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Passionate Sympathy  作者: 梅衣ノルン
第3章 Practical Soloist
30/44

仕切りは跨がないことに意味がある

☆登場人物☆


・鎌谷善水……かまやよしみず

 高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。


・沢渡惟花……さわたりゆいか

 謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。


・水沢透……みずさわとう

 高校二年生。男子。サッカー部員。善水と仲が良い。髪は茶色。


・岡村美菜……おかむらみな

 高校二年生。女子。優しい性格だが、人には言えない趣味があるらしい。セミロングな金髪。


・古井秀理……ふるいひでり

 高校三年生。女子。口数が少ない。仏頂面だが、体型が非常に幼いので可愛がられる。


・鎌谷善治……かまやよしはる

 善水の父。善水にとって反吐が出るほど嫌いな相手。NGOに所属している。


・鎌谷惟子……かまやゆいこ

 善水の母。故人。


・????


・古井壮治……ふるいそうじ

 秀理の父。娘の秀理を可愛がりつつも、将来を見守っている。


・山田舞……やまだまい

 秀理の母。古井舞として壮治と結婚したが、のちに離婚し、姓を旧姓に戻した。


・和田霜……わだそう

 老婆。数十年前に、ある男性と不思議な出会いをする。


・長嶋悟……ながしまさとる

 NGO所属の男性医師。とある研究グループを自主的に立ち上げた。


・????


・??


 暖かい布団に誘われる。

 横になると、どっと疲れが出てきた。

 無意識のうちに、ストレスを感じすぎていたのかもしれない。

「じゃあ、私は惟花ちゃんを探しに行くね。見つかったらまた報告するから」

「ああ、ありがとう。……あと、すまなかったな。医務室まで連れてもらって」

「気にしないで。困ったときはお互い様だよ」

 困ったときは、お互い様か。

 この世の中のすべての人間関係が、そうであったらいいのにと願う。

 美菜と話をする機会はあまりないけれど、彼女の側にいると、いつも心の整理がつく自分がいた。

「ちょっと待って」

 そう思うと、呼び止めずにはいられなかった。

「何?」

「……少し話したいことが」

 そう言えば。

 一年前くらい、まだ惟花が俺のもとに来るまで(あるいは、惟花が生み出されるまで)の間に、美菜に家のことを相談したことがある。

 あの時は今よりも親しくなかったと思うから、要点だけかいつまんで話した気がする。

 相談の内容の仔細までは、もう忘れてしまった。

 いつも海外にいる父親が、忘れたころに電話をかけてくる。ごはんをちゃんと食べているかとか、勉強についていけてるかとか、父親気取りのそういう発言が、たまらなく嫌だった。そんな感じの愚痴だった気がする。

 それに対して、美菜がどう返してくれたかも、あまり覚えていない。

 しかし、忘れてるってことは、それだけ相談の成果があったということなのだと思う。

「……どうしたの?」

「実は……惟花のことについてなんだけど」

 こうして俺は、観覧車の相談とは違って、惟花とその周りの環境について、あの謎の少女についても、ありとあらゆることを、めちゃくちゃな順序で話した。

 話だけで、随分長い時間が経った気がした。

 話さなかったことと言えば、俺と惟花との仲の進展についてくらい。

 和田さんや長嶋さんの存在についても、触れた。

 世界の歴史が近々、悪い結果に終わりそうなことも。

「……それは」

 美菜も、驚きが隠せない様子だった。

 冷静に考えて、理屈ではとらえきれない現象ばかりだ。

 医学的にも、歴史的にも、社会的にも。

「俺は、どうしたらいいんだろう」

「……善水君は、何がやってみたいの?」

「へ?」

「善水君は、善水君がしたいことをすればいいと思う。何かをしなければいけないとか、何もできないとか考えるより前に、何がやりたいかを考える権利が、善水君にはあるよ」

「……そうなのかな」

「世界がどうとか、そういう次元の話以前に、普通の人間として、あれこれ今を楽しんだらいいんだよ」

 抑揚が付随して、彼女の口が語る。

 それを聞いていると、心がすっと軽くなっていくのを感じる。

 相談して正解だった。

「あんなてっきとうな透とはまるで違うわ。ありがとう、美菜」

「適当って?」

「透にも似たようなことを相談したら、惟花がけがをしたら惟花の責任だから、何もするなって……。そんな簡単な問題じゃないって言うのに……」

「……そっか。でも、別に間違ったことではないと思うよ」

 予想外の発言をキャッチしたので、注意深く続きを聞いてみる。

「何もするなっていうより……そもそも何かをしなくちゃいけないっていうことはないと思う。それに、自分は自分、他人は他人っていうのも事実ではあるし。善水君は、もし何か悪い事が起これば、それは自分が悪いと思ってしまうタイプなのかもね。でも、あくまで自分と他人は別の人間だ、ていう認識があれば、いたずらに不安になる必要はないと思うよ」

 俺は、分からなくなってきた。

 相手のため、世界のために躍起になればなるほど、自分の心が死んでいく。

 でも、自分本位がなべて許されるわけではない。

 俺の父親のように。

 どこで折衷をとればいいのだろう?

