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「え、じゃあ俺が勝手に呼んでたの、もしかしてマズかったっスか?」

 アレイスバルクさんがぎょっとして問いかけるのを、慌てて首を横に振り否定する。

「いいえ大丈夫です! 確かに故郷ではそういう風習でしたけど、もう慣れましたから」

「そうなんスか! 良かった」

 ホッとするアレイスバルクさんを横目に、ギドルシュウェルト簾下がニヤニヤと笑う。


「それで、俺様は名を呼んでもよいのか?」

「え、ええ! もちろんです」

「いやいや。さっき聞かなくていいって言ってたじゃないっスか」

「それはうちでのことであろ? 故郷に倣うとして、俺様は名を許されるのか?」

「え」

 今度は私がぎょっとしてギドルシュウェルト簾下を見上げる。

 ギドルシュウェルト簾下の目にこれといった熱が無いことにホッとしつつも、その中には確かなからかいの色があることに気づく。

 まるで獣が逃げる餌を弄ぶように無邪気な。


 もちろん故郷の基準だとしても、私は許可するだろう。

 そもそも名前呼びは対等であることが前提なのだ。

 名前で呼んでいる人に対して、名前呼びを許さないということは失礼にあたる。


 ギドルシュウェルト簾下のような七天聖師は、名前に敬称をつけるか宮に敬称をつけるのが一般的。

 私は塔に入って間もない頃、みんなとの会話の中でギドルシュウェルト簾下のことを黄丘天聖簾下と呼んでいた。

 だけど話によれば、ギドルシュウェルト簾下は自分を名前で呼ぶよう推奨しているということなので、恐る恐るそれに倣って今がある。郷に入っては郷に従うものだから。


 そういう経緯とはいえこちらが名前で呼んでいる以上、私が名前呼びを拒否するのはありえないのだ。

 それを抜きにしても断るなんてこと自体が恐れ多いけれど。


「ハハハ! そう固まるでない」

「いや何言ってんスかあんた!」

「良かったではないか。俺様が許されるならばこやつも当然良いのであろ?」

 ギドルシュウェルト簾下が、バシンバシンと大きな音をたててアレイスバルクさんの背中をたたく。

 よくあれで内臓が傷つかないものね。私だったら一発で吹っ飛んでしまいそう。

 ぼうっと眺めているとアレイスバルクさんと目が合う。


 ――こやつも当然良いのであろ?


 ギドルシュウェルト簾下の言う通り。

 もしもアレイスバルクさんに「名前を呼んでもいいっスか」なんて言われたら、私は喜んで即答するだろう。


 なんて想像を膨らませていると、背中を叩かれたままのアレイスバルクさんが真剣な顔をしていることに気づいた。

「出遅れちゃいましたけど、改めて。俺も呼んでいいっスか? ……初風さんの名前」

「もう呼んでいるではないか」

 驚きのあまり声も出せなくてこくこくと頷く私をよそに、ギドルシュウェルト簾下の呆れたような声がした。




 そんな穏やかな日々が続いたある日、久しぶりに事件が起きてしまった。


 聖下侍従仲間と打ち合わせをしていると、アレイスバルクさんが「初風さん! よかった、ここにいたんスね!」と慌てた様子で駆け寄ってきた。

「どうかされましたか?」

「急ぎで出てこられませんか。赤山天聖簾下のことでちょっと……」


 アレイスバルクさんの説明を受けながら赤山宮へと急ぐ。

 宮の前でアレイスバルクさんと一旦別れ、そうして扉を開けて奥へと進めば、他の聖下侍従たちも動揺しているのが分かった。


「照葉!」

「お、おねえちゃああんん……!」

 出迎えてくれたのは大号泣で一番動揺している照葉。

 照葉は私に駆け寄るなり腰にしがみつくと、「お姉ちゃんどうしよう。あたし、またやっちゃった!」とお腹に顔をうずめて叫んだ。



 事の次第はというと、照葉がとある七天聖師の一人と会ったことから始まる。


 照葉は今まで積極的に公の場に顔を出そうとしなかったから、実は黄丘天聖ギドルシュウェルト簾下以外に直接お会いしたことがなかった。

 ギドルシュウェルト簾下でさえ、遭遇は例の散歩事件が初めてだったし。


 だけど「お姉ちゃんに協力する!」と宣言したあの日から、少しずつ照葉は行動範囲を広げていた。

 もちろんそれは黄丘宮が関わることばかりだったけれど。


 そうして今日、七天聖師の数人が集まって打ち合わせをする予定があった。

 今までの照葉なら不参加で意見だけ提出していたし、他にもそういう天聖師の方がいることから認められていたけれど、今日は違った。

 きっと黄丘宮と関わることだと思ったから勇気を出したのだろう。ギドルシュウェルト簾下は毎回参加されているから。


 そこで照葉が初めて会ったのが、青氷天聖レイレンガドル簾下。


 青氷天聖簾下はギドルシュウェルト簾下やアレイスバルクさんの隣の国の出身だ。

 私はお会いしたどころか遠くから見かけたことさえないけれど、アレイスバルクさんや古株の聖下侍従仲間は知っていて、たまに噂を聞くことがある。

 黄丘宮の人たちと文化が似ていることから、他の宮よりも交流があるらしい。


 青氷天聖簾下は背が高く全体的にほっそりとしている。銀色の髪に黄金の瞳を持っていて、冷たそうな顔立ちもあいまってか神経質そうなのが見て分かるのだとか。

 そして何より特徴的なのは、鷲のような大きな翼があること。


 アレイスバルクさんたちの国にはギドルシュウェルト簾下のような三角の耳を持った人や、丸っこい耳の人が多いけれど、青氷天聖簾下の国では私や照葉のような毛のない耳であるかわりに翼をもっている人が多いらしい。


 翼。

 それが今回の問題の原因だった。


 会議室で照葉は初めて青氷天聖簾下と――翼を持つ人と会った。

 前回のギドルシュウェルト簾下のこともあって、特別言葉にしたわけじゃない。


 だけど、見慣れない姿に、ついまじまじと見つめてしまったのだそうだ。


 そこからはご察しの通りで、不快感を示された青氷天聖簾下が謝罪を求め、何がなんだか分からない照葉がパニック状態になり、青氷天聖簾下と懇意にあって事情を察してくださったギドルシュウェルト簾下がその場をなんとかとりなしてくださった、という。

 青氷天聖簾下は初め小さな不快感を表すだけだったけれど、話をしようにもまるで理解しない照葉の様子を見て「反省の色が無い」と怒りの頂点に達してしまった。

 これ以上の混乱を避けるためにギドルシュウェルト簾下が間に入ってくださり、そうしてその場にいらっしゃったアレイスバルクさんが私を呼んでくださったのだった。



「お姉ちゃん、あたし何がいけなかったの? 謝れって言われて謝ったけど、何が悪いか分かんないの。だから教えてくださいって言ったの。そうしたらね、青氷の人が『吾輩をさらに辱めるとはいい度胸だ小娘』って。もっと怒らせちゃった。どうしようお姉ちゃん……」

 私は思わず頭を抱えてしまった。


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