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Passionate Sympathy  作者: 梅衣ノルン
第1章 Powerful Seeking
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全てを変革する者

☆登場人物☆


・鎌谷善水……かまやよしみず

 高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。


・????


・???


・????


・????


・????


・????


・????


・????


・???


・???


・???


・????


・??


 もし、ある日、自身の理想のイメージをかたどったような、まぶしいメイド姿の女の子から、すべてのものが透き通ってしまうような甘い声色で……、

「ご主人様、これから先、将来末永く、私をいっぱい興奮させてください!」

 ……ってせがまれたら、どうしようか、いやどうしようもない。


 俺は冬の夜の中を走っていた。

 雪が、涙のように降っている。

 手も足もカチカチに冷え切っている。

 俺の中で暴れる良くない感情を、液体燃料のように燃やしながら走っていた。

「はあ、はあ……」

 ああ、もうすぐ息が切れるだろうな。

 その時までは、ぶっ倒れるくらい走り倒そう。


 体の節々は凍っているのに、俺は蒸気さえ発していた。

 気持ちが悪い。

 いつの間にやら、道路ではないところへ来ていた。

 ……あたりを見回す。

 ベンチに仮設トイレ、ブランコに、滑り台……そして、女の子の後ろ姿。

 ……不思議と俺は、ああここは公園だと素直に呑み込めることが出来ないほど、この景色を異様な光景だと感じてしまった。

 女の子は小柄で、あまりに薄着だった。

 雪がその透き通るような肌に、触れては消えて、消えては触れた。

 俺は男として、声をかけずにはいられなかった。

「おい! そこのお嬢さん、大丈夫か?」

 俺がそう言った途端、女の子は小さく肩を震わせてから、振り返った。

 ……フリフリの洋服?

 そう、黒と白でデザインされた、奇妙な洋服を着ていた。

 ……俺は彼女の()()()()()を聞くまで、それをメイド服だと気付けなかったのであった。

「あ……」

 彼女は小さく息を漏らす。

 俺より何十センチ小さいだろう。

 ……妙な、()が生まれた。

 その()は俺と彼女とを繋ぐ関係性の一種に形を変え、これから先、どうあがいても切れない縁という存在へと変えてしまったかのように思えた。

「多分、この人だ……」

 この世の中で、俺だけが聞き取れる声で言った。

 そして……。

 俺の理想のイメージを取り出したようなその小さい体は、俺の方へ二寸、三寸と近づき、その存在感を大きくしたかと思うと、ぺこりと上半分だけパッと折れ曲がり、そして元の直立へと戻ると、


「ご主人様、これから先、将来末永く、私をいっぱい興奮させてください!」


 ……なんて言ってのけたのだった。


 ……ここへ来る前に抱いていた感情はトロトロと薄れて、すっかり溶けてしまった。

 これは、純白に染め上げられた小世界が紡ぎ出した、小さな質点と質点の物語。


 公園で出会った女の子を、俺の部屋に連れ込んだ。

 学校の男子寮。とはいえ、四の五の言えないから仕方ない。

 都合よくバレなかった。

 俺の身長は百八十はあるが、この娘は果たして百五十センチくらいはあるのだろうか、と疑問に思ってしまうほど小さい。そのことが幸いしたのかもしれない。

「とりあえず、君の名前を教えてもらおうか」

 彼女はきっちり正座をしてしまったので、俺もそれに倣うことにする。

 菓子折りと茶も用意して、俺の部屋の中央に鎮座する、こたつという名の多目的机に乗せておく。

 これで、話し合いの準備は万端だ。

 と思ったら、彼女は勝手に菓子の包みを引きはがしてムシャムシャと食っていた!

「おい!」

 俺は声を大にして叫んだ。

「え、何ですか?」

「何ですかじゃねえ! 客なんだからちったあ遠慮しろ!」

「じゃあ何で私の目の前にクッキーなんか用意してるんですか! このクッキーちゃんが『私を食べて?』と 聞いてくるものですから、仕方ないじゃないですか!」

「食いもんは喋らねえよ! 第一、客に茶と菓子を用意するのはごく自然なことじゃないか! でも、今から話し合いをするんだから菓子にがっつくんじゃねえ!」

「そんなよく分からない常識は私の記憶にはございません!」

「犯罪者の自己弁護みたいな口調はやめろ!」

 そんな感じでガヤガヤと(無駄に)時間が過ぎていった。


 仕切り直し。

「とりあえず、あんたの名前は何だ」

 この謎の少女がいったいどういう目的で俺に話しかけてきたのかを、知る必要がある。そのためには、順を追って質問を浴びせていく必要がありそうだ。

「えっと、『名前』というモノがあるんでしょうか? 私に?」

「は?」

「『名前』って、人とかモノとかを区別するためにつけるヤツですよね? 私にはありませんよ?」

 何だこの会話……。

「とぼけたこと言ってないで教えろっつーの」

「教えろと言われても、無いものは無いんです!」

 ……どういうことだろう?