「美菜は、透の意見に賛同するのか?」

「透君は、まあ、ちょっとひねくれてるかもしれないけど、いい人だとは思うよ」

「まあ、そうかもしれないが……」

「……そうだ。今度、古井先輩も一緒に、皆で私の家に来ない?」

「それはまた唐突な。えっと、美菜は実家暮らしだったっけ?」

「うん。……実は、私の兄がある研究をしていて、それがもしかしたら惟花ちゃんに関係あるかもしれないの」

「……嘘だろ?」

「嘘のつもりはないよ。多分、関係がある。そこで、今日帰ったら、今善水君が話してくれたことをいくつか兄に言ってみようと思うんだけど、別にいいかな?」

 どうだろう。

 いや、透や美菜にも踏み込んだことを話したんだから、ここまで来たらこれ以上誰に話しても同じだ。

「大丈夫だ」

「ありがとう。……えっと、じゃあそろそろ、古井先輩を探しに行っていい?」

「ああ、分かった。長い間話を聞いてもらって悪かった。ありがとう」

 美菜は、座りっぱなしだった身体を少し慣らしてから、医務室を出て行った。

 ゆっくり眠れそうだ。

 美菜に相談すると、こんなにもいい。

 惟花本人の前だと、かえって話しづらいことが、美菜の前ではつまびらかに話すことができる。

 やっぱり、彼女は将来、カウンセラーになるべきだ。

 たとえたった俺だけが、そう呼称するのだとしても。


 窓の外を見てみた。

 でも、俺はまだ、どこかで不安だったのだ。

 分厚い雲が、楽園を包んでいくのが見えた。

 部屋の中に視線を戻した時、ちょっとだけ地面が揺れたのを感じ取った。

 その後、臨時ニュースが聞こえてきた。


 翌日。

 降りしきる雨を部屋の外に、寮の中で昼をつぶしていた。

「雨、やみませんね……」

「そうだな……。どこにも行けやしねえ」

 結局、あの後古井さんは見つかった。

 観覧車の中にいたらしい。

 突飛な行動が多い人だ。きっと、観覧車から見る景色も、普通の人が見る景色とは全く違っているのだろう。

 あと、透から、いきなりいなくなったことを怒られた。

 まあ誰だって、ジェットコースターで隣に座っている友人が突然消えたら、そりゃ驚く。

 病院で、謎の少女が忽然と消えた。透から見た俺も、同じような感じだったのではないかと思われる。

 なるほど、もしかしたら。

 病院の時に、はたまた遊園地で彼女と別れたときに、突然消えてたように見えたのは、時の静止によって()()()()()()()()()()()なのかもしれない。

 で、結局、説明するのが面倒だったので、とりあえず適当に取り繕ってごまかした。

「そういえば、古井さん、一週間後が入試みたいですよ」

「え、早くないか?」

「試験も一回だけじゃないそうですから」

「そうか……あと一週間か」

 あと七日後。

 なお、明日は美菜の家に行く予定。

 古井さんは変わらず快諾(かどうかは見た目だけでは判断できないが)したようだが、本人の心の中はどうなのだろう。

 まあ、あれだけ勉強しているし、模試で結果も出ているらしいから、案外、余裕の心持なのかもしれない。

「ところで……。そろそろ聞いてもいいですか?」

「……ああ」

 遊園地に行く前に、約束していたことがあった。

 なぜ俺が、ここ最近ずっと思い悩んでいたのか。

 何と言ったらいいものか。

「ちょっと待て、今言うことを整理するから……。よし、決まった」

「うーん……やっぱりいいです」

 その二つのセリフは、ほぼ同時だった。

「……は? なんでよ?」

「だって、ご主人様、もうなんだか元気そうですから」

「そ、そうか?」

「はい」

 元気、か。

 最近じゃなくても、もともと俺には似合わない言葉だ。

 でも、惟花がそう言うのなら、そうなのだろう。

 言葉が、途切れた。

 静寂が、支配する。

 俺の視線が惟花を射抜き、惟花の視線が俺を射抜いた。

 それは合図だ。

 どちらともなく、顔を近づけて、口づけを交わした。

 緊張はもうなかった。というほどではなかったけれど、清々しさや嬉しさが中心に、双方の器に満たされていった。

 どうせ雨でどこにも行けない。

 俺はキスを繰り返した。

 何度でも彼女は応じてくれた。

 随分、久しぶりのように思えた。

 愛を確かめる行為など、やっている場合ではない。独りよがりの恋になってはならない。ここ最近、そういった思考が漂っていたせいだろう。

 さて、俺と惟花ができることは、ここまでだ。

 ()()()()()()の結果によって、惟花の身体は大きく傷つけられるかもしれない。

 理性をしかと持つ。

 そのことに全く、異存はなかった。

 夕飯を食べてからも、入浴してからも、その日はずっと近くで寄り添い続けた。

 夜は、一緒の布団で寝た。


 閉じ込められた蜜の空間が、俺たちを過ぎ去ったその晩。

 何がそんなに不満なのか。

 まだ雨が、槍のように降り続けていた。

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