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4.

「ジューンさん、ココツの実、全部刻み終わりました」

「どれどれ? うん、十分細かくなったね。それじゃあ次はその実を桶に入れて水に浸しておくれ」

「はーい」


 突発の依頼に応えて薬屋の手伝いに来たフィンは、薬の調合で手が離せないジューンの指示に従って作業をこなし、くるくると休むことなく動き回る。

 桶を抱えて勝手口から外の井戸へと向かうと、薬草園の一角に植えられているベンダ草が力なく項垂れているのが目に入った。


「ジューンさん! 日差しが強すぎるみたいでベンダがぐったりしてる! (むしろ)で日除けしていいですか?」

「ああ、頼んだよ! ついでに水撒きもね」


 痒み止めの材料となるココツを水に浸して日陰に置き、ジューンの了承を得たフィンは筵を取りに納屋へと向かった。どこに何があるかすっかり把握済みのため、迷うことなく納屋の棚から筵と荒縄を引っぱり出すと、急いで薬草園へと引き返した。



 *



 手伝いに来始めた頃は、ただ黙々と言われたことをこなすだけだった。決して嫌々なわけではなかったが、薬作りにそれほど興味もなかったし、ジューンとの距離を測り切れなかったのだ。けれど、ある日調合をするジューンの手元を覗いていたフィンは、ふとあることに気付き、おそるおそる訊ねてみた。

 するとジューンは嫌な顔もせずに教えてくれた。


『この前の傷薬と今回の傷薬ではモーギの配合率が違う? お前さん、随分とよく覚えていたもんだねぇ。そうさ、前のはギルドに頼まれた冒険者用だったからね。鎮痛効果を強めたもので、今回のは普通の人用なのさ』

『ギルドのと普通の人のは違うの?』


 理由が分からずに首を傾げると、ジューンは手を止めることなく質問に答えた。


『そりゃそうさ。冒険者は獣や賊と戦って生死をさまようような酷い怪我を負うかもしれないだろう? すぐにでも手当てをしないと死んじまうかもしれない大怪我だったら、普通の薬ぐらいじゃあ効き目がない。せめて町まで戻って治療が受けられるよう、ある程度傷を修復し、痛みも軽減できなきゃね』


 理由が分かってコクコクと頷くフィンを、ジューンは目を細めて見ていた。


『前から思っていたけれど、お前さんは薬師に向いてるみたいだねぇ。どうだい? 孤児院を出る年齢になったら、アタシの弟子にならないか?』


 いつも役立たずだと罵られているフィンは、薬師に向いているという言葉に驚いた。

 目をまんまるにして固まってしまったフィンの様子に微苦笑したジューンは、調合途中の乳鉢を脇に寄せて立ち上がり、薬棚から塗り薬の入った入れ物を持って戻った。


『フィン、手を出してごらん』

『?』


 言われるままにおずおずと右手を差し出すと、両手だと言われて左手もジューンの前に伸ばした。


『フィン。アタシはね、お前さんの手が大好きさ』


 ジューンはそう言いながら、容器のふたを開けて深緑色のやや青臭い軟膏を指先にたっぷり掬い上げ、フィンの手に塗り付けた。


『指先が随分と荒れてるねぇ』

『お、お洗濯したり、お皿を洗ったりするから…』

『こっちの切り傷は?』

『お芋の皮をむいてたら、手が滑ったの』

『この親指の付け根の痣は?』

『それは…お掃除のときに、怠けてはいけませんってシスターに注意されて』


 ジューンがひとつひとつ傷について訊ねるたびに、フィンはだんだんと俯き、声は小さくなってゆく。

 フィンの手は子供のものとは思えないくらいに傷痕だらけで、カサカサに荒れている。そんな可哀そうな小さな手を、ジューンは軟膏がしっとりと馴染むまで、丁寧に丁寧に優しくマッサージした。


『フィン、下を向くのはおよし。この手は全然恥ずかしくないんだから。それどころかお前さんがどれほど頑張っているかがよくわかる、とても良い手だよ』


 良い手と言われて驚いたフィンは、弾かれたように顔を上げ、大きな目でジューンを見つめた。


『大人に比べたら子供にはできないことがいっぱいある。同年代の子供でも、男の子と比べて力の弱い女の子には力仕事は難しいだろう。でもガサツな男の子より女の子の方が手先が器用だから、機織りや縫製では重宝される。…そんな風に誰でもできることとできないことがあってお互いに助け合ってるんだから、お前さんがいちいち落ち込む必要はないんだよ』

『でも、いつも失敗して怒られるの。「そんなこともできないの?」って。「役立たず」って…』


 アマンダや孤児院の仲間、手伝い先の人に投げつけられた心を抉る言葉の数々を思い出すと鼻の奥がツンと痛む。何もできない自分が情けなくて悲しくて、つらくてたまらなくなるのだ。

 ぎゅっと瞼に力を入れて泣くのを堪えると、ジューンのぷよぷよした丸い手がフィンの頭をわしわしと撫でた。


『バカだねぇ、フィン。アタシが一度でもお前さんに役立たずだなんて言ったことあるかい?』

『…』


 ジューンの質問にフィンは首を横に振る。


『薬草採集だって、薬草園の手入れだって、薬作りの助手だって、最初はわからないことばかりだったはずだ。でも今じゃあアタシが薬の名前を言うだけですぐに材料を揃えられるし、器具もピカピカで清潔に整えられている。薬を買いに来た客にもしっかり対応できるようになってきたし、最近は代金の計算間違いも無くなったじゃないか』

『!』


 言われて初めて気が付いた。

 ビックリ顔のフィンに、ジューンは優しく優しく微笑んで、頷いた。


『本当にとても助かっているよ。ありがとう』






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