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Passionate Sympathy  作者: 梅衣ノルン
第4章 Passionate Sympathy
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硝煙・逆光・磁気異常

☆登場人物☆


・鎌谷善水……かまやよしみず

 高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。


・沢渡惟花……さわたりゆいか

 謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。


・水沢透……みずさわとう

 高校二年生。男子。サッカー部員。善水と仲が良い。髪は茶色。


・岡村美菜……おかむらみな

 高校二年生。女子。優しい性格だが、人には言えない趣味があるらしい。セミロングな金髪。


・古井秀理……ふるいひでり

 高校三年生。女子。口数が少ない。仏頂面だが、体型が非常に幼いので可愛がられる。


・鎌谷善治……かまやよしはる

 善水の父。善水にとって反吐が出るほど嫌いな相手。NGOに所属している。


・鎌谷惟子……かまやゆいこ

 善水の母。故人。


・岡村桜一……おかむらおういち

 美菜の兄。大学を卒業後、定職につかずにずっと独自の研究に没頭する。妹と共に人当たりが良い。


・古井壮治……ふるいそうじ

 秀理の父。娘の秀理を可愛がりつつも、将来を見守っている。


・山田舞……やまだまい

 秀理の母。古井舞として壮治と結婚したが、のちに離婚し、姓を旧姓に戻した。


・和田霜……わだそう

 老婆。数十年前に、ある男性と不思議な出会いをする。


・長嶋悟……ながしまさとる

 NGO所属の男性医師。とある研究グループを自主的に立ち上げた。


・ムンジャ……むんじゃ

 ナティを人一倍信仰する少女。


・星歩……ほしあゆむ

 深青色の髪を持つ、神秘的な少女。

 机と椅子しかない教室を、ゆっくりとなぞる。

 かつての俺の居場所だとは、到底思えなかった。

 教室の中は、想像以上に汚れていた。

 もっと綺麗だと思っていた。

「……あれ?」

 唐突に、教室にざわめきが戻ってきた。

 皆が皆、思いのままに過ごしている休み時間。

 いつも過ごしていた、今となってはとても居心地よく思えるその空間が、差し込まれた。

 時間が戻ったのか、座標が狂ったのか、いまいち判然としない。

「おい、善水。いつも隣にいた彼女さんはどこに行ったよ?」

 クラスの男子がふたり、藪から棒にそう尋ねてきた。

 ……そうか。

 確かに、この教室にいないクラスメイトは、あいつだけだ。

「……さあな」

「ふーん。どこに住んでるかとか、知らない訳?」

「そうそう。彼氏なら知ってて当然というか?」

「あいつは……」

 こんなことを口に出すのは、重かった。

「……いつもは俺の部屋に住んでる。けど、愛想尽かされてどこかに行っちまったよ」

 その時。

 クラスのざわめきが、ぱっと消えた。

「……え?」

「……なにそれ、冗談かよ?」

「……()()()()()()()()()()()? 嘘じゃないよな? 一発で退学ものだろ? それ」

「……というかさ、そもそも」

「……なんで()()()()()()()()()()()()()()、授業を受けてたんだ?」

「……いやまて、そんなことより……」

「あの人の名前って、なんだっけ?」


「……は?」

 ぴんと張ったピアノ線のような空間が、ざわめきを持って胎動をはじめる。

「え、何で今更、そんなことを……」

 瞬間的に発破される、圧倒的な、違和感。

 いや違う。

 違和感が、今この場において、一斉にシャットアウトされた。

 そう。

 ()()()()()()()()()

 これこそが通常の世界……。

 それならば、今まで汚泥のように溜まり続けたこの違和感とは、そもそもどこから生まれたのか?

「……まさか」

 まさかもなにも、それしかない。

 歩が、何らかの手段をもって、この教室に違和感をもたらしたのだ。

 惟花が溶け込める場所を作るために……。

「ふざけてる……」

 いったいどこまで、俺はあいつに振り回されなくてはならないのか。

 俺は教室を逃げ出した。

 追いかけてくるものは、誰もいなかった。


「う……!?」

 地面が揺れた感覚がした。

 地震……?

