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Passionate Sympathy  作者: 梅衣ノルン
第2章 Precious Sensation
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たった一つの道しるべ

☆登場人物☆


・鎌谷善水……かまやよしみず

 高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。


・沢渡惟花……さわたりゆいか

 謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。


・水沢透……みずさわとう

 高校二年生。男子。サッカー部員。善水と仲が良い。髪は茶色。


・岡村美菜……おかむらみな

 高校二年生。女子。優しい性格だが、人には言えない趣味があるらしい。セミロングな金髪。


・????


・鎌谷善治……かまやよしはる

 善水の父。善水にとって反吐が出るほど嫌いな相手。NGOに所属している。


・????


・????


・????


・???


・和田霜……わだそう

 老婆。数十年前に、ある男性と不思議な出会いをする。


・???


・????


・??


 青年に名前はありませんでした。

 そのままでは会話を進行させるのも一苦労でしたので、まず青年の名前を決めることにしました。

 私はちょっとした悪知恵を働かせて、「和田小春(こはる)」という名前を提案しました。

「へえ、良い名前じゃないですか。あなたの名前も是非お聞かせください」

 私はにやりと口先を持ち上げながら、

「私は和田霜と申します。うふふ、偶然にも同じ苗字ですね」

 と言いました。

「ははは。偶然の要素は何一つないのに……。まあ、そうですね。偶然ということにしておきましょうか。その代わり、出会いの方が()()でしたので」

 私は、「出会いが必然だったとは、どういう?」と、オウム返しのように、質問を返してしまいました。

「そういう気がするだけです」

 彼……和田小春さんは、優しく目を細めながら、そう答えました。


 それからずっと同じ場所で、お喋りを続けました。

 互いのことを良く知るために、互いの好きなことや嫌いなことや、自分に関わるありとあらゆる情報を、余すことなく相手に伝えました。

 確か、真っ先に彼に尋ねたことは、初めて出会ったときの例のセリフの内容についてでした。

 その時はお茶を濁されまして、結局、あのセリフの意味は、最後まで分からずじまいでしたけれど。

 話しているうちに、彼と私との境界が曖昧になっていくうちに、私はなんとしてでもこの人と結婚したいと思うようになりました。

 たった一日で、ですよ。

 たった一度きりの、またとないチャンスだと思いました。

 この機会を逃せば、私のこれからの人生に、一筋の光明も差さないと思いました。

 友人も失い、両親からの信頼もない私には、両肩にのしかかる重圧が全くないだけに、思い切って前に踏み出すことができたのだと、そう思います。

 何の前触れもなく、私は結婚を申し込みました。

「こちらこそ。もとよりそのつもりで、この世界の、それもあなたのもとに生まれたのです。私は、そう思います」

 現実は小説より奇なり。彼のセリフは現実の出来事をそのままに叙述しただけであるのに、その現実があまりにも非現実的であったために、神話の中に取り込まれたような気がしてなりませんでした。


 現在ではこの風習もだいぶ薄れたように感じますが、当時は両親に内緒で結婚するなどといったことは、常識の道から外れていました。

 隣町の、さびれたアパートに身を潜めました。

 毎日が充実していて、私たちを拒む者は、誰もいませんでした。

 私にも、小春さんにも、友人のつながりは一切ありませんでした。当時は理由は分からなかったのですが、子供も授かることはありませんでした。ただひたすらに、閉じた関係を育み続けました。

