>>>>>>>>>>The Blue Side 1>>>>>>>>>>
☆登場人物☆
・鎌谷善水……かまやよしみず
高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。
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謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。
・水沢透……みずさわとう
高校二年生。男子。サッカー部員。善水と仲が良い。髪は茶色。
・岡村美菜……おかむらみな
高校二年生。女子。優しい性格だが、人には言えない趣味があるらしい。セミロングな金髪。
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銃声が、血生臭さを運んでいた。
何年も建て替えられていない建物たちは、戦争の荒波にもまれて、炎によって食い散らかされていく。
雨風を防ぐ機能すら失われ、建物たちは人間を収容する容器としての役割から追い出され、武装勢力のたまり場と化す。
目を閉じれば、殺伐とした音声によって、耳はおろか身体じゅうが蝕まれていきそうな、あるいは身体を構成する基本単位のレベルから拾い上げられるような、そんな恐ろしさを感じる。
死ぬことのない私ですら、そんな感覚にとらわれてしまうという事実が、厳然として立っていた。
今や、世界に決して多くない、そんな地域を私は歩いていた。
比較的安全な区域に移動する。
とある宗教の色が濃い。
以前から視察してきた私は、その宗教の特徴をいくつか知っている。
一番興味深く、一番重要と思われる特徴のひとつが、五日から七日あたりの間隔で行われる、沈黙の儀式だ。
信者たちはその日、一切喋ることは許されない。
ペーパーを用いた筆談に関しては不明だが、そもそもこの地域の識字率は、この時代にしては著しく低い。最低レベルといっていい。
不便だろうと思いきや、意外とそんな雰囲気は感じられない。
言葉を使用できる普段の生活と、何一つ目に見えた変化が見られないからだ。
言葉を直接交わす以外の意思疎通の手段を、信者たち自らが強化しているのだろうか。謎が多い。
いつの間にか、多くの人が闊歩していた。
人ではない私には、それら人間たちの中身を覗き込むことはできない。あくまで自己の想像力のみが試されている。
端的に言うと、私は人間たちに認識されない存在である。
厳密に言えば、私はあまりに理解しがたい存在であるから、人間たちの側に相当な知識や学力、また興味の芽がないと私の身体や存在を認識できない。
情勢不安定で、十分な学びが保証されていないこの地域の人間には、まず視認すらされない、ということである。
適当な条件がそろっても、見え方やとらえ方は、また人間によって異なる。
一つのものを自然科学的にとらえるか、医学的にとらえるか、はたまた宗教的、哲学的、文学的にとらえるかで、全く違った情報を返還するのと同じだ。
現代は先進国の国民の中には、私の存在を認識できたり、私という一学問を樹立させようと躍起になっている人間も、ごくわずかに存在する。
しかし、それら研究者たちは皆専門の分野が異なるから、したがって研究者どうしでまったく話がかみ合わず、それぞれ個人の研究所を立ち上げて、孤独の研究に打ち込むことを強いられている。
私は孤独で、私にかかわる人間たちもまた孤独である。
最近は、その孤独について考えることが多くなった。
この地域では、人が皆助け合って、一日一日をなんとか凌いでいる。
一度孤独になった人間は、例外なく消滅していった。
その風景を見ると、なんだか湿っぽいノスタルジーが発生する。
今の時代、多くの先進国では、人は一人で生きられるのが自明の理のようになっている。
科学技術は、ここ数十年で飛躍的に増強された。
人々の暮らしが良くなる方へ良くなる方へ、社会の中の個人の扱われ方が尊重される方へ尊重される方へ、巨大な世界そのものが流動していき、現代が創り出された。
それに伴い、個人主義が台頭していき、多くの宗教は自然消滅していった。
宗教不要論を唱える人間が波のように溢れかえった十数年前の状況は、それはそれはすさまじいものだった。
大きな戦争が起こる暇もなく、あっという間にその波に押しつぶされてしまった。
ここまで回顧してから、いざ目の前に広がる紛争地域を見つめてみると、本当に同じ時代の同じ星なのか、という疑問が浮かばずにはいられない。
現代残っている宗教は、この地域の国教のみかもしれない。
紛争の火種は、実はこの宗教が大きく絡んでいそうである。
過去の世界各国の紛争の事例のいずれとも異なり、とにかくこの紛争は争っている二者の存在が極めて不明瞭である。
参加者が二者だけとも分からない。
宗教か、国家か、あるいはもっと小さな単位である武装勢力か、はたまたもっと大きな単位である国家群なのか、それすらもよく分からない。
むしろ、思想そのものと思想そのものが、それぞれ防護服と武器を持って戦っていると考える方が、まだ自然な気がした。
そしてマクロ的な視点で見れば、これはおそらく還元主義と、構造構成主義の戦争なのかもしれない。
しかしこの場合、個人主義と全体主義の対立という表現で置き換えることも可能だろうが。
そして現在、後者はこの戦争において四面楚歌の状況に置かれているようである。
幼い少女がいた。
よく同年代の子供と、スポーツのような運動をしていた。
学は望むべくもなかったが、生への執着は人一倍大きかった。
輪になって遊ぶ少女たちの一団。
そこから一人だけ飛び出した。
「……ナティ」
……なんだろうか。
「ナティ様であられますでしょうか」
あろうことか、その少女は私のもとへ向かってきていた。
開いた口がふさがらなかった。
少女は私のことを認識している?
「私はその、ナティと言うのかしら?」
「髪の毛を一本も残さず、高貴な衣服を身につけた女性と言われています」
どうやら彼女にはそう見えているようだ。
「ナティというのは、この国に根付いている宗教の神なの?」
「私たちは皆ナティに仕え、共同体を創り出し、その身を捧げます」
「私はその……ナティについては何も知らないわよ。そんな私のことをなぜ神だと断定できるの? ナティは全知全能ではない訳?」
「神と言えど、森羅万象に精通している訳ではありません。神もまた、無知の状態から誕生し、人と共に学んでいく存在だと記されていました」
「記されていた……。お前は字は読めるの?」
「正確に言えば、私の父がそう申し上げていました」
「お前の母は?」
「十歳の時に、他界しました」
この遊び盛りの少女が十歳を超えているとは思えない。
十歳だったのは、この少女の母親の方だったのだと察した。
「ねえ、何もないところで何やってるのお?」
「早く続きをしようよお」
少女の友達の声が聞こえてきたにもかかわらず、少女は無視した。
「ナティ様」
「な、なんですの?」
「お願いがあります」
少女はためらわずに片膝を地面につき、両手を合わせた。
祈りの言葉の一つを待っていたが、あるのは沈黙だけだった。
沈黙……いや、静寂を、この宗教は大切にする。
私は、出来るだけ少女の願いを聞き入れたいと思った。
人ならざる者が、人の気持ちを量ることの、なんと難しいことか。
しかし、同時に懐かしさが込み上げてきた……しかし、さらに込み上げてくるもの……後悔や自責や陳謝といったものと同時に。
少女はそのあと、形式通りの一連の動作を行ってから、輪の中に戻っていった。
私には、結局、彼女の祈りの正体は分からなかった。