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>>>>>>>>>>The Blue Side 4>>>>>>>>>>

☆登場人物☆

・鎌谷善水……かまやよしみず

　高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。

・沢渡惟花……さわたりゆいか

　謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。

・水沢透……みずさわとう

　高校二年生。男子。サッカー部員。善水と仲が良い。髪は茶色。

・岡村美菜……おかむらみな

　高校二年生。女子。優しい性格だが、人には言えない趣味があるらしい。セミロングな金髪。

・古井秀理……ふるいひでり

　高校三年生。女子。口数が少ない。仏頂面だが、体型が非常に幼いので可愛がられる。

・鎌谷善治……かまやよしはる

　善水の父。善水にとって反吐が出るほど嫌いな相手。ＮＧＯに所属している。

・鎌谷惟子……かまやゆいこ

　善水の母。故人。

・岡村桜一……おかむらおういち

　美菜の兄。大学を卒業後、定職につかずにずっと独自の研究に没頭する。妹と共に人当たりが良い。

・古井壮治……ふるいそうじ

　秀理の父。娘の秀理を可愛がりつつも、将来を見守っている。

・山田舞……やまだまい

　秀理の母。古井舞として壮治と結婚したが、のちに離婚し、姓を旧姓に戻した。

・和田霜……わだそう

　老婆。数十年前に、ある男性と不思議な出会いをする。

・長嶋悟……ながしまさとる

　ＮＧＯ所属の男性医師。とある研究グループを自主的に立ち上げた。

・ムンジャ……むんじゃ

　ナティを人一倍信仰する少女。

・星歩……ほしあゆむ

　深青色の髪を持つ、神秘的な少女。

「不器用な男だ」

　鎌谷善治と名乗る彼は、ＮＧＯのひとりとしてこの国に訪れたところ、争いの渦に巻き込まれた挙句、仲間とはぐれてしまったらしい。

「あのような大声で叫んだところで、どうにもならないわ。私がいなければ、今頃あなたは殺されて、他のＮＧＯの者にも危害が及ぶかもしれなかった」

　私は目の前の男性を諭す。

　それと同時に、私は自分のすべきことを考えていた。

「申し訳ありません。……それで、あなたはなんと呼ばれているので？」

「私か？　私は……」

　ナティと言えば、いろいろ追及されるかもしれない。この地域の国教の神の名前くらいは、彼もすでに知っているだろうから。

「……歩」

　ランダムに文字を三つ並べて、それを名前にすることにした。

「あゆむ、と言うのですか。それでは、この国の方ではないということで？」

「え、ええ」

「……いえ、冗談です。このように時を止められるような方が、人間であるはずがないですから」

　そうだった。

　今、この場にいる大量の見物人たちの顔の上に、灰色の陰がのさばっていた。

　時が止まっている証拠である。

「……ところで、あの子をどうにかしなくては……」

　善治は、ムンジャの方を見やる。その後、止まった人波の外側を迂回して処刑場まで走りだそうとした。

「……どこへ行くの」

「あの子を助けなくては……」

「無茶よ。あんなに高い所に普通の人間が登れるはずがないわ」

「……では、どうすれば……」

　私なら、彼女を持ち運ぶことなど、わけもない。

「……彼女のことは、あきらめるしか……」

　思いつきの言葉を、口にしていた。

「そ、そんなことはできません！　確かに、もう生きているのか、死んでいるのかもわからないかもしれないですが……。このまま野放しになんて……」

「あの子を助け出して時を動かせば、混乱が生じるわ。……それに、おそらくどの道この街は、無神論者たちの襲撃によっておしまいよ」

「……では、このまま立ち去るしかないというのですか……？」

　今回ばかりは。

　今回ばかりは、目の前の悲劇に、見てみぬふりを貫かなくてはならない。

「……ひとつ方法があるなら」

　見てみぬふりを。

「あの少女の魂を、別の器に移すのことなら」

　無視を決め込まなくては。

「あの少女はもう虫の息。しかし、あの少女から新たな人間を精製して、縁のある人間のもとへと送り届けることなら、私には可能よ」

　……干渉を、連鎖を、断ち切らなければ。

「……不思議ですね。荒唐無稽な話のはずなのに、あなたの言うことが嘘だとはまったく思えない……。お願いがあります。ぜひ、そうさせてあげてください。僕はただの通りすがりの者ですが、もうこの縁を、経験を、忘れ去ることはできそうにないのです」

