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Passionate Sympathy  作者: 梅衣ノルン
第3章 Practical Soloist
32/44

>>>>>>>>>>The Blue Side 3>>>>>>>>>>

☆登場人物☆


・鎌谷善水……かまやよしみず

 高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。


・沢渡惟花……さわたりゆいか

 謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。


・水沢透……みずさわとう

 高校二年生。男子。サッカー部員。善水と仲が良い。髪は茶色。


・岡村美菜……おかむらみな

 高校二年生。女子。優しい性格だが、人には言えない趣味があるらしい。セミロングな金髪。


・古井秀理……ふるいひでり

 高校三年生。女子。口数が少ない。仏頂面だが、体型が非常に幼いので可愛がられる。


・鎌谷善治……かまやよしはる

 善水の父。善水にとって反吐が出るほど嫌いな相手。NGOに所属している。


・鎌谷惟子……かまやゆいこ

 善水の母。故人。


・岡村桜一……おかむらおういち

 美菜の兄。大学を卒業後、定職につかずにずっと独自の研究に没頭する。妹と共に人当たりが良い。


・古井壮治……ふるいそうじ

 秀理の父。娘の秀理を可愛がりつつも、将来を見守っている。


・山田舞……やまだまい

 秀理の母。古井舞として壮治と結婚したが、のちに離婚し、姓を旧姓に戻した。


・和田霜……わだそう

 老婆。数十年前に、ある男性と不思議な出会いをする。


・長嶋悟……ながしまさとる

 NGO所属の男性医師。とある研究グループを自主的に立ち上げた。


・????


・??


