見当たらない切り取り線
☆登場人物☆
・鎌谷善水……かまやよしみず
高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。
・沢渡惟花……さわたりゆいか
謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。
・水沢透……みずさわとう
高校二年生。男子。サッカー部員。善水と仲が良い。髪は茶色。
・岡村美菜……おかむらみな
高校二年生。女子。優しい性格だが、人には言えない趣味があるらしい。セミロングな金髪。
・古井秀理……ふるいひでり
高校三年生。女子。口数が少ない。仏頂面だが、体型が非常に幼いので可愛がられる。
・鎌谷善治……かまやよしはる
善水の父。善水にとって反吐が出るほど嫌いな相手。NGOに所属している。
・鎌谷惟子……かまやゆいこ
善水の母。故人。
・????
・古井壮治……ふるいそうじ
秀理の父。娘の秀理を可愛がりつつも、将来を見守っている。
・山田舞……やまだまい
秀理の母。古井舞として壮治と結婚したが、のちに離婚し、姓を旧姓に戻した。
・和田霜……わだそう
老婆。数十年前に、ある男性と不思議な出会いをする。
・長嶋悟……ながしまさとる
NGO所属の男性医師。とある研究グループを自主的に立ち上げた。
・????
・??
「……」
「おっと!?」
俺と惟花が、遊園地の最寄駅のホームに足を着けた瞬間、古井さんの手が背中を優しくさすった。
「声をかけてくれたらいいのに……」
「……」
少し申し訳なさそうにした。
感情表現は、さほど分かりづらいわけではない。
しかし言葉が無さ過ぎて、することなすことが全て唐突で理解しがたい。
まあ、天才肌というものなのかも。
「古井さん、行きましょう!」
「……」
惟花は催促しながら、前を歩く。
古井さんともっと関わりあいたいという意思が垣間見えた。
俺はというと、惟花がこれ以上いらない怪我を負わないかどうかが、ずっと気がかりだった。
すり傷ですら、俺では治せない。
昨日の夜、惟花が寝静まってから、俺はパソコンを開いて一通のメールを長嶋さんに飛ばしていた。
『明日、私と惟花が学校の友人と一緒に遊園地に行く予定になっているのですが、行ってもよろしいでしょうか? 場所は××、時間は午前十時から午後五時です』
返信内容は、
『好きにするといい。何かあったら来るように』
とのことだった。
俺に対して、何をどうしろとかという指示は全くなかった。
しかしそれでも、俺は惟花を見守る義務がある。
その義務感の裏には、どうしようもない絶望感もあった。
常識的に考えて、一生のうちで一回しか怪我をせずに生きていける人間など、この世にはいない。
将来、必ず長嶋さんのお世話になることは確実だ。
しかも現在、それ以外の絶望的な可能性すら、目の前にちらついている。
彼女によれば、世界はもうすぐ終わるらしい。
なら、惟花は何のために生まれてきたのだろう?
惟花だけではない。この世の人類すべては。
歩いていると、透や美菜とも合流する。
「あ、古井さん。これ食べてください。昨日買ったんです! 透君や美菜ちゃんもどうぞ」
「……」
「ありがとう」
彼らは、恋人同士である俺たちに毎回気を配って、あえて寮の近くを待ち合わせにしていない。
みんな、様々な服を着て、期待に胸を膨らませながら、あるいは未来に希望を馳せながら、気楽にこの高校生という時を消費していっている。
この微笑ましい事実と、この世の終焉の可能性とが混在しているなんて、頭がおかしくなりそうな事態に思えてならなかった。
「私は古井先輩と遊んでくるね。惟花ちゃんも一緒にどう?」
「あ、じゃあ私も行きます!」
遊園地に入場した途端、女の子三人が一瞬で固まった。
「ま、待て。俺は惟花と一緒にいる義務があるんだが」
「まあまあいいじゃねえかあ。今回だけはちゃんと五人で遊ぶんだよ。デートじゃあねえんだ」
「こ、こいつ……」
「そんな訳で、善水は僕と一緒に観覧車まわるぞ」
しかもしょっぱなから観覧車というセンス。微妙に嬉しくない。
結局、成り行きで三対二に分かれてしまった。
「くそ……」
しかも観覧車。
「考えても見ろよ。お前ら二人で固まってたら、それ五人で来る意味ねえだろ」
「あのなあ、透。俺はただ単に一緒にいたいから言ってるんじゃねえよ」
「ふーん、どうして?」
……どうする?
