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第4章

 続いて俺たちが入った店はアクセサリーショップである。先程の服屋の2つ隣に位置しており、先程の店を出た途端に(あや)が「あそこ行ってもいい?」と目をそれはもうキラキラにして言ってきたので、俺は許可せざるを得なかったのである。

 彩によると、イマドキの女どもの間で人気なので、めっちゃ行きたい店だったらしく、偶然見つけて嬉しかったんだとさ。さっきフロアマップ見た意味は一体何だったんだろうな。

 ちなみに、先程の服屋での会計後から俺は彩という妹様の(めい)により、荷物持ちに任命された。だいたい女子とショッピングすると男子はこうなりますよね。最近の女子は男子を()き使うから怖い。

 彩は「これいいなあ~」とか「これめっちゃ可愛い~」とかぶつぶつ言いながら店内をあちらこちら動き回る。俺も一応彩の後ろに付いていくのだが、それ以外に特にやることもなく、暇であった。

「うあっ」

 彩が急に立ち止まったので、俺は慌てて止まろうとし、変な声が漏れてしまった。

 彩が何で立ち止まったのかを確認しようと様子を(うかが)うと、どうやらある商品と(にら)めっこをしているようだった。

「んん~」

 彩の口から何か変な声が聞こえた気がしたが、まあ気がしただけだろう。たぶん。というか、そうであって欲しい。

 彩の視線を追ってみると、そこにあったのは猫のネックレス。うん、確かに可愛いデザインだ。って、また猫かよ!

「どうした?それが欲しいのか」

 彩の(うな)りが永遠に終わらないので気になって俺は声を掛ける。

「うん、そうなんだけど…」

 彩はそこで言葉に詰まってしまったようだ。言おうかどうか迷っているのだろうか。

「…」

 ここで何か言ってやるのが兄というものなのだろうが、俺はあえて何も言わないでおく。ここで変に言葉を発すると、彩との距離が変化する可能性があるからだ。

 これは彩自身の問題であって俺が干渉すべきことではない。過度な干渉はいつか必ず相手に不利益を生むのだ。

「…ねえ、お兄ちゃん」

「ん?どうした?」

 しばらく沈黙が続いた後、彩が俺に話し掛ける。彩の中で問題は解決したのだろうか。

「もし、自分の欲しいものがあって、でもお金が足りなくて、近くにおに…、お金を持ってる人がいたら、どうする?」

 全く仮定になっていないのはさておき、結局、彩は俺に結果を(ゆだ)ねることにしたようだ。つーか、折角こういうショッピングセンターに来たんだから、お金のご利用は計画的にすべきじゃないですかね。

 彩は俺でもわかるほどの期待の眼差しで俺を見ていた。そんな目で見られたら断れないじゃないですか。

「ったく、しゃーねーな。それが欲しいんだろ。買ってやるよ」

「やったー!!」

 そんな嬉しそうな顔されるとどう反応したらいいか困るんでやめて欲しい。いや、だいたいこんな反応するとは予想してたけどさ。

「お兄ちゃん、ありがと」

 彩は最後にそう付け加えた。

 俺は猫のネックレスの箱を1つ手に取る。すると、彩がもう1つ上に重ねた。

「何?2つも欲しいの?欲張りだなあ」

「別にいいでしょ」

 そのまま俺はレジに向かって会計を済ませる。言うまでもなく、ここでも抽選券を受け取った。


 ◇ ◇ ◇


 アクセサリーショップを後にし、俺たちは歩き始める。

「なあ、彩。もうそろそろ帰らないか?」

 さすがに彩のお金が尽きてしまったのであれば、あまりいる意味がないと思ったために、俺はこう言った。まあ、俺が疲れたという理由もあるのだが。

「お兄ちゃんが良いなら良いよ。彩にゃんは満足したし」

「そっか」

 ならば、ここでやるべきことは残り1つだ。

「なら、最後に福引き行かなきゃな」

「うん!」

 そして、俺たちは会場である1階の中央広場に向かった。

「うわ、何だこりゃ…」

 俺たちの目の前にあったのは福引きを待つ人々の列だ。ああ、そうだ、今思い出した。今日は日曜日だった。みんな買い物に来るのは当たり前のことだ。

 だが、並ばなければこの大量の抽選券は消費できない。仕方なく、俺たちは列の最後尾に並ぶ。

「お兄ちゃん、これどの位待つことになるのかな?」

「さあな、見当もつかん」

 何かしらのイベントの列なのであれば、係員が『待ち時間約●分』みたいなのが書かれた看板を持っているんだろうが、残念ながらこれはただの福引きだ。そんなものは当然無い。

 もうちょっとお客さんに対して配慮とかあって欲しいものだ。疲れてる人は先に福引きできるとかさ。いやだって思ってたよりもこの猫耳重くて長時間持ってるの(つら)いんですよ。

