センター試験1日目 14:35
気が付くと私は控室の近くのトイレの個室にいた。皆川君を突き飛ばした後の記憶がない。がむしゃらに走ってここに駆け込んだようだ。先生やクラスメイト達に見られただろうか。天下のセンター試験当日に、こんなことで泣いているなんて、自分が情けない。この日のために、3年間、一生懸命勉強をしてきた。苦手な英語も頑張った。成績が上がらなくて、くじけそうになったこともあった。でも、皆川君の”高校は違うけどお互い頑張ろうね”、そんな言葉に励まされてきた。
「君のことはずっと忘れないよって言ったじゃない。」
私以外誰もいないトイレに私の声が響いた。嘘つき。まだまる3年も経っていないのに。どうせ忘れてしまうのなら、何も言わずにいてくれたらよかったのに。そうすればこんなに期待して、裏切られて傷つかなくて済んだのに。
私はまた、鏡の前で先ほどよりかなり崩れたメイクを直して、受験会場へ向かった。
「藍ちゃん、大丈夫?」
「ごめん、真知ちゃん。心配かけて。でも、もう大丈夫だから。」
「そう、元気出してね。」
優しく声をかけてくれた真知ちゃんに無理矢理微笑んで見せた。こわばった笑顔に真知ちゃんは何も言わずにいてくれた。
英語の試験はいつも通りの手ごたえだった。英語にも集中したため、皆川君のことは考えずに済んだ。私は、皆川君が出てくる前に控室に戻ろうと、急いで会場を出て、鉛筆をしまった。目の端に私に気付いて、こちらを追いかけようとする皆川君が映ったが、無視してどんどん先に進んだ。彼は、うまく人の波をかき分けられなかったようで、私のところまで来ることはなかった。
「七瀬、大丈夫か?」
「えっ、あ、はい。大丈夫です。」
控室に戻ると、鈴谷先生に声をかけられた。少し心配そうな調子で。
「ならいいが、まあ、七瀬なら前の試験のことは引きずらないだろうが。」
「はい。ですから、大丈夫です。」
どうやら先生は、私が試験がふるわなくて泣いていたと思っていたようだ。本当のことは知られたくなかったので、訂正せず、もう大丈夫だというように笑顔を見せた。それで先生は納得してくれたようだった。




