痩身長躯の人と街
☆登場人物☆
・鎌谷善水……かまやよしみず
高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。
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謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。
・水沢透……みずさわとう
高校二年生。男子。サッカー部員。善水と仲が良い。髪は茶色。
・岡村美菜……おかむらみな
高校二年生。女子。優しい性格だが、人には言えない趣味があるらしい。セミロングな金髪。
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俺は、自分の部屋の扉を前にして、静止する。
早朝のことを思い出していた。
「ぐわあああああ!? もう八時半かよ!」
「どうしたんですかご主人様! 緊急事態ですか!? それとも出動命令ですか!?」
「ちげえよ! 学校だよ学校! いいか、この世界では学校という教育機関でまず小学校中学校と義務教育というモノを受けて、さらに学問への道に進みたい者は高校に行って……、て、そんなことはどうでもいい! とにかく、早くいかないと遅刻する!」
「だったら早く起きないとダメじゃないですか!」
「うるせえよ、お前だってガーガーグッスリスースーと思いっきり寝てたじゃねえか! メイドの真似事するんならせめて朝早くに俺を起こせ!」
「ご主人様あ。お腹空きました」
「聞いちゃいねえし……。とにかくお前はこの部屋の中でじっとしてろよ。絶対外に出るなよ。他の男子に見つかった時点で俺は牢獄という名のお部屋にめでたくお引越し、なんて事態になりかねんからな。朝食も昼食も家にあるモノを適当に食っておけ。暇だったらパソコン使っていいからネットサーフィンでもしてろ。パスワードは『MEIDOGAHOSHII』な。あと、着替えておけよ。歯磨きもしろよ。部屋を荒らすなよ。それじゃ」
「あ、待ってください! 私も学校というところに行かないと!」
「て・め・え・はさっきの話を聞いてたんか! いいから家の中にいろ!」
「えーと、でも私……」
「ついてくんな! 授業が終わったらたっぷり遊んでやるからおとなしくしてろ。またどっかで災害でも起こったら困るから、ネットサーフィンでもしてプラスの感情を吸収しておけ! んじゃ、行ってくる!」
思い出すだけで疲れる……。
しかし考えても見てほしい。
今この場で扉を開ければ、小柄で銀髪の美少女がそこにいるのである。
紛れもない、俺の部屋に。
高校生男子として、この世に生を受けたときと同等のレベルの喜びを感じずにはいられなかった。
「ただいまー」
俺は嬉々として戸を開ける。
空き家のようにシーンとしている。
「おーい、いないのかー?」
風呂場の電気がついていたので、立ち寄ってみる。
「って、なんじゃこりゃああああああ!?」
「あ、ご主人様! お帰りなさい! 寂しかったですう!」
そう言って俺に抱きついてくる少女。
そして眼前に広がるは、水浸しの浴室と水浸しの……パソコン。
「何やってくれてんだてめえは! パソコンを本来の使用方法以外で使わないでください!」
「え、だってご主人様が『パソコンを使ってネットサーフィン』をしろと……」
「ああなるほどなるほど、目からうろこが落ちた気分だわ!? 実際にパソコンに物理的に乗って風呂場でサーフィンをしたと!? これは一本取られたわ! でもさあ、多分それは百歩譲って『パソコンサーフィン』と呼称するべきじゃないかな!?」
「ところで、ご主人様がおっしゃっていた『パスワード』って結局何のことだったんですか?」
「知らねえよ……。もう……」
こたつのお部屋に行ってみる。
「お前、朝食は何を食べた?」
「ご主人様がこたつの上に置いていった食パンを焼いて食べました!」
「どうりで……」
トースターのまわりが黒焦げになっている訳だ……。
「で、昼食は?」