 俺は質問を変えてみる。

「じゃあ、誕生日は?」

「今日ですかね」

「そりゃおめでとう。じゃあ血液型は?」

「無論知りませんけど?」

「まあたまに知らない人いるしな……。家族構成は?」

「私一人ですし……独身?」

「その言い方は違うだろう……。じゃあ好きなモノは?」

「ご主人様に決まってます!(ぽりぽり)」

「クッキー食いながら言われてもな……。じゃあ嫌いなモノは?」

「戦争とか?」

「そりゃいい考えなこった。じゃあ身長は?」

「測ったことないのでわかりません」

「体重」

「測ったことないので知りません」

「座高は?」

「測ったことないのでお答えできません」

「スリーサイズ教えてよお嬢ちゃん~」

「そもそもスリーサイズって何ですか?」

 だんだん質問の方向性がずれてきたので、止めてみる。

「……なんというか……お前、いったい何者?」


 仕切り直しパート2。

 めんどくさくなってきたので、一番聞きたかった質問だけすることにした。

「あのセリフ、どういうつもりで言ったの?」

「あのセリフってなんですか?」

「ほら、アレだよ、ご主人様とかなんとかっての」

 少女は小さい手を顎に当てて、考える構えをとった。

 こうしていると、ほんの少しだけ凛々しいかも……。

 雪の季節によく似合う、きれいな長い銀髪。

 雪と溶け合ってしまいそうな肌の内側に、雪の中でも自己の存在を知らしめるに足る熱い何かを、俺は一瞬の間で感じ取った。

 きっとこの娘は、遊びでここで来たんじゃない。そう思った。

「えっと……ハクチュン!」

 間抜けなくしゃみで期待も理想も吹っ飛んだ。

「悪い悪い。エアコン切ってたんだった。今何か着るモノ持ってくるよ」

 俺は立ち上がろうとすると……、

「あ、あの、ご主人様……。お風呂をお借りしてもいいですか?」

 ちょこんと正座しながら、そう上目遣いで尋ねてきた……。

「……いいけど」

 今夜の気温は余裕で氷点下。

 ウイルスはその活動量を増し、人の熱量では抗い切ることが困難になる。

 ここは彼女のお望み通り、風呂に入れてやるというのが現代を生き抜く知識人としての当然の判断ではないだろうか。

 ……ないだろうか。


「上がりました~!」

 この寮が、個人個人の部屋にバスを用意していて助かった。

「生き返りました~!」

 こんにち、都会ではこれが基本形である。

「ここは天国です! ずっとご主人様の部屋に住みたいと心から思いました!」

 一昔前とは大違い。四半世紀も生きていない俺のような若者には認識しづらいが、ここ数十年で世界は驚くほど急成長したようだ。

 ……あまりに過去が置き去りにされるこの現状を、異常だ、と投石する専門家か何かもいるとか。

「って、ご主人様聞いていますか~。ご・しゅ・じ・ん・さ・ま~!」

「あの、いちいち思考が分断されるのでやめていただけませんか?」

「うわ、敬語!」

「お前も敬語だろうが……」

「ご主人様! そのツッコミは何となくずれている気がします!」

 いろいろとずれまくりなこいつに言われたくはない……。

「あ、そうそう。ご主人様、お風呂あがりましたので次どうぞ~」

「ああ、分かった」

 俺は脱衣所へ向かって、彼女との間に隠れた扉をピシャっと閉める。

「ふんふんふ~ん」

 ガラス張りの向こう側にある、あたたかな流動、来たるべき至高の安楽……、そして女の子の使用済みという付加価値に対する、憧憬めいた淡い想望……。

「待っていろよ……!」

 そういったものに思いを馳せ、俺は服を脱いで……!

「ってちがーう!」

「何ですかご主人様! 急に大きなお声を出すとは何事で!? そして一応近所迷惑です!」

「俺の風呂はいいんだよ! お前に質問があるの!」

「ああ、ご主人様! はっははっ」

「へ? またくしゃみ?」

 少女は俺の肉体を眺める……。

 そして、指揮者のように腕を回転させて俺の肌色の上半身へ人差し指を向けると……。

「ハ・レ・ン・チです!」

 少女は部屋の奥へ奥へと逃げ出してしまった……。


 少女と公園で出会ってから、約二時間。

 いろいろな意味で、まだ何も進んでいないのだが。

 ……俺もう寝ていい?

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