終わりが始まり、始まりが終わる
☆登場人物☆
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小さな質点と質点の物語の集結を、一寸先に見た。
ふたつの質点は一糸まとわぬ姿で寄り添い、複雑な振動現象を経て安定期に突入する。
それが、俺たちだった。
――服を着る意味さえ、この世界は失った。
両者の思考が、内外の有無を問わず流れ込んできた。
――私も、その感覚を意識した。
自問自答のサイクルと、錯覚しそうになる。
――私もそう思う。しかしこれは、あくまでふたりの間のやり取りなのだと。
果たしてそうだろうか。
目の前にあくまで彼女がいるのに、俺は自分の中の幻の投影のように思えてならない。
――それは、おそらく重要な問題ではないのだろう。投影も現実も、像という意味では等しい存在であると説明できるだろうから。
ああなるほど。納得した。
でも、それでは自己と他者とは、いったい何が違うのだろう。
――私も、それはこの一か月くらいの人生の中で、度々考えてきた。
自己と他者とは、もっとはっきり区別できる概念だと思っていた。
――自己と他者。まったくの正反対の概念だと、多くの人は考えるのだと思う。
でも、はたしてそれは正反対なのだろうか。
――自己から見れば他者である存在も、その存在がその存在を観測すれば、それは自己なのだ。
なるほど。同じ存在でも、観測者が違えば違う言葉に置き換えられる。それでは自己と他者は正反対とはいえないのか。
――それならば、自己と他者の区別とはなにか。今、ふたりの思考がリンクしているこの状況では、果たしてその境界線はどの集合に属するのだろう。
いや、それほど複雑な考えは必要とされないのではないか。要は、今のこの現象は、あくまで相互作用のひとつだ。
――相互作用とは。
あいさつをしたり、世間話をしたり、愛し合ったりすることだ。
――相互作用が、自他の境界を曖昧にするのか。
それもそうだし、今、この世界はあるひとつの存在に収束しようとしている。それこそ、宇宙の特異点に。
――確かに、私の脳がその直感を訴えているのがわかる。その過程で、境界が曖昧になってきているということか。
俺もその考えだ。この世界は、そろそろ、複数の個体が存在することすら、危うくなってきているのだ。
――この世界のシステムが、朽ち行く過程だった。
彼女は、今、辛くないのだろうか。自分を責めて、ふさぎ込んではいないだろうか。
――罪の意識は、彼のおかげで捨て去ることができた。
ああ、安心した。ふたりの存在がひとつの状態に収束したとしても、それはあくまで複数として存在し続けるのだと、俺は感じている。
――その予想は、おそらく正しい。
さて、これからなにをしようか。
――ふたりしか残っていないのなら、できることは限られている。
俺は、和田さんと会って、誓った。最後までこの状況を抗って見せると。
――抗うとは、歩さんに抗うということか。
そう。俺は知識も思慮もないからよく分からないけれども、一面白い世界に男と女が裸体で存在するこの状況は、まさしく神話の一ページを飾るのではないかと。
――神話。生まれ変わりの前の記憶まで辿ってみても、その言葉は見つからなかったけれど、彼の考えていることはなんとなく分かる気がした。
ある、決定的な行為。ある、決定的な反逆。それを今から、俺たちの手で作る。
――でもそれは、以前彼が否定したことだ。
そうだったかもしれない。それは、かつては社会通念上許されない行為だった。しかし、もはやここは社会ではない。
――そうだった。ならば、どこまでも協力しよう。協力以外の行為が許されぬ世界なのだから――
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記憶が吸収され記録され、新たな個体を創り出す。
ふたりは互いにその名前を呼びあった。
彼らふたりの行為に意味がないことを知っている私は、ただ声を押し殺して見守る他ない。
そう。
彼女は、子供を身ごもることはできない――
神話のように、うまくはいかないのだ。
反逆の因子を創り出す彼らの計画は、最初からなしえることなどなかった。
