にじみ出る紺碧の日常
☆登場人物☆
・鎌谷善水……かまやよしみず
高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。
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謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。
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「どうしたの? 元気ないね」
俺にそう声をかけたのは、黄金色の美しい髪を持つ少女。
名は岡村美菜。俺のクラスメイト。
昼休みに、俺と美菜は学校の食堂で天ぷらそばをすすっていた。
「昨日はいろいろあってさ……」
俺の言い放った言葉の調子が、あまりにも覇気の無いモノだったのかもしれない。
美菜はそばの丼と箸を置いてから、俺の面を見つめて……、
「人生いろいろあるモノだよ。何があったのかあらいざらい話してごらんよ、善水君」
そう言って筋肉を収縮させて笑った。
美菜は誰にだって優しい。
その優しさはまるで天使……、金髪美少女の天使!
こんなカウンセラーがいたら官僚レベルに儲かることだろう。
「ありがとう、美菜。実は……」
俺はその地上に舞い降りた天使に、晴天のような笑顔に、言った。
「実は昨日、メイド服を着た女の子が俺の前に突然現れて、『私のことを興奮させてください』と言われたんだ」
晴天のような笑顔は曇天の空模様となった。
「えっと……、なんというか……、その……。もう一回お願いしていい?」
「実は昨日、メイド服の女の子が『私のことを興奮させてください』と言ってきた。そして今は俺の部屋にいる」
雲は厚く厚く折り重なっていった。
「あ、私そろそろ行かなきゃ……」
「ちょっ、目を思いっきり泳がせながら席を立とうとするのはやめてくれ! というかそばがまだ残ってるだろうが!」
美菜の笑顔はピキーンと石のように固定されているままで、髪の毛一本すら揺れ動いていない。
「ほら、でも、私……。行かなきゃ」
「これから最後の敵と決闘してくるみたいに言ってもダメだ! つーか昼ご飯放って何処に行くって言うんだよ!」
「あの……。善水君。こんなことを言うのはすごーく心苦しいんだけど……。その手のアニメやゲームの見すぎなんじゃない?」
「人を病んでるみたいに言うな」
「善水君、現実を見よ? そんなファンタジーは起こりえないんだよ? 私でよかったらいつでも相談に乗るから」
ヤンキーにすら笑顔を振りまく学園のオアシス(そう呼称しているのは俺一人だけだが)であっても首をひねらざるを得ないことだったらしい、俺が昨夜経験したことは。
「あの、俺本当に傷つくよ? 俺だってそんなファンタジーは現実にはないと思ってたよ? でもさ、実際に目の当たりにしたんだよ。本当なんだよ、本当。だから信じておくれよ」
俺がそうやって美菜を説得しているところへ、
「よう、善水、美菜。僕も混ぜてくれよ」
わかめそばを持った透がやってきて、俺の隣に座った。
「こんにちは、透君」
美菜がにこっと笑って挨拶をする。
俺たち三人は友達だ。俺と美菜は、透を媒介して知り合った仲である。
「透、お前だけ仲間はずれだな。メニュー的に」
俺のささやかな冷やかしを無視して、透はいきなり俺の肩を引き寄せて、耳打ちするように言った。
「善水う~。君さあ、僕に何か言うことないの?」
「何が」
「僕だって昨日のことに巻き込まれたんだから、色々教えてくれてもイイじゃん。結局あれからどうなったの、君とあの女の子。というか、僕にいろいろと感謝するべき立場だよねえ、君」
透がそこまで話すと、美菜が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして言った。
「透君も、善水君が言ったことを知っている!? ということは、これはもしかして、本当のことなの!?」
透の発言が、俺の発言の裏打ちとなったらしい。
「なあなあ、教えろよ~。見たところかなり可愛い娘だったじゃん。ギャルゲーの中でしか彼女のできない善水君ならほっとくわけないよねえ?」
そばをすすりながら、興味津々な目で俺に近づいてくる二人。
「……仕方ねえな」
俺は二人に、昨日の件についてのいきさつを話した。
「……昨日の地震速報は、そういうことだったんだ」
「ああ、俺も昨日知ったばかりだから詳しくは分からないんだが、感情がマイナスに傾くと世界は滅びに向かって進んでいくらしい」
「まるでその女の子と世界が連動しているみたいだねえ」
いつの間にか全員の食事は終わり、食堂から人も三々五々と消えていった。
俺たち三人は食堂の中心で、作戦会議のように机を囲っている。
「ここで俺から美菜に頼みたいことがある。その女の子を預かってもらえないか? さすがに男子寮の俺の部屋に泊めるのは犯罪だからな」
「え? 善水君が泊めてあげるんじゃないの?」
美菜があまりにも反射的に返答するものだから、俺はたじろいでしまった。
「ずっとそういうつもりなんだと思ってけど」
「僕も。なあ善水。君は女の子を自分の部屋に泊められるチャンスをみすみす逃そうとしているんだぞ? 君はそれでもギャルゲーマーかい?」
「いや、ギャルゲーマーかどうかは関係ないと思うが。というかさ、なんで二人ともそんなにあの娘を俺の部屋に泊めようとするんだ?」
美菜と透はシグナルを飛ばすように目を合わせてから、
「僕たちは君のことを信用してるし、それに……」
「多分、善水君のお父さんも、寮の一人暮らしで寂しいだろうと思ってあの娘を連れてきたんだと思うよ」
そう口にした。
……忘れていた。美菜は誰に対しても優しいということを、この瞬間だけ忘れていた。
俺の父親は、実の息子をそのように心配できるほどの人格者ではない。
……もしそうでなければ、俺はこんな都会の学校には進学していないのだから。
「善水君。そういえば、その娘の名前はどうするつもりなの?」
「……え?」
「そういえばそうだな。善水、あの娘の名前、まだ決めてないんだろ? このまま『名無しさんのレスです』みたいな状態のままって訳にもいかないだろ?」
忘れていた……。
自分のことばかり考えていて、アイツのことを何も考えてなかった。
名前のことばかりではない。
小さい水色のバッグを一個だけ提げていたような気がするが、あの少女はおそらく身の回りの生活品やら日用品やらのほとんどを所持していない。
「……考えておく」
今のところは、それだけしか言えなかった。
「ふーん。ま、精々考えておくことだな。あ、僕からひとつだけ案を提出しておくよ。ずばり『水沢瑞穂』なんていうのはどうだ? 僕のことをお兄ちゃんと呼んでくれるという設定で」
ギャルゲ―キャラかよ。しかもその設定に名前関係ないだろ。
「透君。そんな基準で女の子の名前決めちゃダメだよ。ここはやっぱり可愛らしく……。『岡村瑞穂』なんていいと思うよ、善水君」
なんでかたくなに自分の苗字をつけたがるんだ。そして、なんでかたくなに瑞穂とつけたがるんだ。
「そういえば美菜。今日の朝に先生が『今日は転校生が来る』って言ってたのに結局来なかったねえ」
「私も不思議に思ってたところだよ。何か用事でもあって来れなかったのかな? もしくは雪のせいで交通面でうまくいかなかったとか」
早々に関係のない話題に切り替える二人を見て、こいつらは本当に気楽でいいよなあ、などと思ってしまうのだった。