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1.

カクヨムにて別ペンネームで同時掲載しております

 その日も朝から土砂降りの雨だった。


「おい早くしろ!」


 幌付きの荷馬車に木箱を詰め込む作業員たちの中で、一際小さな人影がどやされながらふらふらと木箱を運んでくる。藁を編んで作った雨具は不格好な上にところどころ隙間があり、ほとんど雨粒を遮れていない。そのためガリガリに痩せたその体はぐっしょりと濡れ、とても冷え切っている。

 何とか落とさずに馬車まで辿り着くと、細い棒っ切れのような腕を精一杯伸ばし、中にいる男に箱を差し出す。


「チッ、こんなちいせえ荷物一つ運ぶだけで時間かけやがって。おら、さっさと戻って次を持ってこい!」


 ひったくるように木箱を受け取った男は、悪態を吐きながら乱暴にその薄い肩を突き飛ばした。


「あ」


 何倍もある大きな男の力には敵わず、その者は後ろにあった水たまりに勢いよく倒れ込み、バシャッと派手に泥水が跳ねた。

 全身が泥にまみれた姿を見て、突き飛ばした男や一緒に荷積みをしていた連中がゲラゲラと嗤う。


「どんくせえな。ちょっと小突いただけでそのザマかよ!」


 蔑みの視線の中、嘲笑を受けた当人はのろのろと立ち上がり、泥に汚れた両手のひらをズボンで拭った。しかしもともとボロボロな上に泥水で汚れた布では手のひらの泥を落としきれない。それでも何度も何度も擦り付けた。

 そんな中、作業には一切手を出さずにずっと監督していた小太りの中年の男が、少し離れた雨の当たらない軒先から大きな声をあげた。


「そこの役立たずのガキ! お前はもういらん!」

「え! そんな」


 いらないと言われたその子供は、慌てて声を荒げた男に懸命に頭を下げた。


「すみません! ちゃんとしますから、お仕事させてくださいっ」

「だめだだめだ。お前は足手纏いなだけだ。さっさと出ていけ!」


 必死の訴えにも耳を貸さず、中年の男は他の作業員に子供をつまみ出すよう命令した。


「お願いします! お願いします! 頑張りますから!」

「うるせえよ。オレらに言っても仕方がねえだろ」


 二の腕を掴まれて軽々と持ち上げられ、少し離れた道路の脇に容赦なく放り投げられた。


「ぐあっ」


 水溜りに叩きつけられ再び泥水を跳ね上げた子供に、投げた男は冷めた視線を向けて踵を返す。


「待ってください! お願いします!」


 そんな悲痛な叫びも雨音に掻き消されて届かないのか、誰一人振り返りはしない。


「お願ぃ…」


 非力な子供一人が抜けても、何の支障もなく作業は続いている。その様子を座り込んだまま見ていた子供は、ややして立ち上がると、諦めたように歩き出した。


(どうしよう。クビになっちゃった…)


 雨の中、トボトボと歩く。向かう先は住まいである孤児院だ。クビになったと分かったらまた折檻されてしまうと思うと、足が竦んでうまく動かない。

 孤児院は領主からの僅かな補助金と心ばかりの寄付金で運営されているが、正直それだけでは賄いきれないため、十歳を過ぎた年長の子供たちは人手不足の店や農家の依頼を受けて出稼ぎに行く。

 出稼ぎと言っても正規の仕事ではなく、あくまでお願いされての”お手伝い”なので、もらえる金額はお駄賃程度。野菜農家だと現物支給の時もある。それでも多少は生計の助けになるし、もらった手伝い賃の一割は手元に残るので、みんな進んで手伝いに出たがる。

 運がいいと手伝い先で働きを認められ、孤児院を出てそのまま住み込みの下働きとして引き抜かれることもあるし、成人してから正式に雇用されることもあるので、大きな子供たちは割のいい依頼を奪い合っていた。

 しかしこの子供はそんな争奪戦にいつも負けて、貧乏くじばかりを引いている。今日も本当なら染め物工房での雑用として行くはずだったのに、直前になって二つ年上のサリアに横取りされ、仕方なくシスターに割り振られた荷積みの仕事に来るしかなかったのだ。


(今夜もきっとご飯抜きだ。……お腹空いたな)


 孤児院の外に出ている間、掃除や洗濯などの分担をしない代わりにもらったお金や品物を持って帰るのが暗黙のルールのため、途中で追い出されて駄賃を貰えなかった今回のような場合、一日中何もせずにサボっていたとみなされ、夕飯を食べさせてもらえないこともある。

 ここ最近質の悪い依頼ばかりに当たって、時間ぎりぎりまでこき使った挙句にクビにされることが多かったため、この子供は常にひもじい思いをしていた。

 朝、ほんの少し野菜が浮いた薄いスープと固い一欠けらのパンしか食べていないせいか、力が出ずに体が酷く重い。今にも頽れそうな両脚を叱咤し、子供はなんとか孤児院に帰り着いた。


「まあ! まあまあまあ! フィン! なぜこんな時間に帰ってきたのです⁉」


 雨と泥水によってびしょ濡れで帰ってきた子供…フィンに向かい、シスターのアマンダは目を吊り上げて詰問する。


「アマンダさん、ごめんなさい。途中でいらないと言われてしまいました」


 しょんぼりと肩を落として謝るフィンに、アマンダの叱責は更に増す。


「んまあ! またサボって怒られたのでしょう! みんなが頑張っている時にあなたばかり怠けてクビになるなんて!」

「ちが…っ」

「お黙りなさい! 言い訳は聞きません!」


 首を横に振って懸命に否定しようと試みたが、アマンダは常に手にしている短い鞭でフィンの頬を打って言葉を遮る。


「ああっ!」


 痛む頬を庇って前屈みになったフィンの背中へ、アマンダは二度三度と鞭を振るう。


「罰として夕飯は抜きです!部屋で反省なさい!」


 やはり話は聞いてはもらえないようだ。


「…」


 予想通りの罰を言い渡されたフィンは、肩を怒らせて去ってゆくアマンダの後ろ姿が奥に消えるまで、頬を抑えて玄関先で立ち尽くしていた。






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