そんな残酷な結末の素地を作ったのは、紛れもない私だ。
この世界は、もう彼らふたりしかいないという訳ではない。
私も存在する。
私はこの世界の責任者として、最後の最後まで行く末を見守らなくてはならない。
社会を失った世界。
これは、果たして私が望んだ世界だったのだろうか。
昔出会った、彼の父親の望んだ世界だったのだろうか。
無残に人生を踏み荒らされた、彼女の過去の先人たちの望んだ結末だったのだろうか。
もう今から、取り返すことはできないのだろうか。
最後まで、現状に抗う彼らを目の当たりにして。
私は、果たして本当に人間を嫌っていたのだろうか。
共感を忘れ、協働を捨て、自己の循環だけに時間を浪費していった彼ら。
それは、果たして間違いだったのだろうか。
私にですら、理解するには難しすぎることだった。
ひとつだけ、はっきりしているのは。
このシステムの尻ぬぐいを行うのは、彼ら人間のする仕事ではないということ。それだけだった。
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殺された群衆の中で、人類最後の愛を語る。
監視者の立場である社会が失われているならば、名前を呼びあうことに意味はあるのだろうか。
――相互作用という見地から立てば、それに意味はまだ残っている。
新たな生命が誕生したとして、それに反逆の力はあるのだろうか。
――形而上の存在しか残されていないこの世界なら、その可能性は十分にあるのではないだろうか。
もっと、動いてほしい。
――彼と私の繋がった部分が光を放ち、時間の進行をせき止めんと伸びる。
もっともっと、彼女と分かりあいたかった。
――共感の極致。それに登り詰めていたかった。
互いの無言さえ聞き取れる間柄で、いたかった。
――ああ、ここまで来て、ようやく理解した。生まれ変わりの前の私が経験していたナティスメティアの、本当の意味を。
そうだ。無言には価値があったんだ。
――無言は、無ではない。
相互作用は、無から生まれる概念なのだろう。常識では理解できないその考えの真偽は、神のみぞ知るのだろうと思う。
――そろそろ、終わりを迎える。
その予感が、俺にもわかった。
――これまでの人生、楽しかった。勉強になった。
俺も――
彼女のぬくもりが、消えた。
役割を終えた生殖器は、空中に舞いあがり四散した。
この世界は、なにもかもを失った。
俺は、何もない地面に、受刑者のように座っていた。
もう思い残すことはなかった。
そう思っていた。
『ご主人様、これから先、将来末永く、私をいっぱい興奮させてください!』
『寒かったです……。あったかい上着が欲しいです……』
『え、だってご主人様が『パソコンを使ってネットサーフィン』をしろと……』
『……謝り方くらい知ってます』
『メイドはこういうことをするみたいです。膝枕というらしいです』
『ご主人様、最近、何をそんなに思い悩んでいるんですか?』
『これ、全部、私のせいなんですよね……』
『……だったら、こんな、自分で自分を傷つけること、やめてください……』
『……私の好きな人は、ご主人様だけです!!』
俺は、右腕をそっと持ち上げた。
持ち上げたものを全力をこめて振り下ろすことで、それを自傷として、解決を試みようとした。
……腕が。
意志が。
石像のように固まって、動かなかった。
これは誰の命令だ。
俺か、彼女か。
自傷さえ失ったこの世界か。
俺は困り果てた。
この泣きたいくらいの気持ちが自傷で解決できないなら、いったい何をどうやって解決すればいいのか!
……そこまで考えて、俺は気付いた。
答えは、もう目の前に現れていた。
目から。
頬へ。
頬から。
口元へ。
口元から。
空へ。
目の前に現れたその答え。
それが頭から足先まで、俺の身体と心とを埋め尽くし、一個の情報の集合体となる。
自傷では生み出せないそれを、涙は持っていた。
ついに俺が消え始める。
後悔が、波のように襲ってきた。
心が完全に消失していない限り、人間の弱い部分を最後まで隠し通すことはできなかった。
雪とも見まがう、この白い世界で。
俺の後悔の涙は一本のリニアとなって、宇宙の外側へ旅立った。




