熱い粉雪は突然に
☆登場人物☆
・鎌谷善水……かまやよしみず
高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。
・沢渡惟花……さわたりゆいか
謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。
・水沢透……みずさわとう
高校二年生。男子。サッカー部員。善水と仲が良い。髪は茶色。
・岡村美菜……おかむらみな
高校二年生。女子。優しい性格だが、人には言えない趣味があるらしい。セミロングな金髪。
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・鎌谷善治……かまやよしはる
善水の父。善水にとって反吐が出るほど嫌いな相手。NGOに所属している。
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教室に入ってくる教師の一声で、色めき立つ教室の空気。
転校生が来るらしい。
「ねえねえ善水君。どんな人だろうね?」
隣に座る美菜が、そう聞いてきた。
「実は……」
耳を貸してもらう。
「その転校生ってのは、この前言った女の子のことだったりする」
「え、そうなの?」
「昨日の朝はドタバタしてて全く気付かなかったんだ。あいつ、大事なことは前日の晩のうちに言っておけよな……」
「どういうこと?」
「まあ後で話す」
誰もが、教室の扉だけを見つめていた。
教師が合図を出す。
すると、部屋に入ってくるひとつの影があった。
教室の群衆は、どよめきや歓喜を隠さずにはいられなくなる。
俺にとってはすでに見慣れた顔だからこそ、俺は他の誰よりも驚いていたかもしれない。
黒を基調とした服に、赤いリボン。惟花は、他の女子と同じ格好をしているのだ。
ほかのクラスメイトにとっては何ともないことだろうが、それ以外の格好を知っている俺にとっては非常に新鮮なものだった。
惟花は教壇の真ん中に立つ。
とても分かりやすく緊張していた。
「えっと、私の名前は……、その……!」
心の中で、ささやかに声援を送る。
「私の名前は……、えっと……、あれ、なんでしたっけ?」
その声に、どよめきはその色をいっそう濃くした。
しまった……!
こいつの名前は昨日の夕方に初めて与えられたものだ。このような緊張せざるを得ない場面では、、ド忘れしてしまっても決して不思議ではない。
「えーと、確か、えーと、あれえ? ついさっきまでは覚えていたのになあ……。つい昨日つけていただいたばっかりな、大切な名前なのに……」
事情を知らない人が聞いたら、首をかしげずにはいられないワードを次々と生産する惟花。
このままではまずいことは、火を見るよりも明らかだ。
なんとかしないと……。
「あー誰だったかなあー、美菜! 昨日のテレビに出てた芸能人の名前。確か、沢渡ゆいか……何とかって名前だったような気がするけど、あー何だったっけなあー!」
俺は椅子を乱暴に引いて立ち上がり、あけすけに大きく声を出した!
シーン……。
いきなり話題を振られた美菜の口は今なおふさがらない。
長すぎる沈黙の後、教師に当然のように咎められた。
ついでに美菜も注意された。申し訳ない。
心の中で適当に謝っておく。
しかしまあ、俺(と美菜)の沽券と引き換えに、惟花には大きなヒント(というかほぼ答え)が与えられた。
これで一安心……。
「えーと、私の名前は……、すみません! すぐに思い出しますので! もうちょっとだけ待ってください!」
ペコリ!
えええええ……。
空気の読めない娘であった。
せっかくのお膳立て、全く効果なし。
まあ、緊張しているので無理もないが……。
もうこれは終わったな。そう思ったとき、
「先生! えっと、その娘の名前は、沢渡惟花っていいます!」
隣の女子、美菜が立ち上がりながらそう言った。
美菜……お前はどれだけ良いやつなんだ……。
齢十七の学園のカウンセラー天使(そう呼称しているのは俺だけだが)の名は伊達ではなかった。
「そ、そうなんだよー! そうそう、俺も知ってる! 沢渡惟花だよな!」
美菜にだけ恥の上塗りをさせる訳にもいかないので、俺も立ち上がってそう言った。
「あー、思い出しました! 皆さん聞いてください! 私の名前は沢渡惟花です!」
教室の端と端、三人で行われる、前代未聞の自己紹介。
余りに説明不足なこの状況に、クラスメイト達の頭の上に疑問符がたくさん乗っかったことは、あえて記述するまでもない。
「ふーん、なるほどねえ」
「なるほど……」
昼休みに、俺と惟花、美菜、透は食堂に会した。
俺の隣が惟花。正面が透。斜め前が美菜。
なんというか、惟花に関する諸々のことを話せるだけ話した。
「言っとくけど、俺は何も悪くないからな。ド忘れしてたこいつが百パーセント悪い」
「う……すみません……」
「ちょっと善水君、惟花ちゃんが可哀そうだよ。昨日つけられてばっかりなら忘れても無理ないよ。ね、惟花ちゃん?」
「美菜ちゃん……」
女の子二人はすでに打ち解けていた。
