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彼女は二度とこの山に現れる事はない。
現れず、表れず、顕れず……
あれから丁度三年の時が過ぎた今、僕はもう、彼女の声を反芻する事すら難しくなってきている。
どれだけ意識していても、時間の流れは僕と彼女との思い出を着実に引き剥がし、滲ませ、霧散させていく。
燦々と、綺麗に儚く零れ落ちていく記憶。
しかし、確かにまだ残っている大切だったという思いだけが、僕をまたここへ訪れさせる。
呪縛、呪い……または想いかもしれない。
八月の終わり、学校の長期休暇期間と共に立ち去ろうとする今年最後の夏に、蝉は二十日鳴いた。
鼓膜を揺らす、あの蝉達が妬ましい。
不細工で品の無い醜怪なこの泣き声も、蝉と代われば夏の象徴として謳われるのだから。
思い出せもしない記憶に涙を流し、虚空に人を探す僕は極めて変わり者だと思う。
しかし、止まらない涙の理由は決まっていた。
森羅万象、老若男女があの蝉の鳴き続けた日々のせいだと決めるに違いなかった。
「おーい!」と彼女を呼ぶ。名前も忘れてしまった彼女に応答を求め叫ぶ。
ただ一心に、ひたすらに、必死の思いで。
それでも、求めるものは帰っては来ない。後に訪れる虚無は、掠れてしまったあの蝉が鳴き続けてた日々を思い出させた。