恵まれていたはずだった
異世界なんだか異世界じゃないんだかよく分からない話です。
七対三で異世界とは言えないかな。
自分で言うのもなんだが、俺こと小豆沢一は恵まれていた。
中流の家庭である小豆沢家の長男、一人っ子。学校ではそれなりに友人も多く、中の上程度の成績を維持している。部活はやっていない。体格も顔立ちも平均的。
それだけならごく普通、モブキャラと言われても仕方ないほど特徴のない人間だが、多くの日本男児が羨むとある要素が俺にはある。
幼馴染みの女の子がいるのである。
親同士が顔見知りで家が近所、幼少期からお互いの家を行き来するような間柄。
小学校に上がる前は一緒にお風呂に入ったこともある。
ごく普通の俺とは違い、その子は容姿にも性格にも恵まれ、成績もいい。
文武両道、眉目秀麗。漫画キャラのような女の子だ。
しかし、小学校の高学年になるころにはお互いを意識し合ってちょっと疎遠になり、中学ではクラスが別になってしまったこともありほとんど話すこともなかった。
このまま『昔の知り合い』になってしまうのかな、と寂しくも思った。
しかし、お互い示し合わせたわけでもないのに同じ高校に進学し、合格発表のときに袖を引かれて笑い掛けられた。
『今度は、一緒のクラスになれるといいね』
照れ隠しのように長い黒髪の毛先を指に巻き、見る者すべてが羨む美貌を振り撒きながら彼女は笑った。
その笑みが自分に向いていることが嬉しくて、
彼女がまだ俺のことを意識していてくれたことがこそばゆくて、
俺は胸に熱いものがこみ上げてきた。
だから俺は、とても恵まれていた。
無論、同じ高校に入れただけで満足なんてできるはずがない。
彼女との関係をただの友達、ただの幼馴染みというだけのものでいるつもりは、毛頭ない。
恵まれている現状に甘んじるだけでなく、もっと特別な関係になりたかった。
真新しい制服に袖を通し、舞い散る桜の中を抜けて待ち合わせの場所に赴いたあの入学式の日。
お互いの家から学校へ向かう合流地点。
これからは毎日一緒に行こう、そう約束した場所へ。
そこで、約束通り彼女は待っていた。
俺は、恵まれていた。
そう、『いた』のだ。
「…………あったかくなってきたな」
すっかり散って葉っぱだけになった桜の木を見上げ、俺はぼんやりと呟く。
入学の日から約一か月。肌寒い日も減って、春から初夏に移り変わろうという時期になってもあの日の決意は一ミリも行動に移されていない。
桜の舞う中で一緒に学校に向かおうとした彼女は、俺の知っているあの子ではなくなってしまっていたからだ。
「…………おはよ、ココア」
今日も彼女は同じ場所、待ち合わせをした場所に先にいて、俺のことを待っていた。
ツインテールに結ったピンク色の髪を揺らし、
引きずるほど丈の長い黒のロングコートをはためかせ、
首に白い包帯を巻き、
学校の校章の上に十字架を模したオリジナルワッペンを張り付けた改造制服を着て、
とどめに右手を顔の半分を覆い、中指と人差し指の間から金色の目を覗かせるという芝居がかったポーズで振り向いた。
「よい朝だな、平民よ」
頭痛。そしてヒクッと口角が震える。
「…………ちゃんとおはようって言おうね、ココアさん」
金色の右目と赤色の左目で、彼女は笑った。
中指をピンと伸ばした右手で俺を示し、左手でピンク色の髪をそっと撫でる。
「余のいた世界にそのような文化は存在しない。それと、余のことをその名で呼ぶなと言っておるだろう。それは所詮世を忍ぶ仮の名……」
溜め息と共に目を閉じ、天を仰ぐように両手を広げる。
「余の名は、コクァ・ソビューンズ・フェルドント・エスメラルダ。コクァと呼ぶことを許したであろう?」
「…………許されてもなあ~」
断じて、彼女は春先に学校に多くの目撃情報が寄せられるタイプの不審者ではない。
自信満々の顔で笑うこの少女が、コクァ・ソビューンズ・フェルドント・エスメラルダ改め、大豆島小恋愛。俺の幼馴染みの女の子。
普通の幼馴染みがいたなんて、俺はなんて恵まれていたのだろう。
ひと月前の、俺は。
(もう全部、過去形ですけどね……)
合格発表から入学式までの二週間で、彼女は中二病になっていた。
他の小説を優先しつつ、まったりゆっくり書いていきます。