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Passionate Sympathy  作者: 梅衣ノルン
第4章 Passionate Sympathy
37/44

時間軸的正規分布定理

☆登場人物☆


・鎌谷善水……かまやよしみず

 高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。


・沢渡惟花……さわたりゆいか

 謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。


・水沢透……みずさわとう

 高校二年生。男子。サッカー部員。善水と仲が良い。髪は茶色。


・岡村美菜……おかむらみな

 高校二年生。女子。優しい性格だが、人には言えない趣味があるらしい。セミロングな金髪。


・古井秀理……ふるいひでり

 高校三年生。女子。口数が少ない。仏頂面だが、体型が非常に幼いので可愛がられる。


・鎌谷善治……かまやよしはる

 善水の父。善水にとって反吐が出るほど嫌いな相手。NGOに所属している。


・鎌谷惟子……かまやゆいこ

 善水の母。故人。


・岡村桜一……おかむらおういち

 美菜の兄。大学を卒業後、定職につかずにずっと独自の研究に没頭する。妹と共に人当たりが良い。


・古井壮治……ふるいそうじ

 秀理の父。娘の秀理を可愛がりつつも、将来を見守っている。


・山田舞……やまだまい

 秀理の母。古井舞として壮治と結婚したが、のちに離婚し、姓を旧姓に戻した。


・和田霜……わだそう

 老婆。数十年前に、ある男性と不思議な出会いをする。


・長嶋悟……ながしまさとる

 NGO所属の男性医師。とある研究グループを自主的に立ち上げた。


・ムンジャ……むんじゃ

 ナティを人一倍信仰する少女。


・星歩……ほしあゆむ

 深青色の髪を持つ、神秘的な少女。

------------------------------

 ……完全体?

 ……探究?

 私の頭の中に入りこんでくる、この記憶はなに?

 ……いや違う。

 外部から与えられた記憶じゃない。

 これは……他でもない私が、今まで奥底に詰め込んでいた記憶だ。

 ……砂漠。

 土。

 硝煙。

 先の見通しも、時の流れも見失ってしまいそうな、こんな過酷な状況で、汚い地面に膝をついて何やら祈る少女がいた。

 汚しっぱなしの黒髪の子。

 それが、私……?

 そ、そんな……!