　……快刀乱麻を、断たなければ。

　だというのに。

「……仕方ありません」

　どうして私は、あの少女をこの腕で抱いているのだろう。

　気を失った彼女の全身を、額にしわを寄せて眺めているのだろう。

「……こんな……むごい……。いったい誰がこんなことを……」

「……この子の父親だわ」

「……目を、目を覚ましてください……」

「……無理ね。まだ死んではいないけれど、おそらくもう目を開くことはないわ」

「……まるで……」

　善治は、膝も肘も地面について、うなだれた。

「その父親とは、まるで僕のようだ……」

「……それは、どういうことかしら」

「僕には息子がいるんです。でも、僕は息子をほったらかしにして、罪滅ぼしのように別々に暮らして……。もう、見通しが立たないんです。あの子の前では意地を張ってしまいますが、本当は罪悪感でいっぱいなんです……」

　そう言って、彼は嗚咽を漏らした。

　その嗚咽を聞くのは私だけだった。

　きわめて人間らしいと思った。

　不器用で、不用心で、不安症。

「歩さん、お願いがあります」

「……なにかしら」

「……生まれ変わったこの子と、僕の息子とを会わせたいのです」

「……なぜ、そう思うのかしら」

「僕の息子は母国で一人暮らしをしています。あの子には人と触れ合う経験が足りません。……それに、共感感情が足りません。もちろん、それはすべて僕の責任なのですが……」

「わかったわ」

　私が今まで承認を拒んできたものを、今この場で承認しようとしている。

「え……？」

「もう言いたいことはわかった。ここで会ったのも何かの縁だと思うわ……て私が言うことでもないでしょうけれど。その代わり、あなたの息子の特徴を教えてもらうわ」

「……わかりました。えっと、まず名前は……」

「急ぎなさい。あまり時を止め続けたくないわ」

　私は、彼からその息子の情報を教えてもらった。

　趣味。体長。性格。血液型。思想。国籍。

　そのモデルの人間に最も適合する人物のモデルを、頭の中で演算・イメージする。

　だいたいの像が、浮かび上がってきた。

「あなたの願いは、叶えてあげるわ。……おそらく、私の願いでもあるだろうしね……」

「……それでは、僕の息子をよろしくお願いいたします」

「ええ。では、手遅れにならないうちに……」

「そうですね……」

「転生を……」

　頭の中の像を、現実世界に投影する。

　銀色の髪を持つ、小柄な少女が映し出された。

「……すごい」

　それは、決定的な行為だった。

　もう、後戻りはできない。

　自分が定めた戒律を、また破ってしまった。

　魂を、ムンジャからその少女へ移す。

　私の姿を見ることができる善治でさえも、この作業を視認することはできないだろう。

「……もう、終わったのですか」

「ええ。あっという間よ。あとは私の判断で、この娘はいつでも動き出すわ。……それと同時に、こちらの少女には、もう魂は残っていないわ」

　それを聞いた善治は、ムンジャの遺体に向かって手を合わせた。

　私も、見よう見まねで祈った。

「……さて、あなたはどうするの」

「僕は、この国で活動を続けます。この活動が終わったら、母国に帰るでしょう」

「……そう。帰ったときに、また息子さんと会えるといいわね」

「……はい」

「安心しなさい。この子……ええと、名前はムンジャというらしいのだけれど……。この子の遺体は、私の方で埋葬しておくわ」

「……わかりました」

「……また、あなたの母国で合流しましょう」

　それから。

　雪の積もったとある公園に、私と善治、そして私の創り出した少女の三人が集まった。

　少女を起動する。

　いろいろなことを教えた。

　核心をぼかして、この世界のシステムについて教えた。

　プラスの感情が供給されないと世界が崩れていくルールは、常に興奮を保ち続けないと世界が滅びるという説明でごまかした。

　かつて、転生者に対して相性のいい人たちが存在していたことにも言及した。

「……ええと、なんとなくわかりました」

　もっとも、この娘はあまり賢く創られてはいないから、少し不安もあったが。

「この公園で待っていれば、おそらくその少年は来るはずよ」

「……どんな人なのでしょう……」

　善治が、腰を下ろしてその娘の目線に合わせて、こんなことを言った。

「僕の息子は優しいから大丈夫ですよ」

　あの紛争地域で善治と出会ってから、親子関係についてまたいろいろと聞いた。

　この父親が良い人間なのか悪い人間なのか。罪があるのかないのか。そのような人間の間だけで通じる道徳の問題について、私には安易な判断はできなかった。

　しかし、このセリフだけは、おそらく父親としての良心なのだろうなと、思った。

　結局、ナティの信者たちは、あの後ほとんどが殺された。

　どの国も、これで宗教は撲滅されたと宣言した。

　尤も、ごく一部の人間は生き残り、また自分たちの信仰を再建しようとしている。

　しかし、その努力も、最後は無に消えてしまうのだろう。

　それで、本当にいいのだろうか。

　私は、ひとつ決意をした。

　それは、全世界の人間に対する反逆。そして、すっかりねじ曲がってしまった秩序の尻ぬぐいだった。

次で最終話です。