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Passionate Sympathy  作者: 梅衣ノルン
第1章 Powerful Seeking
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青天の霹靂

☆登場人物☆


・鎌谷善水……かまやよしみず

 高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。


・????

 謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。


・水沢透……みずさわとう

 高校二年生。男子。サッカー部員。善水と仲が良い。髪は茶色。


・岡村美菜……おかむらみな

 高校二年生。女子。優しい性格だが、人には言えない趣味があるらしい。セミロングな金髪。


・????


・鎌谷善治……かまやよしはる

 善水の父。善水にとって反吐が出るほど嫌いな相手。NGOに所属している。


・????


・????


・????


・???


・???


・???


・????


・??


「この場では都合が悪いし……、人通りの少ないところに行こうか」


 人が飛び交うこの空間で、俺は着実に歩みを進める。

 俺の父親は、すぐ後ろにいる。隣ではなく。

 この状況が、現在の俺たち親子の距離感やら関係性やらを、これ以上ないほどに正確に表していた。

 デパートの出口へと向かっていた。

 ほとんど床のみを視界内におさめて歩いていたところ、ふと顔を上げると見知った格好の男がいた。

「おお、奇遇だねえ、善水」

「透……」

 今は、話題を一つとして持ち合わせていない。

 透は突然立ち止まった。

 せき止められるように俺も止まると、透は一瞬だけ、俺の存在を無視するように斜め下に視線を移動させてから、俺の耳元へ口を近づけて、

「うまくやれよ」

 それだけ言って、俺の後方へ去っていった。


「……で、用は何だ」

 人通りの少ない住宅街に、ついに着いてしまった。

 今日は、ちゃんとした話し合いになるだろうか?

「それはもちろん、善水のもとに来た女の子についてだよ」

 俺よりも身長の高い善治は、見下ろすように、不思議と穏やかな声で喋った。

「……あいつを俺のもとへやった理由はなんだ」

「まだきちんとお願いしていなかったと思ってね。これからしばらく、あの娘を頼むよ」

 まるで他人ごとだった。

「……なんであんたなんかの頼まれごとを、俺が二つ返事で承諾しなきゃいけないんだ。なんであの娘を連れてきた? というより、結局、いったい全体彼女は何者なんだよ?」

 空間が静止した。

 偶然立ち現れたその間隙は、とても広く長く感じられた。

「善水……。よろしく頼む」

 さっきの時間にどんな内容を練っていたのかと思いきや、俺の先のセリフを無視して「息子に頼みごとをする」という自分の用事を無理やり押し進めた。

 頭に血が上った。

「ふざけるなよおおお!」

 腹に空気をためることなく、初速だけの勢いで激動する。

 暴走した俺の心が生き物のように手を伸ばし、善治のネクタイを掴み上げた。

「なんで俺がてめえなんかの要求を呑み込まなきゃいけないんだ! 俺をさんざんいたぶって、母さんを殺して……! あげく自分一人だけ海外に逃げてよおおおおおお!」

 枯渇しきっていたと思っていた俺の憎悪は、保存していたエネルギーを吸収して、また膨張を繰り返してしまう。

 こんな息子を見た彼は、本物の父親――しかし、それはまるで()()()父親のように見えた――としての複雑な表情を浮かべて、

「確かに、それは悪かったと思っている。しかし、これだけははっきりさせておきたい……。あくまで、僕は母さんを殺してはいない」

「殺したんだろ! 酒ばっか飲んで、暴言ばっか吐いて、暴力ばっかふるって……! なんだよ、あくまで母さんが()()()()()()()()()だと思ってんのかよ……!」

 いまだに善治は地上の空気を当然のように吸っている。

 証拠が不足していたためだそうだ。現に、こいつは俺にはほとんど直接的な暴力は振るわなかったし、母親は……何も残さず死んでしまった。

「なんだよてめえ……。今はNGOで活動して海外の子供たちの為にその身を費やしてるんだろ……。父親としての職務を放棄して、やりたいことだけやって、地位や名声を得て……。てめえ、今一度自分の人生を振り返ってみろよおお!」

 善治は自嘲して言った。

「ああ、僕は自分の人生を振り返った。そしたら気付いた。善水の心を埋める何かをしなければならないと。たった一人で都会へ飛び出した自分の息子の為に……僕はあの娘を善水のもとに送った。そのための金も送った。さっきは買い物をしていたんだね。邪魔して悪かった。僕ができることは精々金銭的な援助くらいだけど、善水には、楽しく生きていってほしい」

「なんだよ……」

 事務的にメッセージを並べているようにしか聞こえなかった。

 もう自分は省みたのだから、それで十分だろ、金さえ送ればそれで十分だろ、とでも言いたげだった。

 その場を取り繕うだけの、ただの詭弁に過ぎなかった。

「いつまでも俺を金銭面で包囲しやがって。捨てるか囲むかどっちかにしろよ……! 屈辱なんだよ……! ああもう、あいつのために服なんて買ってやるんじゃなかった! ……ただ惨めなだけじゃないか……」