「私、惟花ちゃんとお友達になれてうれしいな。これからもよろしくね」
「は、はい、こちらこそ! よろしくお願いいたします!」
微笑ましい。
「そうだぞ、善水。そんな怖い顔して悪口言ったら惟花ちゃんが可哀そうじゃんかよお」
「えー、俺が悪いの?」
「悪い。めちゃくちゃ悪い。ばりくそ悪い」
「そこまで言うか……」
「だって善水ってさ、ただでさえ身長が高すぎて威圧感あるんだから、もっと柔和な態度で人と接するべきだと思うね。美菜もそう思うよなあ?」
美菜にまで否定されてはたまらない。
いや、大丈夫だ。美菜は凄腕スクールカウンセラー・ライク・マザー(そう呼称しているのは俺だけだが)の異名を持つほどの優しい心の持ち主だから、心配することはない。
「うん……、確かに、前々から思ってたけど、善水君ってちょっと威圧感があるっていうか……」
えええええ……。
善水の威圧感は半端なくヤバいという意見が二票入りました。
しかも、前々から思ってたんかい。
「へこむわ……」
「そんなことよりさあ、惟花ちゃん。善水の部屋に住むんだよねえ? 時々遊びに行ってもいいかい?」
「あ、私も、たまにお邪魔したいな」
「は、はい、それはもちろんです! ぜひいらしてください!」
「というかさ、もういっそ、今日寄っても良い?」
「断然大丈夫です! お茶とお菓子を用意してお待ちしております!」
三人だけで何やらオートマチックに話が進んでいるようで。
「別に来てもいいけどさあ……くれぐれも俺の部屋を溜まり場にはするなよ。というか、透。お前はれっきとしたサッカー部員だろうが。練習はどうした」
「そのくらい柔軟に対処できなくてどうするよ? 転校生が来るというイレギュラーが起こったら、普段の日課はいったん中止してそのイレギュラーに合わせるのが、この世の中で生きていくコツなんでない? 善水くうん?」
こいつはいちいち上から目線で物を言わないと気が済まないのだろうか……。
中学校から美菜と友達なんだったら、少しくらい美菜の海神のような心の広さを持っていてほしい。
「君も同じだろう。ああ、モテない俺かわいそう……。そんな中いきなり可愛い女の子が登場してきたああああ! しかもギャルゲーのように都合よく好意的! なんというイレギュラー! でも普通ならそんな娘と男子寮の一緒の部屋で過ごすことはできない。しかし! この娘を放っておいたらそのうち世界が崩壊してしまうと言うじゃないか! それならもう色々仕方ない! 俺は大義名分を得た! 四六時中この娘と過ごして、世界は存続。そして恋人エンドへ一直線! これしかない! てな感じだろう?」
「いっぱい喋ったな」
「ご主人様ってば私を恋愛対象に見ていたんですか!? そ、そんな、私の方にはまだその覚悟が……!」
「いや。そんな目で見たことは一度もないぞ。た・だ・の一度も」
「おーい善水君。そんなに言うんだったら僕がこの娘を狙おうかなあ?」
……なに?
「ねえ、惟花ちゃんもその方が良いよねえ? こんな自販機の飲み物みたいにつめた~い奴なんか放っておいてさあ?」
そう言って惟花に言い寄る透。
こいつはそんなキャラだ。分かっている。
分かっているが、透のその言葉は劇薬のように効いた。
思えば、俺と惟花との間に特別な接点はあっただろうか。
確かに惟花は俺のもとに来た。
でもそれは、俺の父親と、もう一人の人物によってそう仕向けられただけに過ぎない。
つまり、惟花にとっての「相性のいい人たち」は、別に俺でなくてもかまわないのだ。
「私は……」
まあいいか。別にこいつは俺の所有物ではない。
それに、俺はある懸念を抱いていた。
二日前から今日にいたるまでの、惟花がいるこの世界は、余りにご都合主義ではないだろうか?
「私の好きな人は……」
どのみち、俺は志操堅固になど興味もない。
こいつがもう一度口を開けば、俺の心に居座ったモヤモヤした責任感や、チクチクした罪悪感ともおさらばだ。
「……私の好きな人は、ご主人様だけです!!」
ほら、やっぱりこいつは俺のことを何とも思ってなく……。
「私が、他の男の人を好きになるなんて、ぜっ・た・いにありません!」
……ん?
「大事なことなので、もう一度言います! こほん! ……いいですか。私がこの世で一番好きな人はですね……」
「ち、ちょっと待て!」
ちょっとぼーっとしている間に信じられない出来事が目の前で展開されていた!
惟花はつま先立ちするくらい勢いよく立ち上がっていて、食堂じゅうに響く声で俺への愛の告白をしていた!
「え……。君ら、もうすでにそんなに出来上がってたの……?」
「こ、こんなに勢いよく告白するなんて……。ご、ごめんね、惟花ちゃん、善水君! 聞いちゃって……」
透と美菜は冬だというのに汗さえ流してあっけに取られていた。
周囲の生徒たちは、芸能人を見つけたみたいに一斉に首を回してこっちを見た。
一瞬で静かになる食堂。本日二度目の、思わず逃げ出したくなる沈黙。時折ジジーカシャっとシャッター音が鳴った。
「……私が言いたいことは以上です! それでは」
惟花はクールに座った。
不肖俺、高校二年生で、女の子から大胆すぎる告白を得た。