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Passionate Sympathy  作者: 梅衣ノルン
第3章 Practical Soloist
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時は瞳を創り出す

☆登場人物☆


・鎌谷善水……かまやよしみず

 高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。


・沢渡惟花……さわたりゆいか

 謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。


・水沢透……みずさわとう

 高校二年生。男子。サッカー部員。善水と仲が良い。髪は茶色。


・岡村美菜……おかむらみな

 高校二年生。女子。優しい性格だが、人には言えない趣味があるらしい。セミロングな金髪。


・古井秀理……ふるいひでり

 高校三年生。女子。口数が少ない。仏頂面だが、体型が非常に幼いので可愛がられる。


・鎌谷善治……かまやよしはる

 善水の父。善水にとって反吐が出るほど嫌いな相手。NGOに所属している。


・鎌谷惟子……かまやゆいこ

 善水の母。故人。


・????


・古井壮治……ふるいそうじ

 秀理の父。娘の秀理を可愛がりつつも、将来を見守っている。


・山田舞……やまだまい

 秀理の母。古井舞として壮治と結婚したが、のちに離婚し、姓を旧姓に戻した。


・和田霜……わだそう

 老婆。数十年前に、ある男性と不思議な出会いをする。


・長嶋悟……ながしまさとる

 NGO所属の男性医師。とある研究グループを自主的に立ち上げた。


・????


・??


 ジェットコースターに乗っていると、身体が空中に舞っていた。

「な!?」

 破壊的な衝撃が、雷鳴のように遅れてやってきた。

 上と下と右と左とが均質な空気で満たされた、中空。

 空気の抵抗などまるで感じず、ただ重力に従って落下した。

 まさか本当に、ジェットコースターから転落することになろうとは。

 これは死んだな、という直感だけが、頭に浮かんだ。

 しかし、まるでそう簡単には死なせまいと言わんばかりに、落下途中の俺の身体を抱きとめる影があった。

 空中の物体を正確にとらえ、キャッチして、優美に地面に降り立つ存在。

 どうせ人間ではないなと思ってその影を見てみると、その予想は当たっていた。

「……またお会いしたわね」

「あんたは……」

 深青色の長髪がたなびく、それは前に病院で遭遇した少女だった。

 深青色……? 色が、濃すぎる……!?

 ここでようやく気付いた。

 あたりを見回してみると、木々、設備、地面、空、人が、すべて色を消していた。いや、灰色がかってぼんやりとしている。

 色だけではない。時間という軸すらなくしていた。

 無論、音も。

 色も時間も音も有しているのは、この世界では俺と彼女だけ。

「どうしてこんなことに……。ま、まさか、お前の仕業か!」

「よく分かったわね」

 少女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 信じられないが、彼女が()()()()()のだ。それ以外、この一連の現象を説明できない。

「危うく転落死するところだっただろうが!」

 少女は気に入らない風に、目を細めた。

「別にあなたを殺そうとしたわけではないわ。現に、ちゃんと受け止めてあげたでしょう」

「そういう問題ではない。……とにかく、何か目的があるんだろ」

「ないですわ」

 きっぱりと返答されて、俺は次の言葉に詰まる。

「そちらこそ、私に対して何か訊きたいことでもあるのではなくて?」

 逆に質問された。

 訊きたいことは山ほどある。しかし、とっさに言えと言われると、何を訊くべきなのか整理がつかない。

「何のために惟花を創り出した」

 頭の中に浮かんだ無数の疑問の中の、最重要事項はおそらくこれだ。

「そうね……。理由はひとつではないけれど、科学技術の発展に寄与していることは確かだわ」

 予想の斜め上を来る事実を、彼女は言ってのけた。

「何の関係がある。惟花が将来、何か偉大な発明でもするっていうのか?」

「……岬高等学校。ご存じ?」

 それを聞いたとき、それはなんだったかという感想よりも先に、何故この少女がその名前を知っているのかという問の方が、俺の身体を打った。

「聞いたことがあるはずよ。和田小春の死後に建てられた高校だわ。それは、沢渡惟花や和田小春のような、普通の人間とは違う、私が創り出した存在に関連するシステムの、構造的な発露の一つよ」

「……どういうことだ」

「これ以上人間に詳しく説明するには、より高度な言語能力でもないと困難ね。しかし、これは事実よ。私が彼らのような存在を初めて創り出したのは結構な昔だけれど、大半は近年よ。彼らのような存在がたくさん生まれ、ある人物と共に幸せな時を過ごし、そのままたくさん死んだ時。特にその時は、大幅な世界的技術革新が見られ、歴史的瞬間と扱われるようになるということ。全くもって納得できない、ということはないでしょう?」

