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Passionate Sympathy  作者: 梅衣ノルン
第4章 Passionate Sympathy
42/44

終わりが始まり、始まりが終わる

☆登場人物☆


・????


・????


・???


・????


・????


・????


・????


・????


・????


・???


・???


・???


・????


・??


 小さな質点と質点の物語の集結を、一寸先に見た。

 ふたつの質点は一糸まとわぬ姿で寄り添い、複雑な振動現象を経て安定期に突入する。

 それが、俺たちだった。

 ――服を着る意味さえ、この世界は失った。

 両者の思考が、内外の有無を問わず流れ込んできた。

 ――私も、その感覚を意識した。

 自問自答のサイクルと、錯覚しそうになる。

 ――私もそう思う。しかしこれは、あくまでふたりの間のやり取りなのだと。

 果たしてそうだろうか。

 目の前にあくまで彼女がいるのに、俺は自分の中の幻の投影のように思えてならない。

 ――それは、おそらく重要な問題ではないのだろう。投影も現実も、像という意味では等しい存在であると説明できるだろうから。

 ああなるほど。納得した。

 でも、それでは自己と他者とは、いったい何が違うのだろう。

 ――私も、それはこの一か月くらいの人生の中で、度々考えてきた。

 自己と他者とは、もっとはっきり区別できる概念だと思っていた。

 ――自己と他者。まったくの正反対の概念だと、多くの人は考えるのだと思う。

 でも、はたしてそれは正反対なのだろうか。

 ――自己から見れば他者である存在も、その存在がその存在を観測すれば、それは自己なのだ。

 なるほど。同じ存在でも、観測者が違えば違う言葉に置き換えられる。それでは自己と他者は正反対とはいえないのか。

 ――それならば、自己と他者の区別とはなにか。今、ふたりの思考がリンクしているこの状況では、果たしてその境界線はどの集合に属するのだろう。

 いや、それほど複雑な考えは必要とされないのではないか。要は、今のこの現象は、あくまで相互作用のひとつだ。

 ――相互作用とは。

 あいさつをしたり、世間話をしたり、愛し合ったりすることだ。

 ――相互作用が、自他の境界を曖昧にするのか。

 それもそうだし、今、この世界はあるひとつの存在に収束しようとしている。それこそ、宇宙の特異点に。

 ――確かに、私の脳がその直感を訴えているのがわかる。その過程で、境界が曖昧になってきているということか。

 俺もその考えだ。この世界は、そろそろ、複数の個体が存在することすら、危うくなってきているのだ。

 ――この世界のシステムが、朽ち行く過程だった。

 彼女は、今、辛くないのだろうか。自分を責めて、ふさぎ込んではいないだろうか。

 ――罪の意識は、彼のおかげで捨て去ることができた。

 ああ、安心した。ふたりの存在がひとつの状態に収束したとしても、それはあくまで複数として存在し続けるのだと、俺は感じている。

 ――その予想は、おそらく正しい。

 さて、これからなにをしようか。

 ――ふたりしか残っていないのなら、できることは限られている。

 俺は、和田さんと会って、誓った。最後までこの状況を抗って見せると。

 ――抗うとは、歩さんに抗うということか。

 そう。俺は知識も思慮もないからよく分からないけれども、一面白い世界に男と女が裸体で存在するこの状況は、まさしく神話の一ページを飾るのではないかと。

 ――神話。生まれ変わりの前の記憶まで辿ってみても、その言葉は見つからなかったけれど、彼の考えていることはなんとなく分かる気がした。

 ある、決定的な行為。ある、決定的な反逆。それを今から、俺たちの手で作る。

 ――でもそれは、以前彼が否定したことだ。

 そうだったかもしれない。それは、かつては社会通念上許されない行為だった。しかし、もはやここは社会ではない。

 ――そうだった。ならば、どこまでも協力しよう。協力以外の行為が許されぬ世界なのだから――


------------------------------

 記憶が吸収され記録され、新たな個体を創り出す。

 ふたりは互いにその名前を呼びあった。

 彼らふたりの行為に意味がないことを知っている私は、ただ声を押し殺して見守る他ない。

 そう。

 彼女は、子供を身ごもることはできない――

 神話のように、うまくはいかないのだ。