 小春さんは青年の姿でこの世界に現れたので、義務教育を受けていません。私にも学はありません。

 小春さんは、学校に行って勉強をしたいと言っていました。

 私は、小学校や中学校はまだしも、高校にはいい思い出がありませんでした。実家があまりに田舎だったもので、最も近い学校でさえ、通学に一時間もかかるのです。

 優しい小春さんは、「なら、高校がそこに建てられるといいね」と、笑いながら言いました。

 生活は困窮でした。

 収入源は、私と小春さんのパートのみでした。

 今思うと、どのみち、とても子供など育てられる環境ではありませんでした。

 娯楽もなく、贅沢もなく、転覆もなく。静止した時間だけが音もなく流れていき、三十代と四十代を順番に消費していきました。


 五十代のある日、小春さんが交通事故に遭いました。

 細い矢のように進んでいた時間が横風にさらされて、まさしく細い矢のように、きりもみしながら転落していきました。

 私はパニックに陥り、石ころのように固まってしまいました。近くにいた通行人が、救急車を呼んでくださいました。

 私は意識が半分飛んでいたのか、気が付いたら医師と顔を突き合わせていました。

 その口から、小春さんが天に昇ったことが伝えられました。

 それは、泣くことすら馬鹿馬鹿しくなってしまうような、そんな自嘲にも似た感覚でした。

 小春さんがいなくなったその時、自分に残されたものは何一つ存在しないことを思い出しました。

 両親はその時、すでに死んでいました。友人もいなければ、技術も夢も仕事もない。

 貧乏が原因で死亡保険にも入っていなかったので、財産もない。墓もない。

 こんな私と結婚してくださった小春さんに対して恩返しをした記憶も、ない。

「旦那さんは、数億人に一人と言われる程、稀な体質の持ち主でした。手術がうまくいかなかった原因が、そこにあります」

 私が虚無の空間に思いを置き去りにしようとしていたとき、不意に医師が言いました。

「普通の人間が持ち合わせている重要な諸器官が、すべて代替器官にすり替わっているような状態です。見た目は人間でも、医学的な立場から見ればまるで人間ではないような……。実を言うと、私どもも初めて見たケースでした」

 自暴自棄の淵まで来ていた私も、その話の衝撃的な内容に、意識を傾けずにはいられませんでした。

「とてもインパクトの強い現象ではありますが、いかんせんあまりに発症例が少なく、研究も進んでいなければ、世間的な認知度も皆無に等しいというのが現状です。そこで、他でもないあなたにお願いがあります。メールアドレスや電話番号をお渡ししておくので、どんな些細な情報でもいいので、教えてほしいのです」

 渡された小さな厚紙に目を落とすと、そこには「NGO」という文字が踊っていました。

 どうやらその医師もNGOの会員の一人であるらしく、この不可解な症例を解明するべく、研究グループを立ち上げたらしいのです。


 和田さんは、そこで口を閉じた。

 もう話すことはないという意思表示であると思われた。

「私は全てを失ったのです。私は小春さんからたくさん支えられましたが、それならば、私は小春さんを少しでも支えてあげられたのか。今は、こうして時々地元のボランティア活動に顔を出しながら、そんなことを自問する毎日です。ただひとつ救いがあるとすれば、彼の死後間もなく、地元の近くに高校、そう、岬高ができるという朗報が耳に飛び込んできたことです。最後の命を使って、『高校が建てられれば』という自らの悲願をかなえようとした。そう思わずにはいられないのです」

 和田さんは、ため息をつくように、そう言った。

 俺はというと、開いた口が、まだふさがっていなかった。

 和田さんの旦那さんである小春さんは、おそらく惟花と同じ体質だった。いや、数億人に一人という稀有な現象なら、むしろそれは確実だと思えた。

「その医師の名前を教えていただけませんか」

 俺がそう切り出すと、和田さんは、まるでそれを予想していたかのように、すぐさま名刺のような厚紙をポケットから取り出して、字の向きに配慮して俺に見せてくれた。

「長嶋(さとる)……」

 俺は、スマートフォンのメモアプリを立ち上げて、一緒に明記されていたメールアドレスや電話番号と一緒に書き写した。

「あ、そういえば今は何時だろ……。あ、もう終了まで三十分ですね」

「そうですか。ならば、私はここで失礼します」

 いつの間にか並んで腰かけていた俺たちだが、和田さんはついにその位置関係を解消しようとせんばかりに、おもむろに立ち上がった。

「ま、待ってください。そ、その、話を聞かせてもらっただけではアレなので、友達が欲しかったらその、そう言ってくださっても構いませんよ?」

 自分でも呆れる程の、どもりながらの発音。

「……最近は若い人も、自分も含めて年老いた人も、周囲に対する親切というものをめっきり感じなくなっていたところを。それはもう、こちらこそお願いしたいくらいです」

 過去を語っていたときに見せた悲しげな瞳は、そこにはなかった。

 和田さんは、初めて見たときの無表情とは違う、温かさがにじみ出た顔を見せて、去っていった。

 とくに住所などを教えあった訳ではない。ただ、縁を作っただけだ。「相性のいい人たち」どうしの、おそらくこの世に二つとない、意味深い縁だ。

「さて」

 俺もまた、しびれた脚をいたわりながら、ゴミ袋を持って立ち上がり、集合場所とは反対の方角、すなわち、山の斜面へ向かって歩き出す。

 和田さんと対面していた時に視界に映った、一人で物憂げに山へ向かって歩いていた惟花と、話をするために。

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