それに、もし何か強要されるようなことがあれば相談してほしいと言ってくださって」

「……それだけ?」

 とてもありがたく、頼もしい一言だと私には思えたのだけれど、照葉には不足があったみたい。


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