第四話 世も末だ
梅雨の間の、稀な晴れ間。
こんな気持ちの良いからっとした天気に、机の上で寝るっていうのは嘘だろう。
自殺者を(学校で)出さないために施錠されたドアノブを華麗にぶち壊し、屋上に出た俺は、梯子を上って綺麗に整えられた定位置を確保する。そこに仰向けに寝転がれば、雲の合間から見え隠れする太陽が恥らいながらもその姿を久しぶりに見せていた。
うーむ、心地よい日差しだ。本来泥などの汚れに満ちた屋上も、長きに渡る格闘のおかげで王宮に住む王様ご一行を案内しても恥ずかしくないほどに輝いている。ここのところの雨続きで確かにまた少し汚れも見えるが、そんなものは備え付けの雑巾で拭けば気にするほどではないだろう。
そんな俺のびゅーてぃふるたいむ。
それは、意識を夢の国へと連れ出す前に、夢と現実の狭間を移ろう心地よさに身を委ねてしまう素晴らしき時間。
ああ極楽かな、と母の胎盤に安らぐ赤子のような安心感を持ってこの一時を堪能する。
が、しかし薄目になりながらも尚優秀な俺の視力は、燦燦と輝く太陽から一つの小さなシミを捉えてしまった。そのシミは次第に大きくなって、明らかにこちらに近づいてきている。というか、見えてくるそのシルエットに見覚えがあるどころか、十年来の付き合いである奴の姿をしているのは、見間違いだろうか?
「あ、いたいた」
そんな呑気な声をだし、やっぱり来ましたよアクマさんはいつものダルそうな顔で俺の傍へと降り立った。
純白を施したような美しい白髪。真っ赤な瞳は薔薇のよう。ウサギを思わせる色彩のアクマの顔は中性的な顔立ちだが、布地の小さなビキニの造る深い谷間がアクマの性別を教えてくれる。服は上がビキニに下がショートパンツ。色は黒。ただビキニの上に幾重も巻かれた黒の包帯がこいつのエロさ加減を助長している。そして背中に生えているのはさきほどまで活躍していた空飛ぶ小さな蝙蝠の羽。
「何の用だよ?」
人に見つかったらどうすんだ、とは言わなかった。アクマは俺以外には見えない。もしそうでなかったら、コスプレも顔負けのアクマのこの格好を許したまま夜の街を一緒に徘徊しようとは思わない。
とはいえ、寝付く一時の心地よさを邪魔されたことで、俺さまのイライラゲージは満タンだ。取ろうとした醤油差しを寸前で取られたくらいに腹が立つ。おい、今俺が手を伸ばしていたよな? みたいな。それを気が短いと人は言うが、そうではなく感受性が豊かなのだと知って欲しい。
しかし、その今の俺の苛立ちを知ってか知らずか、アクマはニコリともせずに首を傾け、
「うん? いや、暇だからね」
とのたまりおった。
「あっそ」
寝返りをうち、アクマに背を向ける。
背後でアクマのそわそわした様子を感じるが、無視。
「おーい。ちょっと」
「……」
アクマの構って欲しいオーラを無視し続け、いびきをわざとかいてやると、背中に激しい衝撃が襲ってきた。おう。蹴りやがった、こいつ。
「何すんだよ」
「用があるからに決まっているだろ。ボクはそこまで暇じゃないんだ」
びし、と人差し指を差し出すこいつ。なんというツンデレ。しかしデレが見当たらないのは俺の気のせいか。
アクマは、ふう、とため息を吐いてから、やや深刻な表情になって言う。
「悪魔がこの街にやってきた」
「……」
「……」
「……え、ギャグ?」
「ボクのことじゃない!」
再び襲い来る蹴りを片手で止めて引っ張ると、転びそうになったアクマは羽をピョピョコ動かしてなんとか宙でバランスを保つ。おう、器用だな。
何するんだよ、と忌々しげな口調で呟くアクマは脇に置いといて、再びアクマの言葉を吟味してみた。そして至る結論。
「何? お前以外の?」
「さっきからそう言っているよ。ていうか、放して」
一生懸命羽を動かすアクマはなんだか辛そうだ。人間でいうところの全速力状態か? 足を離してやると、ほっと息を吐いて地に足をつける。
「まったく、レディに対する扱いがなってないね」
レディ? ぷっ。笑わせやがるぜ。せめて胸だけではなく身長も伸ばしてからそういうことは言え。このロリ巨乳が! だははははははは。
とは言わない。こいつが本気になったら俺即死だしね。
「何か変なこと考えてない?」
「考えてない、考えてない。それより、詳しいこと教えろよ」
剣呑な視線を俺に向けるも、アクマは当初の予定だったのだろう説明を開始する。
といっても何分大した時間も掛からず、悪魔の特徴だのそれに気付いた経緯などを省略してただ要約すれば、やはり「アクマ以外の悪魔がこの街にやってきた」ということで収まる内容だった。
「それで、何でお前は俺にそのことをわざわざ知らせに来たのさ?」
「君の場合先走りそうだしね。まだ、悪魔は早いよ。その念押し」
「しつこいな。わかっているっつーの」
そう言う俺をアクマは見つめる。俺はアクマを見ないで空を見上げた。
嘘だな。
アクマの言葉の節々に出る矛盾。そもそも、俺に動いて欲しくないなら、そんなことは知らせないほうがいいに決まっているだろう。
嘘が下手な悪魔だ。苦笑しながら、俺はすぐ傍の地面を叩く。アクマはひょこひょこと歩いて叩いたその場に座った。
「何考えている?」
「今後の日本経済の行く末さ」
「そうか。世も末だな」
俺は笑った。
亀のような更新速度で申し訳ありません。
アイディアがあっちからそっちへ行き、また戻るの繰り返し。できるだけ更新速度を高めようと努力します。ど、努力は。




