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まどか 乃木坂学院高校演劇部物語  作者: 大橋 むつお
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82:『幽霊さんの生き甲斐』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語


82『幽霊さんの生き甲斐』





「なんだい?」


「……潤香先輩のこと助けたの、乃木坂さんじゃないの!?」


 ただの閃きだったけど、図星のようだ、乃木坂さんはスカートのときと同じ反応をした。



「潤香君は君のようにはいかなかった。破れた血管を暫く固定しておくのが関の山。幽霊の応急治療はMRIでも見えない。あとは自然回復するのを待つだけだったんだけどね。立て続けに二回。二回目に切れたのは何故だかわかるかい?」


「……ソデのとこで平台に頭ぶつけたからじゃ……ないの?」


「それも原因の一つだけど直接的には、まどか君、君なんだよ」


「わ、わたし(# ゜Д゜#)!?」


「あの日、潤香君は屈んで靴を履こうとして君のことを思い出したんだ。君は、あの芝居の稽古中、ずっと潤香君の真似をやっていただろう?」


「え、うん……」



 わたしは、あるシーンを思い出した。キャンプに行く前の日に真由が靴を試すシーン。で、スタイル抜群で体の柔らかい先輩は、とてもカッコヨクやるわけ。

 わたしは何度やっても、オッサンが水虫の手入れしてるようにしかできなくて、このシーンになると、箱馬に腰掛けて、パクろうとして必死。一度など仰向けにひっくり返って道具のパネルを将棋倒しにして、怒られて、笑われて、大恥だった。



「そうさ、潤香君は靴を履こうとして、それを思い出したんだよ。ゆかしい潤香君は、たとえ本人が居ないとはいえ、その努力を笑ってはいけないと堪えたんだよ。屈み込んだ姿勢で笑いを堪えたものだから、瞬間的に血圧が高くなり、応急処置だった脳の血管が破れてしまった」


「そんな……わたしが原因だったなんて……(-_-;)」


「大丈夫だよ。潤香君は間もなく意識も回復して、もとの元気な潤香君に戻る。そうでなきゃ君に言える訳がないじゃないか」


「ほんと!? ほんとに潤香先輩は良くなるの!?」


「幽霊は嘘は言わないよ。なあ、みんな」



 乃木坂さんは、椅子たちに呼びかけた……椅子の人たちが答えたような気がした。



「僕は、空襲で死んだあの子が自分の姿をとりもどし、そして無事に往くのを、見届けるだけのつもりだった。あの子が自分の姿をとりもどしたのが去年の十一月」


「それって……」


「そう、潤香君が階段から転げ落ちた前の夜。でも、その時は、それだけで済ますつもりだった」


「それがどうして……」


「だって、そのあと立て続けだったろう。潤香君はまた頭打ってしまうし、意識不明になってしまうし。まさか君が代役やるなんて思いもしなかったし。そして例の火事……」


「あれは……」


「幽霊でも、火事を防ぐ力はないよ。垂れた電線をしばらく持ち上げて発火を遅らせるのが精一杯。だから、みんなが倉庫を出たところで力尽きて手を放した……これで、みんなを助けられたと思ったら、どこかの誰かさんが火が出てからウロウロ入ってくるんだもの」


「あ、あのことも……」


「助けてあげたかったんだけど、空襲で死んだもんだから、火が苦手でね……しかし、大久保君は大した子だよ。あの火の中を飛び込んでくるんだもの。並の愛情じゃできないことだよ」


「それは……感謝してます」


「感謝……だけ?」


 意地悪な幽霊さんだ。


「大久保君も、まだ未熟だ。大切に育んでいきたまえ。それから貴崎さんは辞めちゃうし、演劇部は解散……すると思ったら、起死回生のジャンケン……ポン。そして君達三人組が、事も有ろうに、ここで稽古を始めちゃった」


「ごめんなさい、無断で」


「いいんだよ。幽霊が言ったら可笑しいけど、僕の生き甲斐になってきた」


「ハハ、幽霊さんの生き甲斐」


「と、いうことで、宜しく頼むよ!」



 そこで、軽いめまい目眩がして、座り込んでしまった。



「まどか、大丈夫?」「保健室行こうか?」


 里沙と夏鈴が覗きこんできた……そこは、中庭のベンチ。


「あ……もう大丈夫。わたしずっとここで?」


「ずっともなにも、立ち上がったと思ったら、バタンとベンチに座り込むんだもん」


「あ、もう授業始まっちゃう!」


「なに言ってんのよ、たった今座り込んだとこじゃないよさ」


「何分ぐらい、こうしてたの?」


「ほんの二三秒だよ」


 そうなんだ……妙に納得するまどかでありました。


「元気だったら、明日のことだけどさ……」


 風の吹き込まない中庭は、冬とは思えない暖かさ……かすかに聞こえてきました。

『埴生の宿』の一番。


 のどかなりや 春の空 花はあるじ 鳥は友……♪


 その友の小鳥のさえずりのようなお喋りの中、それは切れ切れにフェードアウトしていきました。



☆ 主な登場人物


仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部

坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ

芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部

芹沢 紀香       潤香の姉

貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問

貴崎 サキ       貴崎マリの妹

大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達

武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生

南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生

山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長

峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長

高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩

柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問

乃木坂さん       談話室の幽霊

まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母

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