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王子の召使いをクビになりました(前編)



「遅いぞライナ、何やってた」

「おはようございます、王子。何って、朝礼を行っておりました。始業時間ピッタリですよ」


王子の居室に着くと、入ると同時にフォルクハルトから機嫌の悪そうな低い声が飛んできた。

ライナは意にも介さず形だけのカーテシーを行ってズカズカと奥まで進み、カーテンを開ける。


フォルクハルトはソファで女中の淹れた食後のお茶を飲んでいる所だった。


「なにか急ぎの御用でしたか?昨日の雨でパレードが中止になったのはわたくしのせいではございませんよ」


二つ年下のフォルクハルトに、ライナは気安い口をきく。

二人は第一王子とその召使いの下級貴族という関係だが、旧知であった。


子供の頃、訳あってフォルクハルトがまだ王子ではなかった頃に、ライナの母親が家庭教師を行っていた為、仲良くしていた時期があるのだ。

その後ライナが大学に入学してしまった為、半年間だけのことだ。


本来男性の主人には男性の召使いがつく所をライナが部屋付き女中をしているのは、旧知の仲であるライナを雇うようフォルクハルトが取り計らったからである。


公の場で気安い口をきけば即ライナの首は切り落とされるだろうが、ここはフォルクハルトのプライベートな自室で数人の女中と護衛騎士しかいないので構わなかった。

とは言え女中達は王子相手に失礼な態度のライナを見てオロオロしているのだが。

ライナは女中達にあとは自分が行うので下がるように、と手で指示を出し、フォルクハルトの朝食の皿を片付け始めて欠けた皿で人知れず指を切った。


「それは完全にお前のせいだが、どうでもいい。お前がどこかへ出かけようとして雨が降るのはいつものことだろう」

「あら、では何故そんなに不機嫌なんです?」

「その前にお前は私に何か言うことはないのか?」

「昨日はお暇を頂戴しありがとう存じました」

「違うっ」


フォルクハルトは乱暴にティーカップを置いてライナを睨み付けた。

ライナはテーブルを拭きながら思わず笑った。

本当は何を言えばいいのか分かっている。

昨日はフォルクハルトの誕生祭で、国を上げてお祭りだったのだ。


「十七歳のお誕生日、おめでとう存じます王子」

「なんで素直に最初からそう言えないんだ」

「申し上げてもチップが出る訳ではないので」

「可愛くないなお前は」


朝食の片付けを終えたライナは、フォルクハルトの叱責をさらりと聞き流して続き部屋になっている寝室の扉を開ける。

近侍がフォルクハルトを起こした際にカーテンを開けたようで明るい。

しかし、起こした時のままになっているので、シーツや布団はぐしゃぐしゃのままだ。


ライナはキングサイズのベッドからシーツを剥がし始めた。

すると何か輝くものがベッドの上に降りかかり、シーツが勝手に動いて剥がれていく。フォルクハルトの魔法だ。


「魔法の使えないやつは大変だな、全部人力なんて、面倒くさい」

「…王子」


振り返ると寝室の扉に右半身を預けて腕をくんでいるフォルクハルトがいた。

ふふん、とでも言いたげにドヤ顔をしているので、ライナは呆れた。


「召使いの仕事を取っちゃいけませんよ」

「誰も見てないんだからいいだろう」


あっという間にシーツは剥がれて畳まれ、新しいシーツが被せられてベッドメイクが進んでいく。

できるのなら起きたときに自分でやってください、とはかろうじて口に出すのをこらえた。

さすがに不敬だ。



この世界、少なくともこの国ではほぼ全ての国民が魔力を保持していて日常生活を魔法に頼っていた。

中でもフォルクハルトの魔力は国内ではトップクラスで、本気を出すと制御が利かないレベルだと言う。


平民も商人も貴族も王族も、皆多かれ少なかれ魔力を持っている。

馬車を行者なしで動かしたり、料理の火を魔法で調整したり、掃除を自動でやらせたり、手紙や伝言を送ることだってできる。

イーゼンハイムの国民と魔法は切っても切り離せない関係なのだ。


しかし、例外がある。

ライナの一族、バルヒェット家だ。

バルヒェット家に産まれる者は昔から皆魔力を持たない。

一説には大昔に女神を怒らせた呪いだと言う。


本来貴族であるライナは王宮で働くのであれば侍女になるべきなのだが、魔力のないライナに出来ることがとても少なく、仕方なく平民の仕事である部屋付き女中をしている。

大学を卒業した際に徒弟先を探したが、呪われた一族として有名な彼女を雇ってくれる所はなく、フォルクハルトのツテでようやく得た仕事だった。


「魔法を使われてはわたくしにできることがなくなってしまいますわ。ここをクビになったらわたくし生きていけません」

「…………」

「王子?冗談ですよ」


軽口を叩けば常に噛み付いてくるフォルクハルトが珍しく黙り込んだので、ライナは思わず仕事の手を止めた。


振り返れば扉に寄りかかったまま眉間に皺を寄せてこちらを見ている。


十七歳になったばかりで少年の面影を残した彼は、すこぶる美形だ。

ダークゴールドの髪はサラサラと額を滑り、少しキツい印象の釣り目は猫のように青く輝いている。


一年前に第一王子として入廷したばかりなのに、使用人や国民に猛烈な人気があるのも頷ける。

いくら中身が召使いに誕生日祝いの言葉を強要するような俺様だとしてもだ。


「お前、結婚するつもりはないのか?」

「はい?」

「家柄の良い貴族に嫁げば召使いを使えるし、お前に魔力がなくてもなんとかなる。徒弟なんかしてないで結婚相手を探したほうがいいんじゃないのか?」


ライナは腕を組んで、考えてみた。

確かに運良くバルヒェット家よりも高い階級の家に嫁げれば、苦労はしなくて済むかもしれない。


しかし、ここまでで十分お分かり頂けたと思うがライナは異常な不運体質だ。そんな運の良いことに巡り合う訳がない。


そもそも、ライナは一人っ子で長子である。

つまり唯一の跡継ぎだ。

他家から婿を貰わなければバルヒェット男爵家は断滅してしまう。

しかし、呪われた一族に婿入りしたい男などどこにいると言うのか。

同じ下級貴族だとしても結婚相手が見つかるとは思えない。


「…結婚も簡単にできそうにないので、仕事はしていたいですね」

「そうか」


聞くだけ聞くとフォルクハルトは踵を返して居室のほうへ戻っていった。

様子がおかしいとは思いつつ、ライナはサイドボードの花瓶の水を替え、小物の補充をする。


居室へ戻るとフォルクハルトが不機嫌そうに新聞を読んでいた。


「どうなさったんです?変ですよ」

「…昨夜、晩餐会のあと陛下に呼ばれた」


お茶のお代わりを淹れながら問いかけると唸るように低い声が返ってきた。


陛下、というのはフォルクハルトの父親であるイーゼンハイム国王陛下のことである。

父親と血は繋がっているものの、フォルクハルトはいつも距離のある態度を保つ。

父親である前に国王なのだから当然のことだ、ということらしい。

ライナはどうにも口を濁す王子の前に、新しい紅茶を差し出した。


「結論から言うと、ライナ、お前は王宮の召使いをクビになった」



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