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ことばはこぼれ、そして

思わず手を握りこんでしまったことで、マノの手は二つに分かれた。

あ、と思う間もなく手から得も言われぬ、笛のような、石の間を通る風のような、歓喜に叫ぶ歌のような音楽がこぼれ、そして、空に散った。マノが意図せずことばをこぼしてしまったとき、なぜかことばはことばでなく音になり、そして、だれにも意味を伝えることなく失われる。

どれほど失われたかは、手を完全に開くまで分からない。


こぼしてしまった。大事なことばを。

マノがこぼれたことばを取り戻すように空を見上げていると、ナダが腕をひっぱった。

「惚けるな、これで歩きやすくなったろう。たぶんこぼれたのは少しだ、いそごう」

片手ずつに分かれてしまっても、まだふわふわとした状態は続いていで走るのには向かない。

もうこぼさないように、そう思うほど手が滑る。何度も転びそうになって、こらえて、また速足でナダに追いついて。ことばを持って急ぐことなどこれまで無かった。贈り物のちからを使うことがこれほど体のちからを奪うものだと、マノは知らなかった。

ナダは遅れがちになるマノを振り向いて、言った。

「マノ、お前は待ってろ。一人にさせるのは不安だけど、俺が行ってユールを連れてくるから」

それがいいとマノも思った。坂の途中にある踊り場のような場所で、待っていることになった。

ナダが走っていくその後に、いつものようにゆるゆる、ゆるゆる、マノの歌が流れる。


ナダはその後手加減せずに走った。ユールのもとに着いて、手短に事情を話して、ユールが駆けだして。


途中でゆるゆる歌っていたマノを拾って、ユールが先に走って行って、ナダはマノを守りながらできるだけ急いで、しかし、


「来てくださってありがとうございました、ご無理を言って、でも」

ユールは間に合わなくて、追いついたナダとマノは何も言えなくて、ただマノの手には、

「ユール、わたし言葉を預かってるの。かけてしまった、けれど」

こぼれて欠けたけれども、マノの手の中にグレゴリオの声が残っている。

これほどまでに、マノは自分のちからを誇ったことがあろうか。これほどまでに、ことばをこぼしたことを後悔したことがあろうか。

守れなかった、運べなかった。受け取ったままに、伝えたかった。


あてにならない運び手さん。

小さいころからうっかりこぼしてばかりだったことば。だからこんな呼び名がついた。いまは辛くて仕様がなかった。ちからを面白がった学舎の年長者たちの伝言係として遊ばれたこともあったから、わざとこぼしたこともあったけれど、あのこぼれたことばたちも、軽んじらずに運べばよかった。


開かれた手から、グレゴリオがたくしたことばが流れる。

「このとおり、老いたじじいだ、いままでてが」

「一度、会えたらたの」

「の、書いた物語など、読んでくれたこと」

包まれていた言葉はみっつ。おそらく、ありがとう、と続くはずだった最後のことばもあの時消えてしまった。一番、伝えたかったことばが。


ユールは泣いた。マノがこぼしたことを非難するわけでなく、嘘をつき自分の言葉として何も伝えられなかったことを、泣いた。

だから手紙は偽りのない身分で書けと、言うのだ。




さて。

あてにならない運び手さんから聞いた話の一つはこれで終わりだ。一応な。

だがわたしは後日談を知っている。聞くか。後悔するかもしれぬぞ。

では、話そう。

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