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廃聖堂と祭壇画の秘密(3)

「王子、これ動きますわね」

「扉のようになっているな」


蝶番は絵の両脇にあった。

五枚の絵がいっぺんに観音開きになるようにできているようだ。

体がうまく動かないライナに代わってフォルクハルトが動かしてみる。

新品同様になった絵画は引っかかることなく開いた。


「なんだこれは…」


絵画を開けると、中から絵画が出てきた。

どうやら、表に見えていた絵画はこの絵の扉絵だったらしい。


白銀の獅子に乗って舞い降りてくる女神と、その下で祝杯をあげる人間達の絵。

扉絵に描かれた神話の続きだ。


悪い妖精達を女神が追い払い、それまで妖精の奴隷だった人間が解放された場面。

おとぎ話も神話がもとになっていて、妖精との戦争に参加した騎士がこの時女神に一目惚れした、という設定になっていたはずだ。


「きっとこちらの絵で目を合わせる必要があったんだわ。王子、ここにいて頂けます?」


中の絵に描かれた女神も目を開けていた。

ライナはその視線の先を探す。


伏目がちにはにかんだ彼女は、体の向きを左にして獅子に腰掛け、首は右に向けている。

ぱっと見、祝杯をあげる人間達を微笑ましそうに見下ろしているよう見えるが、視線は絵の外へ向けられていた。


フォルクハルトに絵の前で立って貰い、女神の右側をうろうろしてみる。

彼女の視線に合わせて下がるうちに、壁際の天使の銅像に背中が当たった。

少し体を屈めると、女神と目が合う。


「どうだ?」

「そうですわねぇ、おとぎ話では目が合えばお告げがあるという話でしたけれど…」


特に何も起きない。

やはりライナがやつれ過ぎておかしくなっただけなのだろうか。

諦めきれずに、何かないかと模索していると、おかしなことに気付いた。


「ちょっと待ってください。人間達の中にこちらを見ている者がおります」

「どれだ?」

「その…向かって右側から二番目のテーブルについている、金髪の女性です。奥から三番目に座っています」


五枚の祭壇画のうち、下の二枚は人間達が楽しそうに宴会をしている。

酔っ払い達が皆お互いの顔を見て笑ったり酒や食べ物を見ていたりする中、絵の外を見つめる女性には違和感があった。

フォルクハルトが近くからその女性を確認する。


「なるほどこれは変だ。絵の中は晴天にも関わらず、この女の服はずぶ濡れに見える。ん?」


よく見ると、テーブルに隠れた足元には鱗のようなものが描かれていた。

フォルクハルトはそれを撫でながら、昔読んだ妖精に関する書籍を思い出した。


「わかった。人間に混ざっているがこれはニクシーだ」


ニクシーは水辺に棲む妖精で、女性の姿に変身できると言われる人魚の一種だ。

女神に追い払われたはずの妖精が、敵である人間に混ざって宴会に参加しているというのはどうにもおかしい。


「ニクシーですって?おとぎ話で女神様のお告げは確か…」

「《愛しているというのなら、わたくしを見つけてごらんなさい。妖精が神の国への道標になるでしょう》だ。チッお前の予想は、荒唐無稽な妄想ではなさそうだな」

「やっぱり!このニクシーが神の国へのヒントなのよ!おとぎ話は実現可能なのだわ!」


ライナは自分の体の状態も忘れてその場で跳ねた。

王子と召使いという立場になってからずっと気を付けていた言葉遣いが乱れる。

学校を卒業してからはすっかり落ち着いた大人のお姉さんだったのに、お転婆だった子供の頃に戻ったようにはしゃいでしまった。

フォルクハルトは苦笑した。


「絵を写し取ってやるから少し待て」

「ありがとう存じます王子」

「お前はまたぶっ倒れる前に落ち着け」

「はぁい」


フォルクハルトが呪文を呟いて魔法で祭壇画をコピーしている間に、ライナはもう一度女神と目を合わせた。

何を見ているのか、単純に疑問だった。

ライナは立ち位置をずらし、後ろを振り返った。

天使が腰に差した短剣を抜き出そうとしている銅像が祭壇のほうを向いていた。

もう一度女神を振り返る。

なんとなく、女神の視線が天使の短剣に注がれている気がして、ライナはなんの気なしにそれに触れた。


「きゃっ」


触れた途端、目が眩むほどに一閃したかと思うと、短剣は軽い金属音をたてて石畳に転がり落ちた。

恐る恐る拾い上げてみる。

確かに短剣だったそれは銅製の栓抜きに姿を変えていた。


「確かおとぎ話の結末は、女神と騎士が結婚するんだったか」

「いえ、王子。騎士と会った女神は褒美になんでも願いを叶えると仰るのですよ」


驚いていると、すぐ後ろからフォルクハルトに声をかけられ、ライナは咄嗟に栓抜きをエプロンのポケットに隠した。

折角直して貰った聖堂を壊したやましさがあったからだ。


フォルクハルトの差し出す紙を受け取る。

白黒でラフ画のようではあるが、精巧に祭壇画が模写されている。

つくづく魔法というものは便利だ。


「つまり?」

「つまり、おとぎ話の謎を全て解けば、女神様が召喚できると思うのですわ」

「…女神が実在すると思っているのか。あれは神話で、おとぎ話なんだぞ…」

「王子は夢がありませんのね。そんなこと分かっておりますわよ。でも現に祭壇画には仕掛けがありましたでしょう?それに、この国の絶対神をこの国のトップになろうという人間が信じていないというのはいかがなものでしょう」


熱弁するとフォルクハルトは嫌そうな顔をした。


ライナだって、これまで本当に女神を信じていたわけではない。

伝統的に、習慣的に、毎日女神へ祈りを捧げていただけで、最近の若者は女神に対して深い信仰心を持っていない。


しかし、ライナは感じたのだ。

ライナの思考を肯定するかのような優しい風を。

そこには確かに神の意思があった。


「と、いうことはですよ王子。女神様が本当に存在するのなら、ふざけているとお思いになりません?」

「…なんだって?話の雲行きがあやしいが」

「わたくしの不運ですわ!こちらがどうにもできないと思って、小さくて地味に困る不運をちまちまと毎日何年も何年も…!馬鹿にしています!」


ライナは思わず両拳を握って心底から嘆いた。

もう慣れたと言って諦めていたが、本当はずっと地味に辛かった。


おでかけの度に大雨が降ったり事故が起きたりして中止になるのも、手に入れたものがいつも間違っていたり腐っていたり壊れていたりするのも、不可抗力で普通ならあり得ないことで怪我をするのも、ずっと致し方ないことだと我慢してきた。

報われないのを嘆くことに疲れ、努力してもどうにもならないことは全て不運だからという言葉で諦めてきた。


「…ですからわたくし、女神様の召喚に挑戦しようと思います」

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