 俺はきっと善治を睨みつけた。

 ひとつの歯車が、全くかみ合わないもう片方の歯車を見る。

「……帰れ。勝手に海外の子供たちの為にいろいろやっとけよ。もう二度と関わってくんな」

 善治はそれを聞いて、何も言わずに踵を返して、その身を遠くしていった。

 俺は父親の気配が完全に消えるのを待った後、すぐ近くにある壁を殴りつけようとした。

 自傷。

 幼いころから、ずっとそれを繰り返して生きてきた。父親から塗りたくられた傷を、自分自身で塗り替えたいという、自尊心からそれを行ってきた。

 俺は周囲に人がいないかを確かめるために、振り返る……。

「え……」

 そこには、いるはずのない人物が立っていた。

 その人物は、濃いピンク色のセーターを着ていた。

 縞模様のスカートをはいて、水色のカバンと紙袋を持っていた。

 ……そして、感情を整理するように泣いていた。

「……聞いていたのか。ずっと健気についてきて……」

 その刹那、大地が静かに鳴動した。

 地球の裏側の音さえ聞こえてくるようだった。

 時折、ノイズのような音を立てて、黒い稲妻が視界外に落ちた。

 少女以外の現象が薄められ、少女の涙声だけが、俺を責め立てるようにクリアに響いた。

「ご、ごめんなさい……。嫌なのに、私のために服を買って……、本当に、ごめんなさい……」

 それは、ありとあらゆる概念・現象・理由・因果が一条の光に収束し、それが白鳥のように無限の彼方へ飛び去っていく過程に他ならなかった。

「お、俺は……」

 俺は。

 しなければならないことがあった。

 排他的主義が蔓延した社会そのものが、消え失せようとしているこの世界で。

 ……少女とリンクしたこの世界が、崩壊していくこの舞台で。

「私、昨日の夜、ご主人様と公園で会ったとき、本当にホッとして……。とてもいい人だと思っていて……。でも、だからこそ、無理をなさっていて……。私の生まれた意味は、そこにあると思っていたけど……!」

 感情が動くと、言葉が紡がれる。

 雲が高速にスクロールする。

 暴走する悲しみの感情は、同等の活劇体験を本能的に欲する。俺が自傷に走るように。母さんが自殺するように。……少女が世界を壊すように。

「私一人が浮かれていて……、ご主人様の都合も全然考えてなくて……、ご主人様の過去もひとつも知らなくて……!」

 気温が高くなり、低くなる。

「私なんて……」

 ああ、なんて非情な枕詞だろう。この先の言葉は、きっと地獄だ。

「生まれてくる価値なんて、無かった……!」

「やめろ!」

 ……かつて俺が経験した、地獄だ。

 俺は声を荒げる。

 少女がこれ以上、言葉を発する必要が無いように。

「やめろ……そんな言葉は使うな……。お前は、別にその、生きていていいだろ。俺の部屋でゴロゴロ過ごしていたら、それでいいだろ……!」

「そ、そんなことは……できないです……」

「さっきまでのように、ワガママでいていいし、明るく過ごしてくれていいし、新しい服に心躍らせていてもいいし……!」

 その場を取り繕うための詭弁?

 まさにこれがそうじゃないのか。

 利己的主義が横行した街?

 それなら、俺はこの街と同じだろう。

「だから、お前は……、えっと……俺は……」

 もう何をすればいいのか分からない。

 地面が、今の俺の心のように、身震いした。

 よろける。

 とっさに少女の冷え切った両手を握った。

 その時、俺の記憶に挿入される何かがあった。

 雪の中に消えてしまいそうで、しかし、皮膚に隔てられたその向こう側には、熱い魂が眠っている……。

「母さん……」

 小さくて柔らかいこの手から、母さんとの記憶を呼び起こさずにはいられなかった。

 懐かしい、香りがした。

 少女は泣いている。

 母さんは、泣いていた。

 俺はというと、小さいころから、悲劇から怒りの感情だけを取り出してきた。

 涙で顔をくしゃくしゃにする少女を見て、俺は、何が何でもこいつと一緒にいたいと思った。

 そこにはきっと、俺がずっと欲しがっていた、情熱的な共感があるはずだから。

「……なあ、生まれてきた価値、欲しくないか」

 俺はこの場において初めて、少女の顔を見た。

「え……」

「人は、生まれたら名前を授かるんだ。例えば俺の名前の善水は、父親の名前の漢字が受け継がれている。そこで、俺はお前に名前を付けたい」

 揺れが収まる。

「自分で付けたいなら、首を横に振れ」

 静かだった。

 さっきまでの非日常的動乱が、嘘のように。

 俺は息を、吸えるだけ吸う。

 ……今度は絶対に失敗しないように。

「お前の名前は……惟花(ゆいか)。沢渡惟花だ」

 母さん……惟子さんの名前を、拝借させてもらった。

 少女……惟花の強ばっていた表情が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。

 倫理的に、あるいは人道的に、間違いだらけなのだろうか。

 時がたつまでは、それは分からないだろう。

「惟花……。改めて、本当に申し訳なかった。俺の方からお願いしたい。惟花。明日から、俺と一緒に学校に行ってくれるか?」

 惟花の手を握り直して、言った。

「それは、もう……」

 もう一度だけ涙を流してから、いつもと変わらない笑顔を見せて、

「もちろんです! ご主人様、よろしくお願いします!」

 クリアな音質で、そう言ってくれた。


 とある雪の日の、小さな質点と質点は、今この場で結びついた。

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