79:『埴生の宿』
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語
79『埴生の宿』
稽古が始まって十日ほどがたった。台詞もほとんど入って、ダンドリは分かってきた。
でも、最初読んだとき面白かったお芝居も、やってみると難しさだけが際だってくる。
だって、この芝居、新派、新劇、歌舞伎、狂言、吉本などなど、ありとあらゆる芝居のエッセンスのテンコ盛り。そもそも最初から、歌舞伎風の口上で始まっちゃう。
――東西東西(とざい、とーざいー……てな感じで言います)一段高うはございますが、口上なもって申し上げます。まずは御見物いずれも様に御尊顔を拝したてまつり、恐悦至極に存じたてまつります……てな感じで、かみまくり(ほんとに舌噛んじゃった)
動画サイトで、それらしいのを見たりして研究中。前途多難のキザシ。
そこへもってきて、あの気配……だんだん強くなってきて、このままじゃ稽古になんない!
と思い始めた明くる日の昼休み。三人で、明日、潤香先輩のお見舞いしようって、中庭で相談ぶっていた。
すると、聞こえてきた……あの『埴生の宿』
「ね、聞こえない!?」
思わず口に出てしまった。
「え、なにが……?」
「歌が聞こえる……」
「まどか……」
「どうしたの……」
二人の声が遠くなっていく……気がついたら、談話室の前にいた。
「……埴生の宿も、わが宿。玉の装い、羨まじ……♪」
その人は、旧制中学の制服を着て、ピアノを弾きながら唄っていた。
窓の外は桜が満開。小鳥のさえずりなんか聞こえて、春爛漫の雰囲気……そよと風が春の香りを運んできた。
春の香りは、桜の花びらになって頬を撫でていく……何枚目かの花びらが、左目のあたりをサワって感じで通っていって、わたしは我に返った。
「……おお、わが窓よ~楽しとも、たのもしや♪」
その人も、ちょうど唄いきり、ゆっくりと笑顔を向けてきた。
「ごめんね、こんな誘い方をして」
「あなたは……」
「あけすけに言えば……幽霊……かな」
あんまりのどかな言いように、予想した怖さは、どこかへいっちゃって、暖かい笑いがこみあげてくる。
「……フフフ」
「よかった。怖がらせずに話しができそうだ」
「さっきまでは、怖かったんです」
「うん、だから昼間にお招きしたんだ。僕の趣味で春にしたけど、よかったかな」
「はい、わたしも、この時期が大好き」
「君は、僕の気配が分かる。このままじゃ脅かして、稽古を台無しにしてしまいそうだから、僕の方から挨拶しておこうと思って」
「でも。とても幽霊さんに見えません」
「ハハ、それはよかった」
「ノブちゃんみたいな幽霊さんもいますから」
「そうだね、ちょっと漫画みたいな幽霊さんだけど、あんな感じ」
「怨めしや~、なんてやるんですか?」
「めったにいないよそんな人。まあ、掛けて話そうよ」