 いや、振動の方向が、次元のレベルで異なっている。

 瞳に映る世界が、目まぐるしく変化していった。

 一秒後に、違う国の情景が映る。

 山の奥。カラフルな街並み。大企業。氷床。

 二分ほど、この現象が続いた。

 狂った映写機の映像を見せられているようなこの状況を通じて、俺は吐いた。

 喉の奥がひりひりとした。

 しかし、嘔吐物特有のきつい臭いは、まったくしなかった。

 もう、この世のあらゆることに疑問を持つだけ無駄だった。

 ひとつずつ、アトランダムに概念が消えていくこの世界では、その行為の評価は失笑の二文字に尽きる。

 とにかく、改めて目を開けた。

 そこは誰もいない教室だった。

 いや。

 ひとりだけ、存在していた。

「透……」

 随分と、久しぶりの再会のような気がした。

 今にも発狂してしまいそうなくらい、険しい顔だった。

 しかし、俺は一瞬で透だと見抜いた。

「僕の聞きたいことが分かるか?」

 透は、一歩近づいてきた。

 距離は、あと三歩だけ離れている。

「クイズだ」

「……なんの、クイズだ」

「……今、この三人の中で、一番辛いのは、さて誰だ?」

 俺は、湿った微笑を浮かべた。

 さて何年前のやり取りだったかと考え始めたところ、つい一か月前の話だったことを、ただただ再確認した。

「僕か」

 一歩。

「お前か」

 二歩。

「……それとも、あの娘か」

 三歩目は、片足だけ突き出した。

 そして、もう一方の足が尾を引くように伸びてきて、俺は足元をすくわれた。

 近くにあった机に頭が激突し、鈍い痛覚に身をゆだねていると、首元が締まる感覚とともに、ある浮遊感が足元から伝わってきた。

 胸倉をつかまれたのだ。

「……答えろ」

「……断る」

「なぜだ」

「……俺だって、苦しいからだ」

 透は、黙ったままだった。

「そんなに気になるなら、透、お前が様子を見てきてやれよ。俺はもう限界だ。……そういえば、お前、密かにあいつのことを狙ってた時期もあった気がするな。あと二日だってよ。いや、もしかしたらあと一日かもしれない。世界が終わるまで。ちょうどいいじゃん。行ってやれよ。俺はもう、あいつがどこにいるのか、まるで見当がつかない。無理だ。別にいいだろ。この際誰だって。突然違う場所にいたり、時間が戻ったり先へ逃げていったりするこんな訳の分からない状態じゃ、もう何もかもが宙ぶらりんで、確証がなくて、未練さえ消えて、もうどうにもならないじゃないか」

 どうして俺は、こんなに言葉が出てくるのだろう。

 この期に及んで。

 きっと、ここが心落ち着く場所だったからだ。

 そう。

 内外の区別が、ないのだ。

 だから、心に秘めた世界観があますことなく、外に共有されるんだ。

 それが、言葉という現象として、視覚化されているだけなのだ。

「お前、サッカー部だったろ? いつもサボりまくってたよな。何が楽しくて入ってたんだよ? いつもきっぱりとしたお前にしては、唯一解せないことだった。だって、意味がないだろ。嫌いな部活にいやいや入っててもさ」

「そんなことは、今関係ないだろ……!」

「そうだな。関係ない。でも、それと同じように、惟花のことは俺には関係がない。あいつはあいつ。俺は俺。……なあ、お前も同じような考えなんだろ? 遊園地に行ったときだって、お前はそう言っていたよな? ならいいだろ。……いいからその手を離せよ!」

 透の手を払いのける。

 透の足が伸びる。

 俺は再度転ばされる。

 顔面に、亀裂が走った。

 口の中に、粘性の液体が広がり、気持ち悪かった。

 目の前の顔が、激昂していた。

「善水……。ふざけるな……。ふざけるな!」

 目が消えた。

 違う。背景が消えた。

 また、背景が点灯した。

「お前はこんなところにいたら駄目だろ! 早くあの娘のもとに行けよ! 別にあの娘のために言ってるんじゃねえ! お前自身が、もう耐えられてないだろ!」

 顔面に負った傷をかいくぐって、かろうじて目を半分だけ開けた。

「……別に、俺じゃなくてもいいだろ」

「お前じゃなきゃ駄目だろ! 僕がさっき言ったことが分からないのか! 全部お前のせいなんだよ! お前が勝手に落ち込んで、お前の責任で今こんな状況になってるんだよ!」

「……どういうことだよ……。もっと分かりやすく言えよな……」

「干渉するなら、人に干渉するなら、最後まで干渉しろってんだよ! 途中で放り出すんじゃねえよ! なんで僕が部活をやめないか分かるか! 途中で放り出したくねえからだよ! 一度作った関わりも、一度塗りたくられた後悔も、途中で放り出したくねえんだよ! ……最後まで面倒見るのができねえんだったら、なんであの娘の告白に応えたんだよ!」

「……それは」

「失礼だと思わないのかああああ!!」

 打撃音。

 狙撃音。

 噴火の音に、津波の音。

 携帯のアラートの音。

 氷河が崩れる音。

 愛が散る音。

 透の声。

「……え」

 気づけば、そこは外だった。

「透……?」

 顔面の傷は、すっかり回復していた。

 喉の調子も、まるで何事もなかったかのように、元に戻っていた。

「透……透!」

 俺はあの男の姿を探す。

 いつまでもあの姿を心にとどめておきたいのに、記憶が、因果が、次々とほどけていった。

 背景は、もはや白しかない。

「透! いるなら返事をしろ! 透!」

 探そうとして走り回っても、それは探していることにはならなかった。

 呼びかけても、それは呼びかけていることにならなかった。

 それを知って、俺は膝から地面に崩れた。

 拳を作って、床を殴った。

 我を忘れたように殴った。

 ここは、おそらく、惟花と出会った公園だ。

 ベンチも仮設トイレも、ブランコも滑り台もなかった。

 あのメイド服の後ろ姿も、なかった。

 殴った。

 実質的に、瞬間的に五十回殴ったことに規定された。

 腕が波のような痛みを覚えたときに、俺は腕を振るのをやめた。

 いつぶりの自傷だったか。

 それを、うまく、思い出せなかった。

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