「じゃあ、予想してみようよ。より予想した時間が近かった方が勝ちってことで」

「お兄ちゃん面倒くさいからやだ」

「むう、ケチ臭いなあ…。あ、そうだ!じゃあ、勝った方が負けた方に1つだけお願いごとできるっていうのはどう?」

 何そのベタな展開。うん、そうだなあ。彩に一生猫耳外してもらうとか、一人称を普通の女子っぽくしてもらうとか、俺が困るような発言は慎んでもらうとか。意外とあるな。

「うん、仕方ないな。本当に仕方ない。20分で」

「うわー、彩にゃんの提案に()かれたの丸わかりだわー」

 うっせ。いやだってもうお願いごとできるとかお兄ちゃんの快適な生活への希望があるし。何より彩との距離感が保てる可能性がある。

「うーん、じゃあ彩にゃんは30分で」

 そう言ってから彩はスマホを取り出して時間を確認する。

「今は17時丁度だから、17時20分だったらお兄ちゃんの勝ちで、17時30分だったら彩にゃんの勝ちね」

 わざわざ言わなくたって良いだろうに。俺だって時間の計算くらいできるし。


 ◇ ◇ ◇


 ある程度時間が経過した後。ついに俺たちに福引きの順番が回ってきた。ちなみに俺は列に並んでいる間、一度も時計を確認していないので、何分並んだかは把握できていない。

 俺は列に並んでいる間に彩に抽選券を全て渡したので、後ろで彩が福引きするのを見守る係に(てっ)することにする。

 彩は係員のお姉さんに抽選券を渡し、お姉さんは何回分の抽選券があるか数え始める。

「それでは、41回ゆっくりと回してください」

 41回とか引くだけでどれだけ時間掛かるんだろう…。というか、ほとんど猫耳と服で得たやつだよな…。

 彩はガラポン抽選機をゆっくりと回していく。

「1回」

 お姉さんはガラポン抽選機の口から球が出てくるたびに何回目かを言うようだ。

「2回、3回、4回…」

 彩は次々と回していく。回すたびに抽選機くんはポンと球を排出する。

「39回、40回、次がラストです」

 そして、彩は最後に抽選機を1周させる。ちなみに俺は当然彩の表情を窺うことができない。

「41回」

 福引きを終え、出てきた球は白が37個、緑が3個、ピンクが1個であった。ちなみに白ははずれで、緑はF賞のコンソメ味のポテトチップス、ピンクはE賞の500円分の商品券だ。

 彩は景品のポテチと商品券に加え、参加賞のティッシュを受け取る。そして、俺たちは抽選会場を後にする。

 彩はすぐにスマホを取り出し時間を確認する。

「今は17時38分。彩にゃんの勝ち!いえーい!」

 福引きの結果に関しては何も言わず、先程の()けの結果だけを彩は言った。

「じゃあ、お兄ちゃん。一緒にアイス食べよ。もちろんお兄ちゃんの(おご)りでよろしく」

「へいへい」

 お願いごととやらが意外と普通であったことに内心驚いた。どうせ彩のことだから無謀なお願いをしてくるだろうと何となく思ってたんだがな。猫耳付けてみたいな。

 俺たちは1階の入り口付近にあるアイス店に入る。おそらくこのショッピングセンターに入ったときに彩は目を付けていたのだろう。

 俺は抹茶アイス、彩はトロピカルうんちゃらかんちゃら何か長くてよくわからない名前のアイスを注文した。そして、彩のお願い通りに俺が料金を払う。

 そして、俺たちは店員からアイスを受け取り店内の椅子に腰掛ける。2人用のテーブルで、向かい合わせになる形でだ。

「ねえ、お兄ちゃん。今日は楽しかった?」

「まあ、そこそこな」

 いつもより彩は少し低めの声音で訊いてきたが、特に俺は気にすることなく普通に返答した。

「本当に?」

「何でそこまで気にするんだ?」

 明らかにいつもと少し違う。何があったというのだろうか。

「お兄ちゃんはさ、彩にゃんがただ連れ回してただけなのに、一体どうして楽しめたのかなって」

 いつも俺の前では笑顔で、俺を誘惑しようとしているのがバレバレな彩が、今だけは存在していなかった。真面目な顔で、落ち着いた口調で、そこにいたのは、ただただ悩んでいる一人の女の子。

 俺は、どんな言葉を掛ければ良いのだろうか。彩の悩みの元凶となった俺が何か言ったところで、解決するものなのだろうか。

 結局、俺が口を開くよりも先に、彩が話し出した。

「お兄ちゃんはさ、いつも結果的には彩にゃんの我が(まま)を受け入れてくれるよね」

「それは、まあ…」

 仮に否定してしまうと、彩との距離が遠くなりすぎてしまう可能性があるからだ。そうなってしまうと距離を縮めることは難しくなってしまう。つまり、兄妹なのに他人になってしまうのだ。そんなのは俺だって嫌だ。

「それがお兄ちゃんの良い所だと思う。でも、受け入れてくれたのに本当は受け入れてくれてない」

「どういうことだ?」

 言ってる意味がさっぱりわからん。彩は俺に一体何を伝えようとしているのだろうか。

「お兄ちゃんは、彩にゃんが近付こうとしても遠ざかる。いつもどこかで傍観してる」

 彩はそう言いながら目に涙を浮かべる。そんな状況でも、俺は彩に掛ける言葉が見つからず、ただ話を聞くことしかできない。そんな自分に腹が立つ。

「彩にゃんは、私は、ただ、兄妹として、一緒にいたいだけなのに…」

 何度も鼻を(すす)り、涙を拭いながら、彩は続ける。

「お兄ちゃんは、お兄ちゃんなのに、お兄ちゃんじゃないみたい…」

 彩はそう言って泣き出してしまった。同時に、今までの自分の過ちにも気づく。

 結局、今まで俺がしてきたことは、逆に彩の心を傷つけてしまったのだ。俺のこれまでの行いは正しくなかったのだ。俺は、彩に釣り合う兄を目指してきたのに、それができていなかったんだ。

 一定の距離を保つことがお互いの幸せになると思っていた。だが、それは勘違いでしかなかった。彩に言われて今更気づくなんて、何て俺は大馬鹿者なんだ…。

「…ごめんね、お兄ちゃん。いきなりこんな話しちゃって。さあ、帰ろ」

 彩が落ち着いてからこう言った。その言葉はやけに冷たく感じられた。

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