「何も食べてません……。ひもじいです……」
俺は重い溜息をついてから、
「仕方ねえ。今から簡単なモノを作ってやるから、五分だけ待ってろ」
「え、ご主人様、お料理が出来るんですか!」
「おそらく自称メイドのお前よりは、な」
よく考えたら自称していなかったような気もするが。
少女の方を見やると、くりくり眼をキラキラ輝かせて立っていた。
その顔を見て、ああ俺はこんなにも甘い人間だったかな、と自身を顧みずにはいられなかった。
「何を作るんですか?」
「主にサラリーマンに大人気の、庶民の味方さ」
俺が作ったのは、ラーメンだ。しょうゆ属性の。
女の子に出す料理ではないのだが……。俺だって正直まともな料理は嫌いだし苦手だし、何より今日はもう疲れ切ってしまった。
少女はこたつに入りながら嬉々としてラーメンをすすっている。
あったかそうだ。それがたまらなく憎らしい。
その間に、俺はパソコンの異常が無いかをチェックしたり、トースターまわりをぞうきんで拭いていったりと、あわただしく動いていた。
水道水でぞうきんを洗うと、指先が異常に冷たくて、凍傷になりそうだった。
皆さん、彼我のこの格差は異常であると思わないだろうか……。
「ごちそうさまでした! お皿を片づけますね」
「お願いだからやめてください。俺にやらせてください」
「ご、ご主人様、なんてお優しい……。その優しさに私、感銘を受けました! でも私はあくまでメイドですから、自分のことくらい自分で……」
「いやマジでやめてくれませんか? あなたが余計なことをしなければむしろ被害が減って、こちらとしても大変助かりますから」
「ごめんなさい……。敬語怖いです……。ごめんなさい……」
「皿洗いなんてどうでもいいから、お前はこれを着ろ」
俺は自分が常用しているコートの色違いバージョンを、少女にパスした。
「へ? わぷ!? 顔が埋もれます!」
「少しでかいだろうが、我慢してそれを着ろ。買い物だ」
行き止まりの存在しない、活気ある街。
雑踏にもまれて、雪の介在の余地は、そこにはない。
学校やそのまわりの住宅街から少し足を延ばしたところに、それはある。
真ん中からバキッと折れそうなくらい高いビルが乱立する。見上げる者の首すら折ってしまうほどに。
「この街のご感想は」
「す……すごいです……! なんというか、そう、例えるならば……ええと……とにかくすごいです!」
少女の貧弱なボキャブラリーが、他の何よりもその感動の度合いを表していた。
田舎出身の俺も、初めてこの溢れんばかりの歩行者とビル群を見たときは、本当に同じ国の光景なのかと吃驚したものだ。
「ほら、あのでかいテレビを見てみろよ」
「えっと……どこですか?」
少女は戸惑うようにキョロキョロする。まだ全然見慣れていないと言った風である。
「あのひときわ高いビルに取り付けられてるやつだよ。何かニュースがあれば、パソコンや携帯端末だけじゃなくてあれでも知らせてくれるはずだ」
「なるほど、前にご主人様がおっしゃっていたのは、これのことですか」
俺たちは信号を前にして立ち止まる。
「今日は服とか歯ブラシとか、お前の日用品を買い求めにここに来た。お前もこの街で暮らすんだったら、今のうちにいろいろ見て店の配置やらを記憶しておけよ」
信号が青を示し、人波が堰を切ったようにあふれ出す。
「……ということは、私はご主人様の部屋でお世話になってもいいということですか?」
「お前さえよかったらな。もう色々と引き返せないし。お前だって行くところないだろ? あの俺の父親のもとに返すのも嫌だからな……」
あんな奴のもとに居させるくらいなら、俺がこいつを独り占めしていたい。
「あ、ありがとうございます……」
彼女は少し顔を俯かせ、消え入るようにつぶやいた。
きわめて少女らしい表情だと思った。
この謎の少女は、こんな表情も見せるんだ。まだ能天気で奔放なこいつしか知らないのに。
「あ、ああ」
俺の淡い独占欲によって、ほんのちょっぴり罪悪感を覚えたような、気がした。
利己的主義を横行させてはいけない。
この街は良くても、少なくとも、俺自身の心は。