言うか?
惟花が普通の人間とは違った体質を持つことは、なるたけ口外したくない。
しかし、相手がたとえ医学分野にはまったくの素人であっても、公開しない限り手掛かりは得られない。
「実はな……」
俺はあえて話すことにした。
「なるほど……。それならそうと言ってくれればいいのに」
「じゃあ、この観覧車を降りたら惟花のところに戻っていいか?」
「それは認めない」
「そうかありがとう……って、は?」
「それとこれとは別だ。せっかく女の子三人で楽しんでるところに水を差すなんて、僕は認めない」
透の顔は、心なしかニヤニヤと輝いていた。
「おい、分かるだろ。遊園地なんて危険がいっぱいだ。もしヤバい怪我でも負ったら誰が責任をとるんだ」
「誰が責任、ね……。本人がとればいいんじゃないっすかあ?」
「無責任なヤツだな。一度、お前自身が車いす生活にでもなってみろ。そんぐらい危ない可能性を孕んでるってことくらい想像つくだろ」
「あのねえ。じゃあ聞くけど、善水がいたら怪我が百パーセント回避できんのかよ。それこそ大怪我につながるような事故、例えばジェットコースターの不備で高いところから落っこちたりとか、そんな事故に対してお前は何が出来るんだよ? うぬぼれてるんじゃねえよ偽善者野郎が」
透の声とは思えないほど、それは低くかすれた声だった。
あえて俺の神経を逆なでするような内容を陳列して、語って聞かせている。
しかし、だからこそか、反論ができなかった。
観覧車は、最高点、すなわち折り返しに達した。
「人間ってのは大体のことくらい自分で責任が取れるんだよ。僕も自分の責任でサッカー部に入って、まあサボりまくってるわけだけど、それも含めて全部自分の責任なんだよ。ただそれだけ。間柄が彼氏彼女であれ家族であれ、個人は個人。ただそれだけ」
「……それはあまりに個人主義だな。その考え方は、俺は好かない」
個人主義。個性主義。
近年、あまりに行き過ぎていると思えてならない。
科学技術が大幅に良くなって、一瞬で世間の微細な部分まではっきりと浮き彫りになってしまったこの世界で、もはや個人という単位を社会というシステムにうまく組み込むことはできなくなったのではないか。
俺の父親だって、そうだったんじゃないか。
個性主義を拡大解釈した結果、家族という集合を無視して自分の思いがままに行動する。
母が死んだと思えば、NGOだかなんだかと。どこまでも自分主義。
ボランティアに参加していたあの老人たちも、皆無言。自分の居場所を把握するための奉仕活動。もはやそこに「他人のため」という概念は存在しない。
そんな中で、砂漠の中で死にゆく人のように、他との共有・共感を、這いつくばりながら求めているこの俺は、ならばいったい何なのか。
みんなが、ただただ黙って、自分のことばかりするこの世の中。
俺も、そんな構造的思想の中に、知らず知らずのうちに取り込まれているのだ、きっと。
結局、俺は無理やり透から逃げ出す気力もなく、二人で形式的に遊園地をまわっていった。
二人とも、口数はとても少なかった。
途中で何回か惟花たちと出会う。
三人で、和気あいあいと楽しんでいるようだ。
古井さんの静かなテンションに負けて、五回くらいジェットコースターに乗ったそうだが。
一つのものに集中するとは聞いていたが、本当のことだったのだ。
俺たちもジェットコースターに乗った。
その時、ふと思った。
みんなが、ただただ黙って、自分のことばかりするこの世の中。
ある意味、古井さんはその完成形なのだと。
でも俺は、古井さんのことを愚かだとは到底思えなかった。
なぜだろう。
古井さんがなぜあんなにしゃかりきになって勉強に打ち込んでいるのか。自分のためなのか他人のためなのか。それは分からない。
しかし、社会のつながりなんてものに振り回されないで、必死に勉強するその姿を見て、俺は何を感じたのだろう。
独立と依存。個人と社会。自分と他人。
どちらの方がより大事なのか、俺は分からなくなっていた。




