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 照葉に悪気はない。

 私たちの故郷にギドルシュウェルト簾下のような耳を持った人も、青氷天聖簾下のような翼を持った人もめったにいない。

 みんな猿のような形の毛の無い耳だし、背中をむき出しにもしない。

 私はまだ青氷宮の聖下侍従の方と接することがあったから、見慣れていた。

 だけど照葉は初めてで、それが全ての免罪になるわけではないけれど、それでもどうしようもなく全ての巡り合わせが悪かった。


「照葉は……青氷天聖簾下の翼が珍しくて見てしまったのね?」

「うん」

「そうよね、珍しくて目がいってしまったのね。でもね、それがとても悪いことなの」

 ゆっくりと頭をもたげる照葉の顔が、物言わずとも「なんで?」と言っていた。


「例えばね、照葉が丈の短い着物を着ていて、足を出す文化の無い場所から来た人に『珍しい』からって太ももをじっと見つめられたらどう思う?」

「え、嫌」

「そうだよね。じゃあ、みんな細身で身体に凹凸の無い民族の人が、服の上からでも胸の膨らみをずっとじろじろ見ていたら、珍しいからって理由でも大丈夫?」

「やだ。気持ち悪すぎる。警邏の人を呼ぶ」


 照葉は即刻そう答えて、そうして青ざめた。

「ええ?! あたしがしてたのってそういうことなの?! セクハラなの?!」

 ひとつ頷くと、照葉はぷるぷると震えて「うそ……」と更に顔を青くした。


 これはアレイスバルクさんたちに以前聞いたことなのだけれど、青氷天聖簾下の故郷で男性の翼や耳の毛深さというのはかなりの性的魅力らしい。

 アレイスバルクさんの故郷にも似た感覚があるから、その近辺の文化なのかもしれない。

 私たちの故郷では一番の魅力は人間性だけれど、やはり動物だからか見た目においても性的な魅力というものは感じるものだ。

 おそらく、私たちにとって胸やお尻や脚なんかが、青氷天聖簾下の故郷における翼や耳なんじゃないかと思う。


 性的魅力のあるものだから、自信があってそれを誇っている人は好意のある相手に認めてほしいだろう。

 だけど不特定多数に見てほしいものではない。

 むしろ、好きでもない興味のない誰かに性的に見られるということは、とんでもない苦痛をもたらすものだ。

 青氷天聖簾下が照葉の視線にそういうものを感じたかどうかは分からないけれど、まじまじ見てしまったことで不快になったのは事実。


「ちゃんと謝らなきゃ……!」

 照葉はすぐにでも青氷宮に走って行きそうな勢いで飛び上がったけれど、それをすんでのところで止める。

「待って照葉! 今すぐには無理なの」


 アレイスバルクさんの話によると、青氷天聖簾下にはギドルシュウェルト簾下がとりなしてくださったわけだけれど、それでもかなりお怒りらしい。

 それもそうよね、不快に思われてきちんと謝罪もその場でできなかったのだから仕方がない。


 そういうわけで、青氷宮から黄丘宮を介して照葉を近づけるなとお達しがあったのだ。

「だからまずはお手紙を書きましょう。謝意を表して、そうして謝りに赴いてもいいか許可をとらないといけないの」

 照葉は不安からか眉間に皺を寄せて、そうして神妙にうなずいた。




 照葉の手紙を持って、アレイスバルクさんと一緒に青氷宮へと向かう。

 青氷宮の侍従に問い合わせたら、黄丘宮の侍従と一緒でなければ通せないと言われてしまった。

 それだけ青氷天聖簾下の怒りが深いということよね。

 相談してすぐに手筈を整えてくださったアレイスバルクさんに感謝しつつ、私は気を引き締めた。


 青氷宮の扉の前に着くと、青氷宮の聖下侍従たちの「あれが例の」だとか、可哀そうにと同情するような目を向けられるのが居たたまれない。

「大丈夫っスよ。レイレンガドル簾下もなかなか尊大で傲慢で高飛車なところはありますけど、話は通じる人っスから。今回はお灸をすえるって意味もあるんだと思います」

 アレイスバルクさんは爽やかに穏やかにそう言いながら、扉をノックした。



 静謐な宮に硬質な足音が響く。

 おもむろに歩いていく私たちを、青氷宮の聖下侍従たちが静かな目で見ている。

 宮の奥の奥に、まるで氷のような簾が見えた。

 簾から人ひとりにしては少し大きめのような影がある。

 きっと青氷天聖簾下なんだろう。

 アレイスバルクさんの故郷の浮島では身体の大きな人が多いというし、青氷天聖廉下は翼を持っているので影も大きいはずだ。


 礼をとって名乗り、挨拶をする。

 それを簾の一番近くにいた聖下侍従が、簾の中にいらっしゃる青氷天聖簾下に伝えると、中から鼻で笑ったような吐息が聞こえた。


 もし青氷天聖簾下が私たちの謝罪を受け取ってくださる意志があるなら、ここで私は簾近くの聖下侍従に照葉の手紙を渡すことができる。

 基本的に、七天聖師は自分の宮の侍従以外と直接は話さないから。

 両手に提げてある袋の上から、いつでも出せるよう手紙をなぞった。


「れ、簾下!」

 簾から衣擦れの音がして顔を上げると、簾近くの侍従が驚きに叫んでいた。

 何を思われたのか簾がゆっくりと開かれて、ついに青氷天聖簾下のお顔を直接拝むことになったのだ。


 あまりの予想外のことに声も出せず、思わず隣を見るとアレイスバルクさんも驚いて目を見開き、そうして私を見て勇気づけるように一つ頷いてくださる。

 大丈夫。

 何を言われても、元々悪いのはこちらだ。

 それにアレイスバルクさんが隣にいてくださるのだから。


 アレイスバルクさんの心遣いに助けられながら、私はもう一度頭を深く下げた。

「貴様があの小娘の姉だな? 話には聞いている」

「左様でございます」

「誰が言葉を発してよいと?」

 確かに加害者はこちらで全面的に悪いのだけれど、青氷天聖簾下の暴虐な王のような振る舞いにはいろんな意味で言葉が出ない。

 アレイスバルクさんが言っていた、『なかなか尊大で傲慢で高飛車なところはありますけど』というのはこういうところなのかしら。


「どれ。せっかくやって来たのだ。吾輩が直々にその分厚い面を見てやろうではないか。面を上げよ」

 まるで歴史映画の王様のような青氷天聖簾下の命令にならって、ゆっくりと顔を上げる。


 そうして見上げた先の青氷天聖簾下は、なるほど噂通り冷酷そうな見た目をしていた。

 銀色の髪はまるで水晶のような透明感があるし、金色の瞳には金属のような硬質な煌めきがあるような気がする。

 青氷宮自体がステンドガラス仕立ての宮で、荘厳で冷え冷えとした雰囲気があるからなおさら。


 さて、どんなことを言われるのかしら。

 そう思って待っているけれど、青氷天聖簾下は「面を上げよ」と言った後から何も言葉を発していない。

 言葉を発していないどころか、ぴくりとも動いていない。

 大丈夫かしら。どうしたのだろう。本当に、まるで彫像みたい。


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