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6.

「もうこれくらいで大丈夫かな?」


 森に到着してすぐ薬草採取を始めたフィンは、背の高い雑草の足元に密集して生えるモーギを毟り、棘だらけのシュビュレの枝から先がやや赤みを帯びた新芽を摘み取る。

 無心で作業していたため、気が付けば籠は薬草でいっぱいだし、太陽の位置もだいぶ変わっている。

 袖で額の汗を拭い、少しだけ残っていた水筒の水を口に含む。曲げっぱなしだった足腰を伸ばすと、そこかしこがミシミシと音を立てた。

 止血作用のあるシュビュレの芽と、沈痛効果のモーギがこれだけあれば、当分傷薬の材料に困らないと、大収穫に満足して籠を背負う。今から帰れば孤児院に戻る前に摘んだ薬草を洗って干すぐらいは出来そうだと頭の中で計算し、森を出るべく歩き出した。

 しかし歩き出してすぐ、ずっと後ろ、森の奥の方から物音が聞こえた気がして足を止めた。


「?」


 じっと耳を澄ます。静寂の中で聞こえるのは、さわさわと枝葉が風に揺れる音と、小鳥が囁き合う声だけ。しかしなぜか予感めいたものを感じ、フィンは生い茂る木立の一点を緊張した面持ちで見つめた。


「・うす・・。がん・れ…っ」


 最初に鼓膜が拾ったのは、足音ではなく男性の声。誰かに話し掛けている様子だが、相手の声は聞こえない。

 続けて、枝を掻き分け草を踏むガサガサという音。それは次第に近づき、揺れる木漏れ日の下、姿を現したのは旅装に身を包んだ二人の若い男だった。


「しっかりしろ。そろそろ森を抜け…!」


 ぐったりと力無く項垂れた連れの男を支え、片手には抜身の剣を持った金髪の男と目が合う。男は一瞬びくりと体を硬直させてフィンに切っ先を向けたが、相手が子供とわかるや剣を下ろし、背後を気にしながら急いでこちらに向かってきた。


「小僧、逃げろ! 俺たちの後ろから魔獣が来る!」


 よく見れば剣やそれを持つ手は赤黒く汚れ、ぐったりした男は怪我を負ったのか、衣服の胸元は大きく裂かれてどす黒く染まっていた。

 驚きのあまり呆然と立ち尽くしている子供に、男は鬼の形相で走れと怒鳴る。その声にハッと我に返ったフィンは、反射的に小物入から麻布で包んだあるものを取り出すと、全速力で彼らの脇をすり抜けた。


「おい! ダメだ! 戻れ!」


 男の制止と同時に轟音が鳴り響き、木々をなぎ倒して巨大な獣が姿を現した。

 もうもうと舞い上がる土煙の中、濃灰色の毛並みに深紅の双眸、鋭い牙と爪を持つ狼の姿をした魔獣は、唸り声をあげて近づいてくる。


「ハティ…っ」


 憎しみという名の魔狼の姿に思わず怯みそうになったが、ハティが鋭い牙を剥き出して襲い掛かってくる瞬間、フィンは手にしていた布の包みを振りかぶり、力いっぱいハティに投げつけた。


「小僧! 避けろー!」


 背後で先ほどの男が叫んだ直後、ハティはぎゃひんっ!という悲鳴を上げて、地面にどうっと横倒しになった。

 苦しそうにゴロゴロとのた打ち回るハティ。ブシッブシっとくしゃみを繰り返し必死に前足で鼻先を拭っていたが、少しするとヨタつきつつも立ち上がり、すごすごと森の奥へと戻って行った。


「…」


 ハティの姿が木立の向こうに消えると、はぁ~っと溜息がこぼれる。怪我人を見た瞬間、咄嗟に助けなきゃと行動を起こしてしまったが、本来なら気の弱いフィンができることではなかった。

 危機が回避された今頃になって恐怖が込み上げ、へなへなと座り込む。すると大きな影がフィンの後ろから近づき、低い怒声がゲンコツと共に落ちてきた。


「この馬鹿! なんて無茶をしたんだ!」

「痛ぁぁぁっ!」


 ズキズキする頭を抱えて仰ぎ見ると、男が形の良い空色の目を吊り上げ、憤怒の形相でフィンを見下ろしている。


「俺はに・げ・ろ・と言ったはずだ! 結果的には助かったが、一歩間違えば今頃はヤツの腹の中だったんだ!」


 男の言い分は十分にわかる。剣を持った屈強な彼でさえ逃げてきた魔獣の前に、武器も持たないひ弱な子供が飛び出すなど、無謀というほか言い様がない。

 男が怒る理由がわかるから、フィンは素直に謝った。


「ごめんなさい。でも、怪我をしているのを見ちゃったか…あの人は⁉」

「そうだ!」


 酷い怪我を負ったもう一人の男のことを思い出して訊ねると、その男は弾かれたように振り返り、駆け足で木の根元に横たわる男の元に戻った。


「しっかりしろっ、イド!」


 地面に寝かされた男の顔色は血の気がなく、真っ赤に染まった胸元も僅かに上下するだけだ。


「小僧! この辺に医者はいないかっ?」


 服の上から傷を抑え、男はフィンに医院の有無を訪ねる。


「お医者様はいるけど、反対側の町はずれなの。この人のこの怪我じゃ行くまでに間に合わない」

「なんだと⁉」


 男は絶望に青褪めたが、フィンはそんな彼にかまわず、怪我をしている男の衣服を脱がし始めた。


「おい! 何をす…」

「いいから早く上着を脱がして! それとオジサン、お水持ってない?」

「水?」

「そう。わたしはさっき使っちゃったから殆ど残ってないの」


 フィンがしようとしていることが解らないのか、訝し気に眉を顰めて凝視してくる男に、小物入れから取り出した薬瓶を掲げて見せた。


「ジューンさん直伝、冒険者用特製傷薬っ。これがあるから、ある程度は止血できるかもしれない。だからまず、傷口に入り込んでいる汚れを洗い流してほしいの!」






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