 反逆の因子を創り出す彼らの計画は、最初からなしえることなどなかった。

 そんな残酷な結末の素地を作ったのは、紛れもない私だ。

 この世界は、もう彼らふたりしかいないという訳ではない。

 私も存在する。

 私はこの世界の責任者として、最後の最後まで行く末を見守らなくてはならない。

 社会を失った世界。

 これは、果たして私が望んだ世界だったのだろうか。

 昔出会った、彼の父親の望んだ世界だったのだろうか。

 無残に人生を踏み荒らされた、彼女の過去の先人たちの望んだ結末だったのだろうか。

 もう今から、取り返すことはできないのだろうか。

 最後まで、現状に抗う彼らを目の当たりにして。

 私は、果たして本当に人間を嫌っていたのだろうか。

 共感を忘れ、協働を捨て、自己の循環だけに時間を浪費していった彼ら。

 それは、果たして間違いだったのだろうか。

 私にですら、理解するには難しすぎることだった。

 ひとつだけ、はっきりしているのは。

 このシステムの尻ぬぐいを行うのは、彼ら人間のする仕事ではないということ。それだけだった。

------------------------------


 殺された群衆の中で、人類最後の愛を語る。


 監視者の立場である社会が失われているならば、名前を呼びあうことに意味はあるのだろうか。

 ――相互作用という見地から立てば、それに意味はまだ残っている。

 新たな生命が誕生したとして、それに反逆の力はあるのだろうか。

 ――形而上の存在しか残されていないこの世界なら、その可能性は十分にあるのではないだろうか。

 もっと、動いてほしい。

 ――彼と私の繋がった部分が光を放ち、時間の進行をせき止めんと伸びる。

 もっともっと、彼女と分かりあいたかった。

 ――共感の極致。それに登り詰めていたかった。

 互いの無言さえ聞き取れる間柄で、いたかった。

 ――ああ、ここまで来て、ようやく理解した。生まれ変わりの前の私が経験していたナティスメティア(沈黙の儀式)の、本当の意味を。

 そうだ。無言には価値があったんだ。

 ――無言は、無ではない。

 相互作用は、無から生まれる概念なのだろう。常識では理解できないその考えの真偽は、神のみぞ知るのだろうと思う。

 ――そろそろ、終わりを迎える。

 その予感が、俺にもわかった。

 ――これまでの人生、楽しかった。勉強になった。


 俺も――









 彼女のぬくもりが、消えた。

 役割を終えた生殖器は、空中に舞いあがり四散した。

 この世界は、なにもかもを失った。

 俺は、何もない地面に、受刑者のように座っていた。

 もう思い残すことはなかった。


 そう思っていた。


『ご主人様、これから先、将来末永く、私をいっぱい興奮させてください!』

『寒かったです……。あったかい上着が欲しいです……』

『え、だってご主人様が『パソコンを使ってネットサーフィン』をしろと……』

『……謝り方くらい知ってます』

『メイドはこういうことをするみたいです。膝枕というらしいです』

『ご主人様、最近、何をそんなに思い悩んでいるんですか?』

『これ、全部、私のせいなんですよね……』

『……だったら、こんな、自分で自分を傷つけること、やめてください……』


『……私の好きな人は、ご主人様だけです!!』


 俺は、右腕をそっと持ち上げた。

 持ち上げたものを全力をこめて振り下ろすことで、それを自傷として、解決を試みようとした。

 ……腕が。

 意志が。

 石像のように固まって、動かなかった。

 これは誰の命令だ。

 俺か、彼女か。

 自傷さえ失ったこの世界か。

 俺は困り果てた。

 この泣きたいくらいの気持ちが自傷で解決できないなら、いったい何をどうやって解決すればいいのか!

 ……そこまで考えて、俺は気付いた。

 答えは、もう目の前に現れていた。


 目から。

 頬へ。


 頬から。

 口元へ。


 口元から。

 空へ。


 目の前に現れたその答え。

 それが頭から足先まで、俺の身体と心とを埋め尽くし、一個の情報の集合体となる。

 自傷では生み出せないそれを、涙は持っていた。

 ついに俺が消え始める。

 後悔が、波のように襲ってきた。

 心が完全に消失していない限り、人間の弱い部分を最後まで隠し通すことはできなかった。


 雪とも見まがう、この白い世界で。

 俺の後悔の涙は一本のリニアとなって、宇宙の外側へ旅立った。

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