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まどか 乃木坂学院高校演劇部物語  作者: 大橋 むつお
104/106

104:『感情の記憶』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語


104『感情の記憶』





 柚木先生が慌てて稽古場にやってきた。



「たいへんよ、ハルサイの公演が早くなっちゃった!」


「「「「えーー、どういうことですか( ゜Д゜)!?」」」」」


 四人は声をそろえて驚いた(むろん乃木坂さんの声は、柚木先生には聞こえない)


「会場のフェリペがね、設備の故障で五月には工事に入るんで一ヶ月前倒しだって!」


「ええ、そんなあ……」


「間に合うかなあ……?」


「……なんとかしょう!」


 乃木坂さんが言った。


「なんとかなる?」


「だれと、しゃべってんの?」


 うかつに乃木坂さんに返した言葉を先生に聞きとがめられた。


「あ、二人に言ったんです! 里沙と夏鈴に。で、間をとって二人の真ん中に……はい(^_^;)」



 その日から稽古は百二十パーセントの力が入って、乃木坂さんの演出にも熱がこもってきた。



「君たちの演技は形にはなっているけど、真情がない。地上げの仕事への熱意が偽物だ。都婆ちゃんの子ども三人は、狡猾だけど、そうなってしまった人生の背景が感じられない。悪役は、ただ凄めばいいというものじゃないんだ。それに都婆ちゃんの孤独感というのはそんなものじゃない。他に迎合せず、孤高のうちにも孤独を貫き通す覚悟、そして、その覚悟をも超えてやってくる真の孤独の淵の深さ、それが出なくっちゃ(;`O´)!」


 はい……(-_-;)


 乃木坂さんの指摘は的確だけどキビシイ。だてに何十年も幽霊やっていない。


「君達の人生は、まだ浅い。理解しろと言う方が無理なのかもしれないなあ」


「だって、無理だよ。分かんないものは、分かんないもの」


 夏鈴が正直に弱音を吐く。


「馬鹿、そんなことを言っていたら、殺される演技や殺す演技は誰も出来ないことになるじゃないか!」


「それは……そうなんだけどね」


「……ごめん、つい感情的になってしまった。もっと分かり易く言わなくっちゃね」


 それから乃木坂さんは根気強く、かみ砕いて教えてくれた。


 たとえば、寂しさというのは、目の下の上顎洞という骨の空間から、暖かい液体が口、喉、胸、腹、脚を伝って地面に吸い込まれるイメージを持つこと。老人の腰は曲がるんじゃなくて、落ちる(後ろに傾く)ものなんだということ。で、そのバランスをとるために上半身が前傾し、膝が曲がる。そして、そのいくつかは、はるかちゃんがビデオチャットで教えてくれたことと同じだった。


 分からないことがもどかしかった。孤独を淋しさと置き換えてみた。


 ひいじいちゃんとのお別れ。これはガキンチョ過ぎて、分からない。


 中学の卒業……卒業してからもたびたび行ってたので、このイメージも希薄。


 忠クンとの空白の一年。いつでも、その気になれば会えるという、開き直ったお気楽さがあった。


 はるかちゃんの突然の引っ越し……これは心の底に残っているけど、去年のクリスマスで、再会。この傷は、完全に治ってしまった。


 感情の記憶は、その時の物理的な記憶を残しておかないともたないらしい。何を見て何を触って、なにが聞こえたか、その他モロモロ。


 マリ先生が学校を辞めて、乃木坂の演劇部がつぶれたのは記憶に新しいけど、これは、演劇部再建のバネになってしまって、思い出すと活力さえ湧いてくる(`0´)。


 人間の感情って複雑だってことが分かる程度には成長しました……はい。


 潤香先輩……これも奇跡の復活で、痛みは遠くなってしまっているし……。


 われながら、痛いことはすぐに忘れるお気楽人間だ(^_^;)。



☆ 主な登場人物


仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部

坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ

芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部

芹沢 紀香       潤香の姉

貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問

貴崎 サキ       貴崎マリの妹

大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達

武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生

南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生

山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長

峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長

高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩

柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問

乃木坂さん       談話室の幽霊

まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母

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