プロローグ
昔々あるところに、女神に恋した騎士がおりました。
彼は毎朝毎晩、美しい女神像に祈り続けました。
「女神様、あなたへの恋心で狂いそうな私をどうかお救いください」
女神は毎日真剣に祈る彼のことを次第に愛するようになりました。
ある日教会に降臨した女神は彼と目が合うとこう告げます。
「愛しているというのなら、わたくしを見つけてごらんなさい。妖精が神の国への道標になるでしょう」
すると妖精たちは金色の美しい髪を揺らして妖精の楽園アルベリッヒラントへ騎士を招待しました。
歌劇場が煙に包まれる夜気づけばそこはまるで妖精飛び交う宝石の花畑。
騎士はダイヤモンドを摘んでドラゴンを作り女神へ贈ることにしました。
門番のデウトロノミオンと乾杯をして手懐けると、彼の背に跨り神の国へ出発します。
クリスタルのシャンデリアが全て灯る時、女神にドラゴンを捧げると対面の間が開きました。
そしてついに騎士は女神と会うことができたのです。
「わたくしを見つけた褒美に、そなたの望みを一つだけ叶えましょう。一生遊び暮らせるお金も、この世の何より強い能力も、世界を手に入れる権力も、望めばそなたのものとなるでしょう」
それはとても魅力的な申し出でした。
しかし、従順な女神のしもべである騎士はこう答えます。
「女神様、私は金も能力も権力も望みません。あなたの伴侶になりたい一心でここまで参りました。どうか私の手をお取りください」
こうして国一番の敬虔な男は女神を射止め、二人の可愛い娘に恵まれ永遠に幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし。
これはイーゼンハイム王国に古くから伝わるおとぎ話だ。
神様へ熱心にお祈りし欲を持たずにいれば幸せになれますよ、というよくある教訓のよくある物語。
この国の子どもたちなら誰しも皆このおとぎ話を子守唄に育つ。
女性たちは金や権力に目もくれず自分だけを愛してくれる騎士との恋に憧れ、男性たちの間では「どうか私の手をお取りください」が定番のプロポーズである。
下級貴族の娘であるライナも例外ではなかった。
子供の頃は素敵な恋物語に夢中で、何度もあの話をしてと母親にせがんだのを覚えている。
年頃になるに連れて、その強引で謎だらけのストーリーには様々な疑問を持ったものだ。
しかし、母もそのまた母も、不思議だからこそ大人になってもずっと覚えていて、不意にそういえばあれはなんだったのだろうと思い返すのだという。
だから子供に寝物語を聴かせるとき、一番に思いつくのはこの話で、すらすらと話すことができるらしい。
そうして長いこと受け継がれてきたおとぎ話なのだった。
ライナもいずれ子供ができたなら「あの頃は変なストーリーだと思っていたな」と懐かしく笑いながら、子供に聴かせてあげるのだろう。
あの瞬間まで、そう思っていた。