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まどか 乃木坂学院高校演劇部物語  作者: 大橋 むつお
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77:『焼き芋』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語


77『焼き芋』




 里沙の目算通り、談話室の掃除と整備には三日かかってしまった。


 電球は半分だけの交換……というか半分ですんだ。LEDの電球なので、少なくてすむ。むろんシャンデリアまでは直してもらえなかったけど、稽古場の明るさとしては十分だった。ヒーターは三台。べつにケチられたわけじゃない。電気容量が三台でいっぱいになるので仕方がない。でも、これでは少し寒い、今後の課題。


 不思議なことは、なにも起こらなかった。


 わたしを除いて……なーんちゃってね。


 あの男子生徒は、あれから現れない。やっぱ、なんかの見間違い……でも、ひょっとした拍子にに気配を感じる。ほんの瞬間なんだけど視線を感じる。寂しげだけど温もりのある視線。


 その日も、ピアノを拭いていて、それを感じた。おいしそうな匂いとともに……あれ?


 ふりかえったら、立っていた……夏鈴が焼き芋の入った袋を抱えて。


「フン。ヒヒヒョウヘンヘイハラ……」


「焼き芋くわえたままじゃ、分かんないでしょうが!」


「……だって、袋からこぼれ落ちそうなんだもん……あ、理事長先生の差し入れ。あとで様子見に来るって」


 それだけ言うと、夏鈴は本格的にパクつきだした。


 わたしも、一つ頂いて手を洗っていないことに気づき。手を洗いに廊下に出たところで出くわした。山埼先輩と峰岸先輩が石油ストーブを運んでくるのに。持つべきものは先輩、これで寒さ問題は解消。


 不幸なことに、わたしは夏鈴と同様に焼き芋を口にくわえたまま。それも、口の端っこからはヨダレを垂らしながら。


「まどか、おまえってほんと、三枚目なんだよな」


 峰岸先輩がしみじみ言う。


「フヒ、フハハハハ、ヘフ」


 我ながら情けない……で、ハンカチを出して焼き芋をくるんで手に持った。


「ここ、ガスは危なくて使えないから、石油ストーブ。技能員のおじさんから」


「ありがとうございます。あ、中に里沙がいます。食べきれないくらい焼き芋ありますから、先輩たちもどうぞ」


「そりゃあ、ゴチになるか」


 山埼先輩は行っちゃったけど、峰岸先輩が振り返った。


「まどか。おまえら自衛隊の体験入隊に行くんだって?」


「え、あ……はい」


「よかったら、オレも入れてくれないかなあ。学年末テストも終わっちゃったし、めったにできないことだからな」


「はい、喜んで!」


 と……言ったものの、わたしは体験入隊のことすっかり忘れていたのだ。で、片手でスカートの中の携帯をまさぐっていたら、プツンと音がしてスカートのホックが外れた。


「ウ……!」


 焼き芋を放り出し、慌ててスカートを押さえた。


 すると、なんということ。焼き芋がハンカチにくるまれたまま空中で停まっちゃった……そして、ゆっくりと窓辺の窪んだところに着地した……。


 その時感じた温もりは、焼き芋のそれだけじゃなかった。


「……というわけで、四人追加でよろしく!」



 忠クンは、まだなにか言いたげだったけど、用件をすませ、さっさとスマホを切った。


 わたしは部室に戻り、スカートを繕いながら携帯をかけていたのだ。


 念のため、下はジャージを穿いております。


 ぬるくなった焼き芋を持ち上げると、マッカーサーの机がカタカタいった。


 なんだか笑われたような気がした。



☆ 主な登場人物


仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部

坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ

芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部

芹沢 紀香       潤香の姉

貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問

貴崎 サキ       貴崎マリの妹

大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達

武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生

南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生

山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長

峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長

高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩

柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問

まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母

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