「うわああああああああ!?」

 私は、頭を抱えて絶叫する。

 灰色の雨が降りしきる、遊園地の真ん中で。

 自分が、自分ではない感覚。

 他人という物理的存在が、無理やり身体の細胞ひとつひとつに、押し合いへし合い入りこんでくる。

 この世で最もおぞましい感覚……。

 害虫が口から入ってくるくらいには、そう思った。

 不完全な記憶の復元。

 そのプロセスの接続部を無理やり引きちぎろうと、首を振り、叫び、叫んだ。

「……ねえ。あなたは、私のことをどう思うの?」

 不意に、目の前の彼女が問うてきた。

「恨んでいるかしら? それとも、感謝しているかしら?」

 答えられなかった。

 というより、それは本質的な問題ではなかった。

 もっと本質的なことは、人類は、私は、いったい何を目標に据えて生きていかなければならないのか、ということだった。

 私は耐えられるだろうか? この先。

 こんな()()()()()()()()を、中途半端に知ってしまって。

 そして、私は世界のシステムの反作用として生まれたのだという事実を、具体的に知覚してしまって。

------------------------------


「……なあ、惟花」

 まだ暗い、早朝。

 いつのまにか寝ていた俺は、寝息を立てずに布団にうずくまっている彼女に、独り言のように声をかけた。

「たまには、学校でも休んで外に出てみないか。デートしよう」

 言葉の反応は、ない。

 代わりに、彼女の布団が少しだけ揺れた。

「いつまでも部屋の中にいたら、心が淀んでしまう。気分転換だ」

 やはり、もぞもぞと布団が揺れ動くだけ。

 俺は、惟花の腕を取り、無理やり起こした。

「……あ、おはようございます……」

「おはよう。ほら、朝ご飯は作っといたから食べてくれ。制服には着替えなくていい。今日は休みってことにして遊びに行こう」

 彼女は、おぼつかない足取りで、表情一つ変えずにクローゼットに向かう。

 髪が、少しボサボサになっている。

 ここ最近、惟花は風呂にも入っていない。

 俺は、こたつの上に朝食の皿を乗せる。

 制服ではなく、デパートの時に俺が選んだ服を着て、ぼそぼそと朝食をとりはじめた。

 無言だ。

 これまでの経験から、無言には、いい無言と悪い無言の二種類があることを、俺は知っている。

 互いが互いのことを良く分かっている者同士のあいだで発生するのが、いい無言。

 雲がかかったように、相手の気持ちが全然つかめない状況で泡立ち始めるのが、悪い無言。

 これは、明らかに後者だ。

 でも、俺は何も気の利いたことを言ってやることができなかった。


 惟花を連れて外に出る。

 もう、そこに見知った景色はなかった。

 逃げ惑う人々。

 荒れ狂う風。

 離散的に溶けだすビル群。

 阿鼻叫喚という言葉そのものの具現化だった。

「ご主人様……」

「なんだ?」

「これ、全部、私のせいなんですよね……」

 そうか。

 こいつへの当てつけのようになってしまった。

「いや、まったく関係ない」

「嘘ですね……」

「嘘じゃない。本当だ」

「嘘です。だって、あの人が言ってたんですから……」

 そうだ。

 きっと俺のもとに来る前から、歩がこのシステムについて言及していただろう。

「気にするな」

「そうですよね。気にしたら、ますます落ち込んで、そしてますます状況が悪化しちゃいますもんね……」

 惟花は、何か間違ったことを言っているような気がした。

 でも、俺はそれが具体的にはよく分からなかった。

「あいつによると、世界の寿命はあと三日らしい」

「そうですか」

「だから、残りの三日は遊び倒そう」

 なんで、こんな慰めにもならない言葉しか、発せないのだろう。

 これでは、もう仕方ないと諦めてるも同然だ。


 無計画に、街を練り歩く。

 冬というのに、汗ばむほど暑かった。

 今日は、珍しく晴れていた。

 空には、雲一つない青空が広がっている。

 それが、かえって世界の歪さを醸し出していた。

 テレビが、報道が、ひっきりなしに吠える。

「……の国で大規模な火災が発生。約五百人が死亡……」

「……の地域で難民による大虐殺が勃発……」

 それらすべてを聞き流して、二人は消えゆく街を練り歩く。

 当てどもない旅を、続けた。

 平日の朝の割に妙に人の少ない、街の中央部にある交差点へ着く。

 デパートに行ったときに二人で見上げた、あの大きなテレビがあった場所だ。

 思い出に付けられた傷を舐めて癒やすように、どちらともなく二人はそれを見上げる。

 多忙を極めたキャスターが、しどろもどろな母国語で、こんなことを喋った。

「……の国で、ある宗教の残党たちが『愚かな実益主義者、機械論者は自害せよ!』などと書かれたプラカードを提げて国を横断……ナティという文字を掲げて練り歩く彼らは、この現代で唯一の宗教信仰者である主義者たちであると知られており……」

 瞬間。

 彼女は最も不幸な記憶を体現する。

「……あ」

 黒目が、収縮していた。

「ど、どうした?」

「あ……あ……!」

「大丈夫か? しっかり気を保って……」

「わ、わた、私は……!?」


------------------------------

「あの子のお母さんって、どうしたんだっけ?」

「十歳の時に死んだらしい。まああの歳での出産は生き残る方が稀だから」

「お前はナティの異端児だ! 邪教徒だ!」

「……どうして、あの子、いつもひとりで何もない場所に向かって祈っているの?」

「処刑されるらしいよ……」

「処刑? 政府がか?」

「いや、ただ、あの家の男が、娘をあれを使って殺すらしい」

「ああ、あれか。還元の儀式というあれか……」

「本当に連れてこられたな……」

「異教徒は出ていけ! 異教徒は出ていけ!」

「浄化せよ! 浄化させよ!」

「……目を覚ましてください……!」

「これは、私は……」

「……どうするおつもりで……」

「そうですか……それなら、僕の息子をよろしくお願いします……」

「……では、手遅れにならないうちに……」

「そうですね……」


「転生を……」

------------------------------


「うわああああああああああああ!」

 少女は、逃げ出した。

 座標の概念すら失いつつあるこの時空で、とにかく即席の原点を定義した彼女は、そこから一直線に逃げ出した。

「待ってくれ!」

 俺は追いかける。

 もう訳が分からない。

 こんな状況、予想できるか?

 生まれたときに。彼女と出会ったときに。彼女と恋仲になったときに。

 できる訳が、なかった……。

「来ないでください! 私は、私は邪教徒で! 血が、血が汚れていて……!」

「なにを言ってる! 頼むから止まってくれ!」

「ごめんなさい! こんな自分なら、もういない方がましです! ご主人様は私のことを忘れてください!」

「忘れてもどうにもならない! 俺はもう忘れてもどうにもできないんだ! だから無理だ! だから、せめて、何があったのか教えてくれ!」

 少女は路地裏に逃げ込む。

 人ひとり通れるかも怪しい、細く暗い道を、ひた走る。

「見失った……」

 それでも、追いかけなければ。

 でも、追いかけたところで、どうなる?

 俺は、どんな言葉をかけてやれる?

 走り続けた。

 思えば、あいつが最初に俺の部屋に来たその夜も、俺は走った。

 その時は、確かに極限まで簡略化された分水嶺だったんだ。

 だから、あいつにたどり着けた。

 俺は、大通りに戻る。

 分かれ道は、もう、絶望的なまでに、無限のかなたまで延びていた。


 きっと、世界が未分化されてきている。

 宇宙が生まれたその瞬間の、複写のように。

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