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01


 妹の照葉は昔からちょっと変わったところがあった。


 例えば「照葉は生まれた時、真っ赤な顔をくしゃくしゃにして笑っていたから、まるで紅葉みたいねって名付けられたのよ」と言った時。

 照葉は「赤ちゃんなんだからみんな真っ赤だしくしゃくしゃでしょ」って胸を張って答えたの。


 そりゃあまだ日焼けしていないし皮膚だって薄くて弱いから赤いよね。

 でも照葉ほど赤くてくしゃくしゃな赤ちゃんは、今でも見たことがない。

 あの時の照葉を見たら、十人中百人は「あ、赤~~い!」と叫んだと思う。

 『十人中百人』なんて言い回しは最近になって彼に教えてもらったんだけど、残りの九十人はどこから引っ張ってくるのかしら?


 言い切る私に当時の照葉は納得していない顔で「お姉ちゃんはどうして初風なの」って言うから、「私が生まれた時は季節の変わり目でね、そよ風が殻を撫でた時に生まれたからだよ」って両親に教えられた通りに答えたの。


 それを照葉はなぜだか冗談だって思ったみたい。

「お姉ちゃん、卵と一緒に生まれたの?!」

 なんて言って。


 きっと照葉は鶏の卵と私が一緒に殻を破ったって言いたかったんだと思う。どうしてそう思ったのか分からないけど。

 だから「卵と一緒に生まれたんじゃなくて、卵から生まれたのよ」って言うと、照葉は大笑いした。

 大笑いして、ひとしきり笑って、そうして私が真面目に言っているのに気づいて「え?」って聞き返したの。


 びっくりしたのは私もだった。

 だって照葉、その時にはもう八歳にはなっていたはずだけど、人が卵から生まれるって知らなかったの。


 愛する夫婦が番って、そうして卵が生まれて、だんだん殻が半透明になって殻を破って赤ちゃんが生まれる。子どもだって知っている常識よね。

 そう教えても全然信じてくれなくて大変だった。


 本当よ、騙したり冗談を言ったりしてるわけじゃないのよって懇々と説明して、それでも信じてくれなかった。

 だから家に帰って子ども向けの本を取り出したり、両親に代わって説明してもらったりして、そうしてやっと照葉は信じた。

 ずっと「うそぉ……」と呟いていたけど。


 その日の照葉はびっくりしすぎたのか夜も全然眠れなくて、夜更けに私のベッドに潜りこんでパジャマにしがみついて泣いていた。



 しばらくして歳の離れた従兄夫婦に卵が生まれた。

 これは良い機会だと思って、他のきょうだいが挨拶に行くのにくっついて行ったのだ。もちろん照葉も連れて。


 卵は生まれて三か月ほど経っていたから、もう人の形が分かるほど殻の中が透けて見えていた。

 みんな殻にそっと触れて中の赤ちゃんに話しかけるのを、照葉は数歩下がって見ていた。まるで観察するかのように。


 照葉の手をそっと握って「照葉も赤ちゃんに話しかけよう」と誘った。

 だけど照葉は卵と私を何度も見比べて、迷子のような表情で「なんて言ったらいいか分からない」と言う。


「ただ『大好きよ』って言えばいいの」


 これは本に書いてあったことだけれど、卵の中でも音って伝わるらしい。

 だからみんな卵の殻が透けない頃から手をあてて「大好きだよ」「産まれてくるのを楽しみにしてるよ」って伝えるのだ。

 そうすればきっと、赤ちゃんは自分を愛してくれる世界が外にあるって安心するだろうから。


 照葉はおっかなびっくり「ここは産まれてきても大丈夫だよ」と言った。




 昔から照葉はみんないつの間にか知っているような事を知らないことが多い、ちょっと変わった女の子だった。


 ひとつ知らないだけなら「たまたま聞き逃しちゃったのかな」とか「絵本や教科書のこと忘れちゃったのかな」って流すよね。

 だけど照葉は知らないことが多い――というか、常識を間違えて覚えているようでトラブルになることも多々あった。


 そんな時いつも照葉は「おねえちゃあん」とぼろぼろ涙を流して私にしがみつく。

 ちょっと変わっているこの子が、ちゃんと社会で生活できるようにしなきゃ!

 それが私たち家族の共通の志だった。



 ちょっと変わっているというのは悪い意味だけじゃなくて、特別って意味もある。

 人によっては個性って思ってくれもするでしょう?

 もしかしたら、照葉は生まれつきちょっと特別な子なのかもしれないって思った節もある。


 そう。だから聖力定期検査の時、照葉が手をかざした途端、水晶がぱああっと当たりを照らすように輝いた瞬間も、私にはそんなに不思議には思えなかった。

 むしろ恥ずかしいことに「やっぱり!」と思わず叫んでしまった。

 だけどやっぱり照葉は特別な子だったのだ!

 突然のことに驚いた照葉が飛び上がって、「おねえちゃあああん」と泣きながら私にしがみついて離れなくて、家族は私以上に恥ずかしがっていた。



 聖力はその名の通り天から授かった聖なる力のこと。

 聖なる力は邪を祓い、世界に均衡と平和をもたらすと言われている。


 世界はいくつもの浮島でできていて、たくさんの浮島をもつ国もあれば、一つの大きな浮島に複数の国が内在しているところもある。

 それぞれの国は放っておくと人間の欲望やその他さまざまな要因で簡単に壊れてしまうらしい。

 これは昔むかし、世界のほとんどの浮島を巻き込んだ戦争があった時代から言われていることで、教科書や資料を読んだだけの知識だから本当かどうかは知らないのだけどね。


 そうして世界から争いを極力無くすための一番の抑止力になっているのが聖力なのだ。


 聖力は唯一浮島を安定して保護したり統制したりできる不思議な力。

 私の生まれた国では幼い頃から定期的に聖力検査が行われる。

 そこで一定の聖力が認められたら、世界の中心にある人工浮島の天聖塔で世界の統制に従事するのだ。


 そうしてその聖力定期検査によって、我が国で約百年ぶりに塔に勤めるほどの聖力を認められたのが、妹の照葉だった。


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