 思い出していた。

 大昔、とても不幸な少年を見つけた。

 脳の障害を持っていた彼は、両親からの虐待を日常的に浴びていた。

 親から愛を受けず、傷だけを受ける子というものは、もしかしたら、当時はとてもありふれていたのかもしれない。

 しかし、私は立場上、個に深く立ち入ることはしてこなかった。

 でも、今回はたまたま、深入りをしてしまった。

 一度視野に入ってきた卑劣な暴虐を、私は見逃すことができなかった。

 少年は、祈る神を持たなかった。

 環境を考えれば当然だ。

 アザと汗。涙と血糊。

 なぜ人間は分かり合えないのだろう。おそらく、過去や未来を含めたこの世の全ての人間よりも、よっぽど強くそう思った。

 少年の衰弱はとどまることを知らなかった。

 私はひとつの賭けに出た。

 この少年の全ての記憶を消去して、別の器に魂を注ぎ込み、復活ということにできないかと。

 私は右手を振りかざした。

 散らかった部屋の中の風景が、灰色に染まった。

 ちょうど少年の首根っこを握り締めていた女が、人形のように静止した。

 もう少年は、呼吸をしていなかった。

 厳然と死のみが、彼に横たわっているのだと思った。

 もう時間はない。

 私は、私のすべきことだと思い込んでいることを、何かにつかれたように行った。

 それが、すべての始まりだった。


 あれからムンジャと会えないでいる。

 私は人間でもなし、会おういう気さえあれば確実に会えるはずである。

 つまり、私の方が意志薄弱だということだ。

 一日中という言葉すら通り越して、明くる日も明くる日も、常時彼女のことが気になって仕方がないというのに。

 会ってしまえば、私はまた過去の過ちを繰り返してしまうだろう。

 それだけは、絶対に避けなければならない。

 もう、彼女のことは忘れよう。そう思った。


 静寂が、砂の街を代表していた。

 しばらくは、ナティスメティア――またの名を沈黙の儀式――の日が続く。

 信者たちは皆、この期間中は一言もしゃべらない。

 それでも、日常生活に支障をきたしている様子は見られなかった。

 それを見ると、未練というものが私の心(人間ではないが心を持たぬわけではない)を苛んだ。

 信仰心の収束による一体感。自然の同化において通る世界の真実への探求……。

 いくら科学が発達しようと、いくら個人主義が台頭しようと、これらは忘れ去ってしまうべき忌まわしい儀式ではないのだ。

 そもそも、宗教と科学は、対立すべき二者ではない。

 一体化すべきなのだ。

 この街も、ナティという共通認識も、もはや風前の灯火に過ぎないのかもしれない。

 それでも私は、この街の素晴らしい情景が、永久に保存されることを願った。


 戦争はにわかに激しさを増した。

 敵はもう、本気で畳みかけようとしている。

 普通の現代紛争なら、全く関係のない一般市民に争いの火の粉を浴びせる真似は、両者ともしないだろう。

 しかし今回は事情が違う。

 世界は宗教という概念を、塵一つ残さず本気で葬り去ろうとしている。

 この街にいる信者たちが皆殺しにされるのも、時間の問題だ。

 人間を超越した私にできることは、実はそう多くはない。

 そもそも、干渉は必要最小限に抑えられなくてはならないのだから。

 誰がそう決めたという訳でもないが、その制限がなくなってしまえば、世界の秩序は瞬く間に消滅してしまうだろうことも、容易に想像できた。

 ……秩序の消滅。

 今起こっているこの事象も、それの一部なのだ。

 過去の私の、()()()()()()()()()に対しての慈悲、すなわち干渉によってもたらされてしまった、変えようのない事実……。

 これ以上、秩序を乱してはならない。

 私はそう心に決めていたはずだった。


 今日は何やら騒がしい。

 ナティスメティアは終わったのだろうか。

 鈴なりだ。町じゅうの人々が集結している様子である。

 私はそこに移動する。

 とんでもない出来事が、目の前に広がっていた。

 人間でない私は、幸か不幸か、別人のように変わった人間の外見に惑わされず、個を認識できる。

 ガタイの良い男によって、見るに堪えないほどの血だらけの少女が連れられてきた。

「……!」

 それを見て嘲りを浮かべるは、かつての少女の友人たちだった。

「ム、ムンジャ……!」

 いつも祈りをささげていた彼女だ。

 私と対話してくれた彼女だ。

 父親の怒声によってかき消された、彼女だ。

 慟哭でも怒りでもない、憐憫でもない。

 彼女をほったらかしにしたという意味での後悔でもない。

 ただ、大昔の少年を助けたときの軽率さそのものを愚直に思い出してしまった私は、感情の激しい振動に身体そのものが支配されてしまう……!

 もう未来の事象の推移は、容易に想像できた。

 彼女はこの大勢の人間の前で、公開処刑にされるのだ。

 彼女の父親が、何やら喋っている。

「私の娘は邪教徒である。野放しにしてはならない。わが同胞の純化のために、これより還元の儀式を行う……」

 前にこの国の中枢部にある本で見たことがある情報の中に、還元の儀式というものがあった。

 要は、異端な徒を殺すことによって、共同体の純化を狙うものだ。

 殺害には、特殊な装置を用いる。

 高さ二十メートルの場所に容疑者をロープで持ち上げ、地面に叩き落とすというものだ。

 異端な徒の殺害。

 宗教ではたびたび起こりうることではある。宗教不要論者たちによって、真っ先に糾弾される事実の一つでもある。

 少女がロープに結び付けられ、高く持ち上げられる。

 どの建物よりも高く。

 ムンジャの父親が手を離せば、彼女の人生はそこで終わる。

 人々の高揚は最高潮に達する。

 今日がナティスメティアであることも忘れて、人々は皆歓喜の声を漏らしている。

 私のすぐ近くにいた、場違いに見えるほどきちんとした服装に身を包んだ、ある一人の男を除いて。

 私に何ができる?

 人一人の命が乗せられた、重大な選択の器が、私の両目を潰しにかかる。

 時を止めて、彼女を救出することなど、物理的には容易い。

 しかし、助けてどうする?

 もうすでに暴虐の限りを尽くされたその幼い身体で、あと何日生き延びられる?

 それとも、また()()を繰り返すのか?

 初めは、あの少年だけで終わらせようと思った。

 しかし、また時がたち、もっとも不幸な少年に相当するほどの不幸を抱えた人間と出会っては、私は彼らを転生させ続けた。

 効用はあった。でも、それは秩序の崩壊の裏返しに過ぎなかった。

 その結果が、これだ。

 負の連鎖のトリガーを、私は引いてしまったのだ。

 今度こそ、その鎖を引きちぎらなければ。

 その時だった。

「やめなさい!」

 隣の男が、外国語でそう叫んだ。

 高揚に包まれた人波の奥まで、それは届いた。

 全員が一斉に振り向いた。

 ……危険な状況。

 これだけの人数がいれば、私を視認できる者も多数混じっているはずだ。

 私は右手を掲げ、時を止める。

 隣の男を除いて。

「……あなたはいったい誰なの?」

 私は問いかけた。

 彼は幸いにも、私が見えているようであった。

 もっとも彼の目に私が()()()()()()()()については、定かではないが。

 よく洗濯された黒いシャツに、黒い厚手のズボン。

 おそらく先進国の人間だ。

 男は答えた。

「僕は、ここにはぐれてしまった一人のNGO団員……鎌谷善治です」

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