運命の人
「私が怖くないのか?」
「あら、今日は怖がらせに来られたの?」
男は鋭い瞳をほんの少し細めた。
男の手には私と同じカップが握られているのに何故だか一回りも二回りも小さいように思える。
きっと彼が大きすぎるせいだろう。
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ゴシップ好きの情報通のサマンサ・トレースに“姉の毒牙にかかっていない稀有な男性”を紹介してくれるよう頼んだのは2週間前ほどのこと。
彼女は「またなの?」と呆れながらもその瞳は事情を聞きたくてたまらないという感じでいっぱいだった。
最近西部で流行りだと言うハーブティーと彼女お気に入りのオレンジピール入りのクッキーが用意される。私はあの日の話をした。
「リピアったら本当に節操がないわね!」
一通り話終わる頃には彼女はぷりぷりと怒っていた。
予想通りの反応だ。
彼女は“少し前”からあまり姉であるリピアのことが好きではない。その理由は聞かされてはないものの一昨年サマンサが突然婚約破棄をしたことからなんとなく察している。
「それで、貴方の家の貴族名鑑でめぼしい方がいるなら教えてほしいの」
「シルビアったら…もう少し傷ついたっていいのよ?婚約破棄だって3日前に手続きが終わったばかりなのに」
半ば非難めいた視線に私は肩をすくめてみせた。
常から刺激を求める彼女にとって身内に寝取られたのにさっさと次の相手を探しにかかる私のリアクションはひどくつまらないようだ。
「姉と私って他人から見たら本当に見分けがつかないのね」
「それは…私でも貴方たち姉妹にお互い姉のフリ、妹のフリされたら気がつく自信なんてないわよ」
「愛が足りないわ」
「無茶言わないで」
まったく、と彼女はハーブティーを一口飲んだ。一番古い友人の彼女でもやはり見分けはつかないのか、と思いながら私もカップに口をつける。
「それにしても…リピアは本当に貴方のものを所有してないと気が済まないのね」
「違うわ。姉はね、諦めたの。私と姉の見分けがつく男性が現れるのを」
だから彼女は相手を選ばない。
サマンサは呆れたように目をぐるりと回す。
「なによそれ…まぁ事情はわかったわ。でも貴方の言う条件では冗談抜きにこの国一番の嫌われ者くらいになっちゃうわよ?」
「嫌われ者ねぇ…ある意味お似合いかも。姉のせいで私もそこそこ評判は悪いし…」
「貴方はリピアと違って“清い”のにね。まぁ嫌われ者でいいなら一人有望株がいるわね。進んでおすすめしたいわけではない人物だけど」
パラリとめくった分厚い貴族名鑑。
彼女が指差した名前はローレンス・ゴーリー。
本には補足で代々山に囲まれた北部を治めているとある。だが私とてこの本を見なくともゴーリーの名くらいは聞き覚えがある。
「大貴族じゃない…私そんなに高みを目指しているわけではないわよ?」
「いいから聞きなさい。この方は大の社交界嫌い。夜会なんてほとんど出たこともない方で年齢は26歳。鉱山をいくつも所有してる大貴族よ。」
「たしかにお会いしたことはないけど…でも年齢も適齢期だしきっと婚約者の一人や二人いるでしょ?そうでなくても縁談がわんさか来ているはずだわ」
サマンサはニヤリと笑って指を振り、わざとらしく「チッチッチ」と言って続ける。
「一時この方は縁談がたくさん舞い込んだけどご令嬢方はみんな泣いて帰って来たわ。そのせいで“北部の野獣”“野蛮な悪魔”なんて呼ばれているんだから」
「…そんなに恐い方なの?」
「恐ろしく大男で長い髭をたくわえてて瞳が血みたいな赤だそうよ」
シルビアはぽかんとした。
「…それだけ?」
「ご令嬢方が言うには『視線で殺される』ですって。詳しく聞きたいのに聞いても彼女たちは怯えて口を割らないの。だからこちらとしても困ってるの」
「…わかってるのは領地に引きこもってて背が高くて髭がある目の赤い方ってことね?」
「ええ、ご本人も社交界には顔をお出しにならないし、実際どんな方かは情報がないわ。あってもご令嬢たちの悪評判に尾ひれがつきまくった『絶対何人か殺してる』って噂があるくらい」
「…噂なんて嫌いよ」
私がため息をついて背もたれに背を預ける。サマンサはニヤリと笑ってハーブティーを一口飲んだ。
「会ってみるならセッティングは当家に任せていただいてよろしくてよ」
「はいはい、代わりにお見合いをモニタリングして相手の方の情報が欲しいのね」
「あらさすが!だって大物なのにレアな方なんだもの逃す手はないわ」
そうして話は冒頭に戻る。