 思考が情報に追い付かない。夢の中の出来事のようだ。

「それでも納得できないというのならば、逆を考えてみればいいわ。例えば、勤勉な人は賞賛されるけど、不真面目な人は侮蔑の目にさらされる。システムというものは大抵、このような表裏一体の関係を持っているわ。それと同じことよ」

 逆。

 幸せながら死んだとき、世界の発展があるのなら。

 不幸せ……マイナス感情に揺さぶられたならば。

「世界が……滅びる……!」

 なんて真実だ。

 頭の片隅に、疑問としてこびりついていた多数の物体が、いたるところから氷解を始める。

「もしかして……その世界の発展が、あんたの創り出した人間の願いと関係あることならば」

 小春さんは、ここに高校があればいいのにと言っていた。

 その小春さんが亡くなってから、図ったように新しい高校ができた。

「最近発展を続けていること……。そうだ、人工衛星、いや、世界のモニター化……」

 ありとあらゆるニュースが、一瞬で流れてくる。

 近年急速に増加した人工衛星をはじめ、種々の「モニタリング」に関する技術力の大幅な向上によって、ありとあらゆる国家や権力者たちもひるまざるを得ないほどの「筒抜け社会」が形成された。

 パソコンから、はたまた、少し大きな街なら、そなえられた大きなテレビから、今その瞬間の世界の動向が、ありのままの形で映し出される。

「多くが、世界のモニター化を願って死んでいったということか……」

「あなた、意外と鋭いわね。大体合っているわ」

 実のところ、俺はこの謎の少女の発言を、全面的に信用したわけではない。

 しかし、一つの仮説としてとらえてみても、色々なことが説明できる。

 ひとまずは、納得するしかなかった。

「さ、もう十分かしら。このまま時を止め続けるのもよくないわ。では、また会う日まで」

「待て」

「何かしら?」

「前に会った時に言ったな。俺が何をどう頑張ろうと、惟花のせいで世界が終わると。お前は、いったい何をしようとしている?」

 俺の質問に、彼女は応答しない。

 少しだけ反応があるとすれば、例えば悲しい思考に身を漕ぎ出すような情景といったものの、印象のゆらぎだ。

「さあ? どうせ終わる世界なら、そのくらいは余興として、あれこれ考えてみるのも良いのではなくて?」

「おい、ふざけるな。俺は真面目に……」

「これ以上答える義務は、人間ではない私にはないはずよ」

 人間では、ない。

 ある意味わかり切った事実だが、彼女自身の口から出ると、また違った憐憫のような意味合いが混ざり合っているような気がした。

「……それでは」

 彼女は、右手をこちらに向ける。

 その手が一瞬だけ黒く輝いたと思ったら、あたりが毒々しい色を身につけだした。

「う……!?」

 吐き気がする。とっさに目を閉じた。

 色が、濃すぎる。

 いや、さっきまで灰色の空間にいたから、目が慣れていないだけだろう。

 前かがみになり、しゃがみ込む。隣を歩いている人から、奇異な視線を向けられているような気がした。

「善水君! 大変なことが!」

 美菜の声が聞こえてきた。

「……って、大丈夫? 具合が悪いの?」

「だ、大丈夫だ。そんなことより、大変なことって、何だ?」

「実は、少し目を離した瞬間に、古井先輩がいなくなっちゃったの。今、惟花ちゃんと一緒に探しているところ」

「な、なんだって? じゃあ俺も探しに……」

「でも、見るからに具合が悪そうだよ。私と惟花ちゃんと透君で探すから、善水君は休んだ方が良いよ。地図は置いておくから。……そういえば、透君は一緒じゃないの?」

「ああ、かくかくしかじかで。ちょっと別行動してるところ」

「分かった。じゃあ、私は善水君が医務室か何かで休むことができたのを確認してから、古井先輩を探しに行くね」

 美菜がそう言うと、俺の重いであろう腕を支えながら、歩いて行ってくれる。

 身長差はそれなりにあるというのに。申し訳ない。

 俺も歩幅を合わせようとしたが、思ったよりも速く歩けなかった。


 予想を超えた衰弱っぷりだった。

 単に、目に強い衝撃が加わったからというだけではないように思えた。

 人のような存在を創り出せる、まさに神のような存在と出会って、世の中の真実を垣間見てしまったショックが、これ以上ないくらいに重かったのだ。

 なら俺は、これ以上、いったいどんな真実を知ることになるのだろう?

 世界が滅んでしまう前に。

 あるいは、これ以上何も知らないまま、宙ぶらりんのままで、終焉を迎えるのだろうか。

 どちらも恐ろしくて、とても想像ができなかった。

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