雪に埋もれた古い意志
☆登場人物☆
・鎌谷善水……かまやよしみず
高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。
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謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。
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熱が冷めるのを待っていた。
今まで経験したどんな困難も、俺はただ停止することだけで解決してきた。
心にぽっかりと空いた穴を象徴するように、開けっ放しにされた扉から氷のような風が吹きつけ、棒立ちの俺にとげとげしく突き刺さる。
身体は急速に冷えるのに、精神の仕事量はいまだ減ることを知らない。
「おーい、善水ー」
男の声が俺の名を呼んだ。
「……透か」
俺は投げやりに視線を向ける。
部屋と廊下の境に立っているのは、クラスメイトである水沢透。
活発さを想起させる茶髪にサッカー部という、一見、男子高校生における王道を行くヤツであったが、その中身はクールであり、どちらかといえば内向的な俺とは不思議と馬が合うのだった。
「夜中にでかい声をあげてどうしたんだよ? それに今、女の子が僕の前を通っていったんだが、あの娘は誰なんだ? 泣いてたように見えるけど、ほっといていいのかよ?」
「心配しなくても、お前のこれからの人生に一切かかわらないから安心しろ」
「ふーん……」
壁に上半身の体重をかけながら、半信半疑に半信半疑を重ねて俺を遠目で見つめてくる。
……なぜだろう。
今ここで目をそらせば、後悔するような気がした。
「なあ善水。僕はいつも言っているが、お前のその怒りっぽい性格は直した方が良いぞ」
「うるさい。俺から言わせれば、透、お前は逆に能天気すぎだ。夜中に大声を出したのは謝るから、早くその扉を閉めてくれないか。寒いんだ」
俺がそう言うと、透はより一層表情をこわばらせた……と思ったら、やにわに、ため息を吐き出すように、嘲るように、笑い出した。
「さーて、今この場で一番寒いのは誰でしょうねえー」
「はあ?」
「クイズだよ。三択クイズ。僕か、君か、それとも……彼女か」
その発言の意図するところは明らかだった。
三択中の前二つなど解答サンプルとしてすら機能しない。
その選択の先には、決定的な安寧の崩壊が待ち構えているからだ。
「……俺がアイツを連れ戻せばお前は納得するのか?」
「なーに言ってんの。僕にとって納得もへったくれもねえよ」
「ならわざわざ俺に干渉してくることないだろ。いいからその扉を閉めて帰ってくれ」
透は今にも噴き出してしまいそうな、不安定な表情を作った。
「ああその通りだお前の言う通りだ。いいよ。僕はお望み通り帰ってやる。だがな、僕は扉は閉めないから、後でちゃんとお前が閉めておけ」
「……なんでだよ」
透は身を起こし、急に友人の表情を見せて言った。
「ここで扉を閉めたところで、さっきのクイズの解答の人物にはまるで無関係だからね」
そう言って、姿をかき消した。
コートの袖に手を通しながら、足を前へ前へと運ぶ。
靴にかかとをセットしながら、腕を振る。
階段を飛び降りるように降り、心を隠し通すように駆け抜ける。
……少女の軌跡を追っていた。
慣れないことをすると、心の中に熱い何かが煮えたぎる。
中途半端に放置するか、煮え切らせて別の何かに昇華させるかは、俺の意思に任されている。
「世界が崩壊するって、本当なのかもな……」
国のはるか遠くで起きた地震。
アイツが悲しみの感情を抱いてから起こるだなんて、意味深だ。
プラスの感情が供給されていないと、いつか本当に世界は崩壊してしまうのだろう。
そんな最悪な事態を引き起こさないために、俺にできることは何だろうか。
そういったことをのべつ幕なしに考えながら疾走していると、T字路に差し掛かった。
さて、どちらに逃げたのか。
これはただの物理的な分かれ道ではない。未来の出来事をすっかりひっくり返してしまうほどの、意味深い分水嶺である気がした。
俺は、恐る恐る手を伸ばすように、ただ一つの道を選び取った。
「……おい」
その目的の座標まで、俺は十分に近づく。
夜の黒に覆われた、雪の白の公園。
ベンチや仮設トイレ、ブランコや滑り台に囲まれていた。
間があった。
その間によって俺たちは、繋がることができる。
なんとなく、だが。
「……ご主人様」
「この通りだ。本当にすまなかった」
俺は指先まで神経を通わせて、倒れるように頭を下げて……。
「いて」
「いた」
ごっつんこした。
双眸と双眸が混ざり合う。
二人とも、この先の未来を確定させるくらいに予想に予想を重ねて待ち構えていたのに、あまりに想定外のことが起こってしまったものだから……。
目元に手をやる少女。
傍らに、腹を抱える少年。
二人は時が満ちるまで笑ってしまったのだった。
「寒かっただろ。風呂上がりにこんな雪の中に出て」
「寒かったです……。あったかい上着が欲しいです……」
「コート百枚くらい貸してやるから許してくれ」
「見たところ一枚しか着ていないようですが」
「そんな冗談はともかく、さっさと寮に帰ろうぜ」
「……え?」
少女は驚いた顔をして、こっちを見る。
俺はよく知らないが、おそらくいつもの彼女なら、一も二もなく笑顔でついてきてくれただろう。
そうじゃなくさせたのは、まぎれもない俺だ。
「私も……ですか?」
「そりゃ、俺がわざわざ五分くらいかけて公園まで走って来て、そのあと俺だけが寮に帰ったらただのアホだろうが」
「でも、私、ご主人様を怒らせてしまって……」
「でもそれはお前のせいじゃない」
「でも、私があんなことを言わなかったら、ご主人様は傷つかずに済んだかもしれないのに……」
「でも別に今完治してるし、その傷。だから平気だ」
「でも……」
「お前は『でも』を使いすぎだ。だから禁止する」
少女は腑に落ちないという顔をして……首肯した。
「じゃあ、行こうぜ」
俺は不意を突くように寮へ足を向ける。
「あ、待ってください、ご主人様あ」
引力に導かれるように、少女がついてきた。
雪に包まれたこの街で、謎に包まれた少女と道を歩む。
コイツと一緒にいるという選択をした俺の心も謎に包まれていて、不可視の存在となっていた。
彼女は名もない少女であり、彼女の感情が動けば世界も動くということ。彼女は俺のことをご主人様と呼ぶということ。
……そして、その柔らかそうな冷たい肌の内側に、熱く堅固な意志があること……。
分かることはそのくらいだった。