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まどか 乃木坂学院高校演劇部物語  作者: 大橋 むつお
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66:『雪と苗字とお線香』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語


66『雪と苗字とお線香』




「お互いに、ここまで言うてしもうたんだ。もうワシから言うことはない。彦君とお二人には申し訳ないが、今日のところは諦めてください。大雪の中、済まんことでした」


 お祖父ちゃんが頭を下げた。


「貴崎先生、この高山彦九郎、乃木高の門はいつでも開けておきますからな」


「校門は八時半閉門と決まっておりますが……」


 バーコードのトンチンカンにみんなが笑った。


「ありがとうございました……」


 わたしは、そう言って、その場で見送るのがやっとだった。




 雪が左から右に降っている。


 と……いうわけではなく。ただ単に、わたしが右を下にして寝っ転がっていただけ。




 ゆっくりと起きあがる……当たり前だけど、雪は上から下に降っている。


 ちょっと感覚をずらすと、自分が空に昇っていくようにも感じる。


 昼過ぎに潤香の病室でも同じように感じた。


 ほんの、三時間ほど前のことなのに、今は、それを痛みをもって感じる。


 夕闇が近く、庭灯に照らし出され、いっそうそれが際だつ。


 まるで無数のガラス片が落ちてきて、チクチクと心に刺さるよう。


 物の見え方というのは、自分の身の置き所だけでなく、心の有りようでこんなに違う。




 あれから仏間に行った。




 久々に「我が家」の仏壇に手を合わせる。


 この仏壇の過去帳に両親の法名が書かれている。


 一度も開いてみたことはない。


 お祖父ちゃんは、両親が亡くなってからも「いっぱしの何かになればいい」とだけ言って自由にさせてくれた。一時は両親の後を継いでとも思ったけど、言葉に甘えて、それでもいっぱしの教師になった……つもりだった。


 寝起きしている我が家の方にも玩具のような仏壇がある。お線香臭くなるのが嫌で、毎朝お水をあげている。「我が家」のしきたりを思い出して、輪棒に向けた手をお線香立てに伸ばす。


 あ……


 三つに折ったお線香が、まだ小さなほむらを残していた。


 


「お嬢さま」




 驚いて振り返ると、峰岸クンが立っている。


「なあに?」


「あの、お申し付けの年賀状です」


「あ、そうだったわね。ありがとう……あのね」


「はい、お嬢さま」


「その……お嬢さまって呼び方、なんとかなんない?」


「じゃあ……先生っていう呼び方になれるようにしていただけますか」


「ハハ、それは無理な相談だな……あ、年賀状こんなに要らないわ」


「書き損じ用の予備です」


「わたしが書き損じするわけ……あるかもね。ありがとう」


 わたしが、たった三枚の年賀状を書いているうちに、峰岸クンは暖炉の火を強くしてくれていた。温もりが心地よく伝わってくる。


「ひとつ聞いてもいいですか」


 温もった分、距離の近い言葉で聞いてきた。


「なあに……?」


 わたしは、三枚目まどかへのを……と、思って笑ってしまった。


「思い出し笑いですか?」


「ううん。三枚目がまどかなんで、おかしくなっちゃって」


「え……ああ、確かにあいつは三枚目だ」


 少しの間、二人で笑った。


「で、質問て……?」


「どうして、苗字が貴崎と木崎なんですか?」


「ああ、それはね戦争で区役所が焼けちゃってね。新しく戸籍を作ることになって、お祖父ちゃん、書類の苗字のところを平仮名で書いたの」


「どうして、そんなことを?」


「当然、係の人に聞かれるでしょ。で、係の人がどう対応するか試したの」


「ハハ、オチャメだったんですね」


「で、キサキさん、このキサキはどんな字なんですか。と、聞くわけ」


「ハハハ、それで?」


 暖炉の火が頃合いになってきた。


「で、普通のキサキだよって答えたら木崎と書かれてそのまんま。会社の方は片仮名の『キサキ』だし、わたしは『貴崎』の方が……」


 そこまで言うと、峰岸君が人を招じ入れる気配。


 

 振り返ると、わたしより先にお線香を立てた木崎が立っていた……。




☆ 主な登場人物


仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部

坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ

芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部

芹沢 紀香       潤香の姉

貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問

貴崎 サキ       貴崎マリの妹

大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達

武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生

南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生

山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長

峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長

高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩

柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問

まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母


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